生徒指導の新潮流 [第2回] 子どもと保護者が参加する校則の見直しへ

トピック教育課題

2022.09.14

生徒指導の新潮流 [第2回]
子どもと保護者が参加する校則の見直しへ

東京学芸大学准教授 
伊藤秀樹

『教育実践ライブラリ』Vol.2 2022年7

 文部科学省による生徒指導の基本書『生徒指導提要』の改訂試案が、今年の3月に公表された。第1回で述べたように、この改訂試案からは、生徒指導を子どもの人権を尊重したものへと変えていこうとする決意が見て取れる。そして、そのことが典型的に表れているのが、校則の見直しについての記述である。今回は、そうした校則の見直しが改訂試案ではどのように書かれているのかについてみていきたい。

子どもの人権を尊重した校則の見直しへ

 近年、「ブラック校則」という言葉の流行とともに、子どもに大きな不利益を与えたり人権侵害につながったりする校則指導の問題がたびたび指摘されてきた(荻上・内田編2018など)。その中には、生まれつき髪が茶色い生徒への黒染めの強要から、部活動の強制加入、夏の日焼け止めや水分補給の禁止、冬のマフラーやタイツの着用禁止、さらには下着の色の指定とチェックといった耳を疑うようなものまで存在する。子どもたちの心と体の健康、そして尊厳を守るためにも、問題のある校則を見直していくことは各学校にとって重要な課題であり、近年は教育委員会や各学校でも取組が進められてきている。

 校則の見直しについては、2010年に発行された現行の生徒指導提要でもすでに、「校則の内容は、児童生徒の実情、保護者の考え方、地域の状況、社会の常識、時代の進展などを踏まえたものになっているか、絶えず積極的に見直さなければなりません」(p.206)と、その必要性が明記されている。また、校則の制定や見直しの権限は最終的には校長にあるが、子どもや保護者が校則の見直しに参加する例があることも紹介されている。

 しかし改訂試案では、校則の見直しについてさらに一歩踏み込んだ記述が行われるようになった。ここではそのポイントを三つに絞って説明したい。

 第一に、「校則の意義を適切に説明できないようなもの」(p.76)や、「校則により、教育的意義に照らしても不要に行動が制限されるなど、影響を受けている児童生徒がいないか」(p.76)のように、どのような校則が見直されるべきかということがより具体的に示されるようになった。実例を挙げると、前者についてはツーブロックやポニーテールの禁止といった髪型の不可解な規制、後者については休み時間の他クラスへの立ち入り禁止といった友人関係を制約する校則などが当てはまるだろう。こうした変更は、「児童の権利に関する条約」に含まれている「児童の最善の利益」という原則を反映したものだと考えられる。

 第二に、校則の制定や見直しについて、「児童生徒や保護者等の学校関係者からの意見を聴取した上で定めていくことが望ましい」(p.76)というように、子どもや保護者の参画が推奨されるようになった。さらには、校則の制定・見直しのための手続きをあらかじめ子どもや保護者に示しておくことも推奨されている。これらの変更からは、学校主導で校則を定めていくのではなく、子どもや保護者の「意見を表明する権利」を尊重し、より民主的な手続きで校則を定めていくべきだというメッセージが読み取れる。

 第三に、「校則を見直す際に児童生徒が主体的に参加することは、学校のルールを無批判的に受け入れるのではなく、自身がその根拠や影響を考え、身近な課題を自ら解決するといった教育的意義を有する」(p.77)というふうに、校則の正当性を疑うことの積極的な意義が記されるようになった。生徒指導は子どもたちが規則を守れるようになることだけでなく、より適切な規則を作り出していけるようになることを目指して行われるべきだという強い願いが、この一文にはこめられているように感じた。

 このように改訂試案では、校則の内容や見直しの手続きが子どもの人権(「児童の最善の利益」や「意見を表明する権利」)を尊重するものへと変わっていくことが望ましいとされている。また、校則の見直しのプロセスを通した子どもの成長ということも意識されるようになっている。こうした内容が生徒指導の基本書である生徒指導提要に明記されることは、大きな一歩であるだろう。

少数派の意見の尊重が課題

 しかし、課題もある。一つ目は、室橋(2022)でも述べられているように、こうした理念がどれだけ各学校やそれを取り巻く人々に理解され、実践に移されるかということである。今回の画期的な記述も、それが学校内の各教員の目に留まることがなければ、絵に描いた餅で終わってしまう。また、各学校の頭髪・服装指導が厳しくなっていく背景には、個性的な制服の着こなしや頭髪をよしとしない保護者や「地域の目」の存在もある。校則の見直しは子どもたちの人権尊重や成長のためにも欠かせないという生徒指導提要の理念を、学校内外に広めていく必要があるだろう。

 二つ目は、校則の見直しが行われた際に、多数派の子どもや保護者の意見に引っ張られることで、見直された校則が少数派の子どもや保護者に不利益を与えるものになってしまう可能性である。例えば、制服着用の見直しの際に多数決が用いられると、自らの性自認とは異なる性を前提とした制服を強要されるかもしれないトランスジェンダーの子どもの意見は、十分に反映されなくなってしまうかもしれない。また、学校の規律維持のために校則をより厳しくすることを求める保護者らの要望に応じることで、様々な事情で校則に従うことができない子どもたちが、学校に足を運びづらくなってしまうかもしれない。

 改訂試案にも、「校則の制定にあたっては、少数派の意見も尊重しつつ」(p.75)と明記されている。校則の制定や見直しに関する最終的な権限は校長にあるが、その権限が少数派の子どもや保護者のニーズを守るときに活用されていくことを願っている。

 

引用・参考文献
・室橋祐貴「『ブラック校則』見直しへ、大幅に改善した文科省『生徒指導提要』(改定試案)。課題は現場への浸透か」2022年(https://news.yahoo.co.jp/byline/murohashiyuki/20220329-00288798)
・荻上チキ・内田良編『ブラック校則──理不尽な苦しみの現実』東洋館出版社、2018年

 

 

Profile
伊藤秀樹 いとう・ひでき
 東京都小平市出身。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学、博士(教育学)。専門は教育社会学・生徒指導論。学業不振・非行などの背景があり学校生活・社会生活の中でさまざまな困難に直面する子どもへの、教育支援・自立支援のあり方について研究を行ってきた。勤務校では小学校教員を目指す学生向けに教職課程の生徒指導・進路指導の講義を行っている。著書に『高等専修学校における適応と進路』(東信堂)、共編著に『生徒指導・進路指導──理論と方法第二版』(学文社)など。

この記事をシェアする

  • Facebook
  • LINE

特集:GIGAの日常化で変わる授業づくりの今とこれから

おすすめ

教育実践ライブラリVol.2

2022/7 発売

ご購入はこちら

すぐに役立つコンテンツが満載!

ライブラリ・シリーズの次回配本など
いち早く情報をキャッチ!

無料のメルマガ会員募集中

関連記事

すぐに役立つコンテンツが満載!

ライブラリ・シリーズの次回配本など
いち早く情報をキャッチ!

無料のメルマガ会員募集中