「社会に開かれた教育課程」は未来に何を残せるか[最終回]教育課程における経験資本の扱い方

トピック教育課題

2021.05.27

「社会に開かれた教育課程」は未来に何を残せるか[最終回]
教育課程における経験資本の扱い方

日本大学教授
佐藤晴雄

『新教育ライブラリ Premier』Vol.6 2021年3月

経験資本の把握

 本連載の前回及び前々回では経験の意義について述べましたので、今回は児童生徒にとって有意義な経験を整理するとともに、「共創」の考え方について取り上げたいと思います。

 岩崎らは、大学生対象に経験と現在の大学生活に関する調査を行い、その経験を以下のように分類しています(岩崎 2019、p.108、( )内の例は筆者による略記)。

・学習経験(コンクールへの出場や習い事等)
・役割経験(生徒会役員や文化祭の企画等)
・自然経験(野外活動等)
・社会的経験(地域行事等への参加)
・海外経験(海外旅行等)
・職業経験(アルバイト、インターンシップ)
・自立経験(一人暮らし、一人旅行)
・困難や挫折の経験(病気・入院、人間関係・家族内のトラブル)

 これら経験の大半はプラスの影響力を持つという結果になったのです。たとえば、学習経験は進学や就職に有利に働き、自然経験が問題解決能力の醸成を促し、社会的経験が社会関係資本の蓄積につながります。そうしたプラスの影響が見出せることから経験資本だと言うのでしょう。ただし、「困難や挫折の経験」のうち、家庭内トラブル(両親不仲や虐待等)は大学進学に大きなマイナスの影響が見られたようです。

 上記の経験資本を地域資源と結びつけて児童生徒に獲得させる教育課程こそが「社会に開かれた教育課程」実現の一つの方法になると思われます。そこで、それぞれの経験に適した学習活動を例記すれば以下のようになるでしょう。

学習経験…地域の伝承行事や公民館祭りへの参画のほか、福祉施設との交流や「地域学」などを実施することも学習経験の蓄積につながります。

役割経験…地域行事への参加と重なりますが、商店街主催行事に中・高校生が実行委員として企画に参画するなどの事例が当てはまります。

自然経験…校区に適切な自然環境がなくても、街探索などによって、地形と暮らしの関係を体験的に理解する学びが可能です。

社会的経験…高齢者施設での交流や伝承行事への参加のほかに、防災教室(キャンプ)などによっても蓄積されます。

海外経験…海外旅行が難しくても、地域に居住する外国人との交流によって異文化理解がなされれば海外経験を代替することができます。

職業経験…インターンシップはもちろん、職業人にゲストティーチャーを依頼して行う授業等によって間接経験を得ることができます。

自立経験…インターンシップを単独で行うことのほか、「一人」に拘らず、少数グループが自主的に地域探索学習を計画・実行してもよいでしょう。

困難や挫折の経験…家庭内トラブルは別にして、大病を経験したり、障がいがあったりする住民から間接的に学ぶことができます。

 言うまでもなく、特定の学習が複数の経験をもたらすので、学校はそれぞれの経験に当てはまる活動を探ると同時に、その活動がどのような経験をもたらすのかを往還的に検討していきます。

自己決定学習を採り入れる

 以上の経験を採り入れた学習活動は普通、教師主導で行いますが、小学校高学年以降であれば、ノールズ(アメリカの成人教育学者)によって具体的に提唱された自己主導型学習の考え方を採り入れることも可能です。

 学校教育は以下の表に記したような特徴を有し、雰囲気づくり、方針づくり、学習ニーズの把握、学習プランのデザインまでの過程を教師が中心に関わります。これに対して、自己主導型学習は、インフォーマルで相互尊重・協力的・支援的な雰囲気の下で、学習者は方針づくりや学習ニーズの把握、学習プランにも参画する学習モデルになります。

 自己主導型学習モデルをそのまま児童生徒に適用するのは難しいことから、これらの過程に教師が支援的に関わることが当然求められます。ただ、このモデルはアクティブ・ラーニングの趣旨を最も生かすことになり、また地域学習では十分可能になると思われます。特に、「総合的な学習(探究)の時間」に適しているモデルになるはずです。

「共創」という考え方

 経営学などでは「共創」(コ・クリエーション)の考え方が注目されるようになりました。「共創」とは、顧客やコミュニティ、パートナー等の関係者との相互交流によって価値を創造していくことだと定義されます(ベンカト・ラマスワミほか2011)。学校に引きつければ、学習モデルに教師の経験や知見を採り入れるだけでなく、学習活動によって得られた児童生徒の経験や住民等の関係者の社会経験をいかに生かすかがポイントになるわけです。学校運営協議会や地域教育協議会並びに地域学校協働本部の活用のほか、校内のカリキュラム委員会に、地域関係者に何らかの形で参画してもらう方法が考えられます。

 そうした教育課程編成や授業づくりは「社会に開かれた教育課程」の趣旨を最もよく実現する方法だと論じて、本連載を閉じたいと思います。

[参考文献]
・岩崎久美子著『成人の発達と学習』放送大学教育振興会、2019年
・マルカム・S・ノールズ著、渡邉洋子監訳『学習者と教育者のための自己主導型学習ガイド』明石書店、2005年
・ベンカト・ラマスワミ&フランシス・グイヤール著、山田美明訳
『生き残る企業のコ・クリエーション戦略』徳間書店、2011年

 

 

Profile
佐藤晴雄(さとう・はるお)
 日本大学文理学部教育学科教授。東京都大田区教育委員会、帝京大学助教授などを経て2006年から現職。中央教育審議会専門委員(初等中等教育分科会)、文部科学省コミュニティ・スクール企画委員、日本学習社会学会会長などを歴任。博士(人間科学)大阪大学。日本教育経営学会理事など。主な著書に、『コミュニティ・スクールの成果と展望』(ミネルヴァ書房)、『教育のリスクマネジメント』(時事通信社)、『新・教育法規解体新書』(東洋館出版社)ほか多数。

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