ホンキの『カリマネ』実現戦略
ホンキの『カリマネ』実現戦略[第3回]大学にも求められる感染症対策と学びの保障
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2020.12.07
ホンキの『カリマネ』実現戦略[第3回]
大学にも求められる感染症対策と学びの保障
村川雅弘
甲南女子大学教授
(『新教育ライブラリ Premier』Vol.3 2020年10月)
世界全体において新型コロナウイルス感染拡大の終息の目途はいまだ立たない。社会全体が感染症対策と社会経済活動の両立を目指して日々奮闘している。学校現場も半年以上、感染症対策と学びの保障の両立を目指す中で、様々な創意・工夫がなされ、一定のコロナ禍終息後においても従来の方法と融合した新たな展開が期待されている。また、そうすることが「あの時は大変だったね」で終わらせない「転んでもただでは起きない」「禍を転じて福と為す」という人の生き方に繋げることである。特に、我が国は震災や大戦を経験するごとに大きく強くなってきた歴史がある。
多くの小・中・高等学校は概ね6月には学校再開を果たしたが、ほとんどの大学は前期の授業をオンラインで行ってきた。公共交通機関を利用して広い範囲から通学してくる学生の感染の可能性は高く、また100人を超える授業も多数あり、クラスターが懸念されるからである。後期も大人数授業はオンラインを継続する可能性が高い。筆者が勤める甲南女子大学も同様である。教官一人一人が知恵を絞り、学科や学部を越えて、効果的な授業の実現を模索している。大学もコロナ禍の中、カリキュラム・マネジメントにホンキで取り組んでいる。
各種教材に連動したワークシートで対面授業を疑似体験
筆者は前期、9コマ担当した。学校現場へのフィールドワークが本格化する後期の授業を少なめにしていたのが今年度は裏目に出た。これまでは、講義や演習では学校現場への研究指導等で開発・収集した実践事例の印刷資料や動画、静止画を提示し、それらの事例を踏まえて考え協議させたり、多様なワークショップを取り入れてチームで分析・協議させる活動が中心だった。30年以上このスタイルでやってきたが、今回は「十八番」が「禁じ手」となった。
9つの内の4つの講義は、「教育方法論」(2年154名)、「教職論」(1年176名、オンラインにより2クラス合同)、「初等教科教育法(生活)」(2年45名)と、いずれも大所帯である。テキストや資料を読ませてレポートを書かせる方法だけでは意欲が続かないと考え、通常の対面授業に近いものになるよう、内容や方法においても色々と工夫を試みた。
(1)教材・内容の工夫
「初等教科教育法(生活)」では、主教材として筆者が著者代表を務めている生活科教科書を全員に郵送し貸与した。写真やイラスト、吹き出し等で具体的な活動イメージや教師のかかわり方、子どもへの言葉かけを考えさせた。「教育方法論」では、ニュース番組(臨時休業中の学校の取組、ICT活用の理解)や「NHK for School」(保幼小等の教育番組及び関連資料のサイト)、学校HP(例えば、愛知県東浦町立緒川小、オープンスクールや多様な学習形態の理解)など、比較的入手しやすい番組やサイトも教材として活用した。
「教育方法論」の授業最終日に、課題の一つとして授業評価を行った。「対面授業じゃない分、授業内容が疎かになるかとの不安もありましたが、様々なネットならではの教材などを使用していたので、とても充実していました」「難しい内容の時もありましたが、調べることができる教材などを提供してくれたおかげで、自分のペースで理解できるまで時間をかけて課題に取り組むことができました」「いろいろなことをネットで調べている間に自分が知らなかった教育現場で使用することができるようなホームページをたくさん知ることができ、将来に向けてよい知識が増えた」「今回のような状況でオンライン授業を余儀なくされたからこそ、小学校におけるICT活用とその課題について調べ詳しく考察したことは、災害が多い現代で教育者となることを目指す私たちには本当に役に立つ内容であったと思います」「コロナ禍での小学校のICT活用についてニュースでしか知らなかったことがたくさんありましたが、今回の授業を通して、知らなかったことをたくさん知ることができました」など、内容や方法に関して好意的な感想が多かった。
(2)活動とワークシートの工夫
「初等教科教育法(生活)」では、例えば、資料1の活動を入れてみた。自宅での自粛の気分転換とコロナ禍における地域の様子を感じ取ることも目的である。資料2はその際の成果物の一つである。この学生は3日間の定点観察だけでなく、右下に夏や冬の様子も想像して描いている。
天気の良い日に、マスクを着け、くれぐれも他者との接触を避けて、家の周りの「春見つけ」を行ってください。絵と文でA4一枚にまとめてください。対面授業初日(5月11日の予定)に提出してくださいとお伝えしていましたが、オンラインで提出してください。手書きだと思いますので、PDF にするか、それを写真に撮って送ってください。夏や秋、冬にはどうなっているかも想像するといいですね。
資料1
また、講義はワークシートを活用した。教科書や資料、番組等のどこを読んだり視聴して何を考え記述するかを明記した。
例えば、資料3は「教育方法論」(6月30日)のワークシートの内容である。この回は全部で3問である。参考資料(パワーポイントとWord で作成)とワークシートに従って学習を進める。4つの講義を通してワークシートの作成で大切にしたことは対面授業に近い展開や活動である。
今回のテーマは「保育や授業の約束やルール」です。参考資料を読み、ワークシートに従って学習を進めてください。行数は増えても構いませんが、2ページ内に収めてください。幼稚園・保育所や小学校、中学校等では資料のような約束やルールが決められていたと思います。そして、学校や学級によっては資料のようにイラスト等を分かり易く示していたと思います。
1.このような約束やルールでどのようなものがありましたか。子どもの頃を思い出して書いてください。なければ空白でも結構です。(記述するための表は省略)
2.資料の「声のものさし」や「発表名人」、「聞き方名人」は徳島県鳴門市のある小学校のものです。各教室に掲示していました。どのようなねらいがあると考えますか。(記述するための表は省略)
3.様々な約束ごとを共通理解する上で、このような「言葉あそび」的な方法は有効ですね。以下の約束はどのような意味でしょう。どのような場面を想定し、どのような目的で作られたものでしょう。子どもの頃に聞いているかもしれませんので、まず考えてみて、わからなければ調べてください。(記述するための表は省略)
※教育実習に行かれたら、幼稚園や保育所、小学校等の保育や授業あるいは生活の約束がどのように教員と子どもとで共有されているかを見つけてください。そして、それを意識して実習を行ってください。新採で配属された場合も同様です。
資料3
「動画を視聴してレポートを書く課題が理解もしやすく、良かったと思います。ワークシートに従って進める課題が授業の中で一番理解しやすく、やりやすく、良いものだと思いました」「ワークシートを記入していくという形であったために学習を進めていきやすく、ストレスなく学習していくことができた」「いろいろな形で情報を資料から読み取る学習方法は、多くの情報量を得ることができ、さらに正確な情報であるため安心感がある点が良かった。ワークシートに従って学習を進めることで、自分がこれまで提出した課題を見直そうとしたときに、見直しがしやすい、とても見やすい表になっていることが良かった」など、印刷資料や映像資料と連動させて考え書かせるワークシートに対して好評価であった。
4つの講義(延べ376名)の前期を通しての全体の出席率は98.7%であった。レポートやワークシートあるいは作品を提出すれば出席扱いとしたので例年とは比較できないが、かなり高い出席率と思われる。興味関心が高く比較的入手しやすい教材の提供とそれに連動させたワークシートの活用、対面型に近い学習活動や展開の工夫の成果の一つと考えられる。
Zoom 活用による密なるコミュニケーションの実現
5つの演習は基本的にはZoomによる対面で行った。事前にCampusSquareで受講生全員に、Zoom利用が可能な環境にあるかを確認した上で行った。演習(計55名)全体の前期を通しての出席率は97%である。好きな時間(できるだけ時間割通りの時間帯に受講することを推奨)に学習できる講義に比べて、その時間に受講することが求められるZoomは若干出席率が落ちている。しかし、画面を通しての学生の表情から概ね満足していると考えられる。
演習では1コマの授業の中で平均3、4回程度、「ブレイクアウトルーム」を取り入れた。例えば、1年生11名の演習では保幼小教員の希望者が混在しているので、「手作り遊びの開発」を主テーマにした。
主な展開は、①伝承遊びや手遊びを調べてまとめる、②家庭にある材料で動くおもちゃを作る、③動くおもちゃを使った遊びを考える、④多様な遊びを紹介しているサイトを見て実際に遊んで感想を書く、⑤①を各自発表し協議する、⑥②③を各自発表し協議する、⑦ネイチャーゲーム等を知る、⑧①~⑦を活かし、子どもの多様な力を育むオリジナルの遊びを構想する、⑨構想した遊びを各自紹介し協議する、⑩オリジナルの遊びのマニュアルを作成する、⑪作成したマニュアルを発表する、である。
⑤以降は主にZoomを活用した。例えば、⑥の授業は3回に分けて行ったが、それぞれの発表に対して「工夫されていること」「改善したらよいこと」を「ブレイクアウトルーム」機能を用いてグループ協議させた。例えば⑥では、11名を3グループに分けて7分程度で話し合わせて発表させた。ファシリテーターも発表者もローテーションで行わせた。教室における対面授業と異なってランダムなグループ編成が瞬時に可能なので、常に変化するメンバーとの活発な議論が実現できた。入学後一度しか顔を合わせていない1年生にとり、画面越しではあるが、お互いの顔と名前を知るよい機会にもなったと考えられる。
また、遠く離れたゲストスピーカーを登用することができた。教育実習前の3年生10名の演習に小学校教員採用試験前の4年生の希望者4名が加わり、そこに現職教員(資料4の上から3人目)がゲストスピーカーとして登場した。自己の授業の指導案や構想メモ、板書記録、映像(静止画)記録を基に、授業の構想の仕方、指導案の書き方、発問や板書、机間指導のポイントなどを筆者とのやり取りを通して分かり易く説明した上に、実習や教採の心構えについても語ってくれた。最後にお礼を兼ねて、学生に1分ずつ振り返りをさせたが、学んだことや実習や教採に向けての抱負等を具体的に述べた。
さらなる改善・工夫が期待されるオンライン授業研究会
2019年度の『学校教育・実践ライブラリ』のVol.5で甲南女子大学の「授業の工夫・改善ワークショップ」の様子を紹介した。今年度は全学FD 委員会とオンライン授業運営支援委員会の共催による「オンライン授業の情報交換」が行われた。資料5はそのワークショップの展開とその様子である。FD委員長の松村俊和教授の趣旨説明・進め方の説明の後、森田勝昭学長が「今まさに、新しい教育の可能性、教育の転換を考えるチャンス。本学もこれを期にオンライン授業と対面授業を融合していきたい」といった思いを述べられた。ブレイクアウトルームによる2回の情報共有は学部・学科を越えた編成で行われた。
このワークショップは2回予定されており、今回の参加者は45名である。2回合わせて延べ80名の参加予定である。後期にオンライン授業を予定している非常勤講師も多く参加している。また、ワークショップに先立って行われた前期授業の課題や工夫を整理する「情報共有シート」(A4判1枚)の提出は延べ106枚に上る。そこにはオンライン授業の悩みや課題に加え、各教員がどのような工夫を行ったのか、具体的に記述されている。このシートは情報共有の際、各教員の説明と協議の材料として使用された。さらに全学学生に対してオンライン授業に関する授業評価も行っている。大学全体のオンライン授業に関する改善・工夫に向けての意識はかなり高い。
今回のワークショップでも多くの学びがあった。学生とのコミュニケーションには「ゼミ生とはLINEで、講義・演習を通しての個別対応はActiveMailで、全体への回答はCampusSquareなどで」と複数のツールを併用して使い分けている。筆者も同様の使い分けを行った。「学生とのやり取りでは、常に励ましやねぎらいの言葉かけを大切にしている」という教員の話が特に印象に残った。長期の在宅学習に不安な学生は少なくない。教育の原点はそこにあると再認識することができた。
Profile
甲南女子大学教授
村川雅弘(むらかわ・まさひろ)
鳴門教育大学大学院教授を経て、2017年4月より甲南女子大学教授。中央教育審議会中学校部会及び生活総合部会委員。著書は、『「カリマネ」で学校はここまで変わる!』(ぎょうせい)、『ワークショップ型教員研修はじめの一歩』(教育開発研究所)など。