「こころ」を詠む
「こころ」を詠む 新宿は
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2021.05.24
「こころ」を詠む
(『新教育ライブラリ Premier』Vol.6 2021年3月)
新宿は
春ひつたくり
ぼつたくり
克弘
笑いの文芸
俳句の「俳」の字を『大漢和辞典』で調べると、第一に「おどけ」「ふざけ」の意味が出てきます。世間では、「侘びさび」のイメージがあるかもしれませんが……笑いの文芸でもあるんです。
かくいう私も、お笑いは大好き。年末の「M–1グランプリ」は毎年必ずチェックしています。
お笑いって、見ていると自分でもやってみて、笑いをとりたくなりませんか? でも、やってみるとわかる、「笑いをとる」ことの難しさ! 気心の知れた友人や家族ならまだしも、初対面で、会ったばかりの人に笑ってもらうのって、難しいですよね。
昔、「トリビアの泉」という番組がありました。役にも立たないような、どうでもよいような知識を紹介するという趣旨の番組なのですが、そこで、「人が笑うという行為を学問として研究している人達が作る一番面白いギャグは何か?」というテーゼが出されたのです。哲学や心理学の教授を集め、専門知識をぶつけあった何時間もの高度な合議の果てに生まれたギャグとは、公衆の面前で「青年の主張!」と前置きをして、やおら「私は人一倍性欲があります」と告白する、というものでした。笑いとは、分析することは可能でも、なかなか理屈では創造できないもののようです。
番組にて
人のことをあげつらうわけにもいきません。今年、密状態を避けるためにNHK全国俳句大会が中止になり、かわりに選者が受賞作を講評する番組を制作することになりました。そこで、
ダリア、ダリア先生の名字が変わる 嫉妬林檎
という句について、取り上げたときのこと。
この「先生」は結婚したのですね。「ダリア」は夏の季語で、はっきりとした花の色が特徴的です。この先生、ダリアのようなはつらつとした人柄だったに違いありません。「ダリア咲く先生の名字が変わる」だとしたら、淡々と受け入れている感じですが、ここでは「ダリア、ダリア」とあえてリフレインさせています。歌の歌詞みたいで、このリフレインのために、一句はメランコリックな調子を帯びます。作者は、先生に淡い恋心を抱いていたのかも?
そんなことを、ほかの選者の方とも話していたのですが、せっかんなことを、ほかの選者の方とも話していたのですが、せっかくの新年の番組なので、もっとにぎやかに盛り上げねば……と使命感に駆られた私は、エアギターをしながら、
「ほら、あの歌を思い出しませんか? So darling,darling......」
ところが、ぴくりとも笑いは起きません。ほかの選者も、ゲストも、司会も、きょとんとしています。スタジオのスタッフも、静まり返っています。私は沈黙に耐えきれず、「あの、……スタンドバイミーっていう曲、ありましたよね」と小さな声で種明かし。そこでようやく「あ〜」とみんなの口から納得の声、いや、ため息がもれました。
「ダリア」と「ダーリン」を掛けた私の渾身のギャグは、こうして鮮やかにスベってしまいました。個人的には、この曲が使われた映画「スタンドバイミー」は、ある作家が少年時代を回想するという体裁のメランコリックなストーリーなので、その意味でもこの句に合っているのではないかと考えたのですが……いや、やめましょう。笑いの解説をするようになったら、おしまいですね。
俳句の静かな笑い
俳句の笑いについてですが、あの誰しもが知っている名句、
古池や蛙飛びこむ水の音 芭蕉
についても、実は「笑い」が潜んでいるという解釈もあるのです。評論家の山本健吉は、「会得の微笑」、つまり「うん、本当にそうだな」と納得したときに浮かべるほのかな笑みが、この句にはあるといっています(仏教でいうところの〝拈華微笑〟)。春になると、たしかに蛙が出てきて、こんなふうに水音をさせて飛びこむこともあるよな、とうなずいたときに自然と漏れてくる、静かな笑いです。
テレビから流れてくる芸人たちの笑いは、強烈です。おなかを抱えて、「わっはっは」と笑える。でもそのぶん、反動として、そのあとに孤独や絶望が襲ってきます。お祭りの後のさびしさに、それは似ているように思います。俳句の笑いは、一気に気分爽快になるというものでもありません。ふっと、ほほがゆるむ程度です。そのぶん、反動は少ない。心の安らぎが、長持ちします。私は、テレビの芸人さんたちが与えてくれる爆発的な笑いも好きですが、一方で、俳句の静かな笑いも、自分の人生に必要だと感じています。
感染症の流行で、なにかとふさぎ込んだ気持ちに陥りそうな日々が続いています。そんなときに、いかがですか、俳句の「会得の微笑」。今回、大きな字で掲げた一句は、そんな私の、笑いを意識した一句。え?「ダリア」「ダーリン」のギャグと、同レベル? まいったな、笑いのセンス、磨かなくては……。
Profile
髙柳 克弘
俳人・読売新聞朝刊「KODOMO俳句」選者
1980年静岡県浜松市生まれ。早稲田大学教育学研究科博士前期課程修了。専門は芭蕉の発句表現。2002年、俳句結社「鷹」に入会、藤田湘子に師事。2004年、第19回俳句研究賞受賞。2008年、『凛然たる青春』(富士見書房)により第22回俳人協会評論新人賞受賞。2009年、第一句集『未踏』(ふらんす堂)により第1回田中裕明賞受賞。2016年、第二句集『寒林』(ふらんす堂)刊行。2017年度Eテレ「NHK俳句」選者。2018年、浜松市教育文化奨励賞「浜松市ゆかりの芸術家」を受賞。現在、「鷹」編集長。読売新聞朝刊「KODOMO 俳句」選者。全国高等学校俳句選手権大会(俳句甲子園)選者。早稲田大学講師。