田村 学の新課程往来

田村学

田村 学の新課程往来[最終回]言葉と体験

授業づくりと評価

2020.05.25

田村 学の新課程往来

[最終回]言葉と体験

國學院大學教授
田村 学

『学校教育・実践ライブラリ』Vol.12 2020年4月

 子供が学ぶとき、私たちが意識しなければならない大切なものとして「言葉」と「体験」がある。この二つを使いながら、私たちは日々思考し、表現し、対象を認識しながら、自らの暮らしを豊かにする資質・能力を磨いていく。本連載の最後は、この重要なツートップのうち、「言葉」に目を向けて考えてみたい。

文章表現の価値

 「言葉」には音声言語と文字言語がある。音声言語は、やや曖昧ではあるものの緩やかに広がりやすい特徴がある。それに比べて、文字言語は、明示され記録されることで明確になり自覚や認識を促す特徴がある。ここでは、この明示、記録、認識する機能をもつ文字言語について考えていく。

 私が学級担任として実践をしていたころ、文章表現を重視していた。それは表現方法や表現内容を指導するというよりも、どちらかといえば「書いて書いて書きためる」ことを大切にしていた。この「文章に書く」という活動には、どのような意味があるのだろうか。

 書くことによって、私たちは自らの思考を働かせる。様々な内言と言われる言葉を駆使し、つなぎ合わせ、自らの考えを構築していく。書くことが考え思考することを活性化することは、多くの方が経験済みのことであろう。また、書くことは、自らの考えや思考の過程、自らの状況を目の前に開示してくれることにつながる。頭の中にあり、なかなか自覚し認識することが難しい自らの状況を、眼前に並べてくれる。

 この自らの思考や認識の状況は、文字言語によって記録され、保存される。それらは、学びの履歴となって様々に活用することもできる。あるいは、記録された文字言語は、時間や空間を超えて、他者に伝えたり、他者と共有したりすることをも可能にする。

活動や体験を確かな学びに

 例えば、総合的な学習の時間では、豊かな体験活動を行う。しかし、ただ単に体験だけをしていては、子供たちにとって価値ある学びにはならない。「活動しっ放し」「やりっ放し」「やらせっ放し」という実態に陥ってしまうことが心配される。しかし、体験活動をした後に何をすればよいのかは、多くの実践者の方々が悩むところでもあろう。そこで、「体験したら書く」「活動したら書く」ということを丁寧に行うことをお薦めしたい。

 活動後に文章に表すことで、子供は自分の活動をじっくりと見つめ振り返る。そして、感じたことを改めて自覚し認識する。牛を飼うことになった子供たちが、初めて牛に出会う場面では、牛の瞳の愛らしさ、細い脚、肌の温もりなどを感じる。しかし、そうした感覚は時間とともに忘れ去られてしまうので、出会いの直後に文章表現の時間を確保する。そうすることで、自分の発見や感覚を確かな認識にしていく。また、文章に記述することは、そこでの思考を促す。肌の温もりから、生きていることや生命を実感的にとらえたり、親牛と細い脚の子牛との比較から、成長への思いを巡らせたりする。実際の子供の作文を紹介する。

 「子牛がやってきた。トラックの荷台に乗って。二頭は寄りそうようにしてトラックのすみに立っていた。やっぱり不安なのだろうか。

 私は、足が細いのにおどろいた。牛って言えば、大きなイメージがある。石平牧場で見た牛は、とても大きかった。こんな子牛が、どうやってあんなに成長するのだろうか。どのくらい食べるのか、ちょっと想像がつかない。私たちに世話できるのか、ちょっぴり不安にもなった。(中略)だけど、二頭はとってもかわいかった。目はくりくりとしていて、私を見ているようだった。ちょっとさわってみたら、あったかくてふわふわしていた。二つの命を預かることになったんだという、責任を感じた。私たちにできるのだろうか。期待と不安の出会いだった」

 こうした作文を書くことができるのも、心に響く豊かな体験があったからだと考えられる。

対話や話し合いを確かな学びに

 話し合い活動の後に文章を書くことで、話し合いという活動を一人一人の確かな学びに変えていくことができる。ボランティアについて話し合った後の子供の作文を紹介する。
 
 「ぼくは、二人の考えを聞いて、そうだなって思いました。でも、私の考えとは全然違うことに気付きました。みんなは、障害のある人や外国の人などに分けて考えていました。ぼくは、人は人でみんな一緒なのだから、人間全員は同じように考えたいと思ったのです。人間なんて世界中にいっぱいいます。それぞれに違うのは、当たり前です。(後略)」

 話し合い活動では、すべての子供が発言するわけではない。だからといって、発言しなかった子供が何も考えていなかったわけではない。友達の意見を聞きながら、じっくりと考えていることは多い。書くことによって、複数の友達の活動や体験をつないで思考していくのであろう。子供は、それまでの活動や体験の積み重ねを言葉にし、その言葉を関連付けて思考していく。次に紹介するのは、たくさんの人との出会いを通して学んできた子供の作文である。

 「活動をしながら気が付いたのです。川も山も自然なのですから、この前来てくださったウッドワークの高橋さんと青田川を愛する会の猪俣さんとは同じ自然を愛する人だと。それに国語の教科書に載っている『海のいのち』の作者だってそうです。海が好きで、自然が好きだから海をテーマにしているのではないでしょうか。(中略)私は、人間は何か似ているところがあると書いてきましたが、その何かの例を挙げるとすれば、この3人のように自然を愛する心だと思ったのです」

自らの考えを創り上げる

 文章に表現する中で、子供は自分の力で考え、自分の考えを生み出し、創り上げていく。自分自身の力で、自分自身の考えを確かにしていく。
 今、全国の学校では、「主体的・対話的で深い学び」の視点による授業改善が熱く展開されている。そこでは、活動や体験だけに終始してしまう授業、表面的な意見交換で終わってしまう授業も散見される。重要なのは、活動や体験、話し合いが、一人一人の子供にとって確かな学びになることであろう。そのためにも、言葉を使うこと、文字言語を積極的に活用することが重要なポイントとなってくる。

 

Profile
國學院大學教授
田村 学
たむら・まなぶ 1962年新潟県生まれ。新潟大学卒業。上越市立大手町小学校、上越教育大学附属小学校で生活科・総合的な学習の時間を実践、カリキュラム研究に取り組む。2005年4月より文部科学省へ転じ生活科・総合的な学習の時間担当の教科調査官、15年より視学官、17年より現職。主著書に『思考ツールの授業』(小学館)、『授業を磨く』(東洋館)、『平成29年改訂小学校教育課程実践講座総合的な学習の時間』(ぎょうせい)など。

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國學院大學教授

1962年新潟県生まれ。新潟大学卒業。上越市立大手町小学校、上越教育大学附属小学校で生活科・総合的な学習の時間を実践、カリキュラム研究に取り組む。2005年4月より文部科学省へ転じ生活科・総合的な学習の時間担当の教科調査官、15年より視学官、17年より現職。主著書に『思考ツールの授業』(小学館)、『授業を磨く』(東洋館)、『平成29年改訂小学校教育課程実践講座総合的な学習の時間』(ぎょうせい)など。

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