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「こころ」を詠む

髙柳 克弘

「こころ」を詠む 忘るるな

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2020.10.05

「こころ」を詠む

『新教育ライブラリ Premier』Vol.1 2020年5月

忘るるな
  この五月
    この肩車

克弘

散歩の途中で

 四歳の息子と花壇を覗いていたら、「ちょっとおいで」と見知らぬおじさんに声を掛けられました。その花壇は、オフィスビルに隣接していて、ビルの敷地と同じくらいの面積を取っているという贅沢な土地の使い方。税金対策なのかもしれません。近所にあって、四季折々の花をたやさないので、息子と散歩の途中でよく立ち寄っていたのです。声を掛けられたのは、フェンスの外にはみだした白い薔薇の花に集まる「赤い虫」(花粉を食べるタカラダニ)を見ていたときでした。

 小さな子どもと歩いていると、一人で歩いているときには関わりのなかった人たちと、思わぬ縁が生まれます。話しかけてくれたり、お菓子をくれたり。そのときも、「キャラメルでもくださるのかなあ」といった気軽な気持ちでついていったのです。

 おじさんが、花壇のすみのプレハブの倉庫をノックします。中から出てきたもう一人のおじさんに、はじめのおじさんは「なあ、この子にメダカやってくれ」と言います。え、メダカ? 海育ちの私にとっては、「メダカ」といえば、童謡の「めだかの学校」くらいの印象しかありません。「めだかの学校は川のなかそうっとのぞいてみてごらんそうっとのぞいてみてごらんみんなでおゆうぎしているよ……」(茶木滋・作詞)。そんな歌詞が心の中をよぎります。

 おゆうぎ……そう、今は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、お遊戯のできない時節。四歳の息子を連れての散歩が日課になったのも、保育園の休園が理由でした。遠出はできないけれど、近所をまわって、少しの時間でも地面を踏んでほしかったのです。

 「これが黒メダカね」「だったら白メダカもやったら」「そうだな、じゃあ赤メダカも」。おそらく花壇の管理者である二人のおじさんはそう声を掛け合いながら、ずらりと並んだ水槽から、タモ網ですばやくメダカを掬っていきます。息子は大興奮。しまいには、自分でも網を使いたいといって騒ぎ出す始末です。

 緑色のラベル越しではっきり見えませんが、お茶のペットボトルの中に入れられたメダカが、さかんに動き回っているのがわかります。命をぎっしり詰めたペットボトルを両手に受け取った息子は、ふだんは促されないと言わない「ありがとございました」を何度もおじさんたちに伝え、私はメダカの餌までくれようとする彼らに、けんめいに辞退の弁を伝えます。

「メダカ」は夏の季語

 その後、我が家では思わぬ来訪者にてんやわんや。ペットボトルからバケツに入れ替えたのはいいのですが、いつまでもバケツではかわいそうだと、ネット通販で陶器の鉢や水草を取り寄せます。私がうっかり「このへんは野良ネコが多いからメダカをつかまえにくるかもなあ」とぼやいてしまったのに過剰反応した息子は、「ずうーっと見てる」といってバケツの前を離れなくなり、餌を何度も「やりたい!」と言っては大泣き(結局もらってしまいました)。

 それでも、このちょっとしたハプニングは嬉しいものでした。「メダカ」は夏の季語なので、俳人である私も、季語の実物に触れる機会を得て、内心ほくほくです。

 自粛生活の中では、大きな変化は起こりません。退屈してしまう子どもの前で、私はなるべく、小さな差異に大きく反応するようにしています。たとえば、クサイチゴとヘビイチゴの違い。サクラの実とサクランボの違い。ダンゴムシは丸くなるが、ワラジムシはならない。絮(わた)を飛ばす草はいろいろあって、たんぽぽだけではない。公園の藤棚に集まってくるのは花虻(あぶ)で、蜂とは違う……。俳人のクセかもしれません。生活を送る上では気にしなくても一向にかまわないことですが、こうしたささやかな違いを大げさに言ってみせると、子どもも意外と関心を示してくれます。

 昨日と今日は同じ日のようであって、少しだけ違う。しゃぼん玉の液は昨日よりも減った。水たまりのぼうふらは増えた。いただきもののメロンが、いい匂いを漂わせるようになった。陸橋のあたりで羽虫が大発生した。迷い猫のポスターが電柱に貼られていた。近所のおじさんにメダカをもらった……。

 つい気分が高ぶって注文した信楽の鉢は一万三千円もして、タダでいただいたメダカとはいえ、ずいぶんな出費となりましたが、今日のメダカと明日のメダカの違いを楽しめれば、惜しくはないかな、などと考えているのです。

 

Profile
髙柳 克弘
俳人・読売新聞朝刊「KODOMO俳句」選者
1980年静岡県浜松市生まれ。早稲田大学教育学研究科博士前期課程修了。専門は芭蕉の発句表現。2002年、俳句結社「鷹」に入会、藤田湘子に師事。2004年、第19回俳句研究賞受賞。2008年、『凛然たる青春』(富士見書房)により第22回俳人協会評論新人賞受賞。2009年、第一句集『未踏』(ふらんす堂)により第1回田中裕明賞受賞。2016年、第二句集『寒林』(ふらんす堂)刊行。2017年度Eテレ「NHK俳句」選者。2018年、浜松市教育文化奨励賞「浜松市ゆかりの芸術家」を受賞。現在、「鷹」編集長。読売新聞朝刊「KODOMO 俳句」選者。全国高等学校俳句選手権大会(俳句甲子園)選者。早稲田大学講師。

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俳人・早稲田大学講師

1980年静岡県浜松市生まれ。早稲田大学教育学研究科博士前期課程修了。読売新聞朝刊「KODOMO俳句」選者。

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