講座・校長学 新しい時代のリーダーシップ[第4回][校長の危機管理学] 重大事故・災害からヒヤリ・ハットまでの危機管理
学校マネジメント
2022.02.02
講座・校長学 新しい時代のリーダーシップ[第4回]
[校長の危機管理学] 重大事故・災害からヒヤリ・ハットまでの危機管理
一般財団法人教育調査研究所研究部長
寺崎千秋
(『新教育ライブラリ Premier II』Vol.4 2021年11月)
パトカーがサイレンを鳴らして学校へ!
パトカー数台がサイレンを鳴らし突然学校に入ってきました。何事が起こったか訳が分かりません。
校長としてあなただったらどうしますか?
副校長をすぐに確認に出させる。戻っての報告は「学校から『死にたい』という子供からの110番が入った」とのこと。すぐさま学年主任を集めて状況を伝え、各学級の子供に異常はないか確認し報告を求める。職員室の校長席を本部とする。副校長がそこで情報収集する。報告は全て異常なし。これを刑事に伝える。事件性はないと見て警察は引き上げた。
その後の校内での調査から、保護者といさかいをした子供が学校の公衆電話から110番したと判明。保護者が丁重に謝罪に来ました。学校として公衆電話使用の許可を得ていない、授業中に電話をしていた(=子どもの管理の不備)などの課題を改めて確認し今後の指導の徹底を話し合いました。緊急事態で危機管理マニュアルを見ている余裕はありませんでしたが、ほぼ準じた対応になっていました。結果的にヒヤリで終わりホッとしましたが、本当に事件が起きていたらどうなったでしょう。危機は突然やってくることを改めて肝に銘じました。
よく言われる「ハインリッヒの危機管理の法則」(ヒヤリ・ハットの法則)は、1件の重大事故の背景には29件の小さな事故が起きており、その背景にさらに300件の小さな「ヒヤリ・ハット」の出来事が起きているというものです。先行き不透明で変化の時代です。この意味を改めて考えてみましょう。
重大事故・災害の危機管理
学校教育において命に関わる重大事故・災害と言えるものには、例えば、新型コロナウイルス感染症の拡大、熱中症、ノロウイルス感染、給食による食中毒やアレルギー事故、いじめ問題、校舎等からの転落事故、登下校中等の交通事故、水泳指導中の事故、不審者による事件等々が実際に起きています。そして震災や台風・暴風雨などによる被害も甚大になっています。SNSやタブレットを使用したいじめなど情報教育に関わる新たな問題も生じています。
突発的な重大事故・災害等では「危機管理マニュアル」に沿っていては間に合いません。管理職のとっさの判断が求められます。命第一で迅速な避難や安全確保に尽力することです。学校だけでなく関係機関・関係者と協力・連携が必要なことが多くあります。日頃から危機管理の関係づくりが大切です。
教育・指導上、職務上の重大事故・事件や問題では、教育課程の未実施や偏り、授業時数不足、教科書の未使用、購入したテストの未使用・廃棄等々は、子供の学びの保障に重大な損害を与えます。子供への体罰やセクハラ等も心身の安全を脅かす重大な問題です。学校・教師への信頼を損なう行為です。管理職の監督や指導の責任が厳しく問われます。法規に基づき厳正に処分されることも止むを得ません。
重大事故・事件や問題は滅多に起こるものではないので、危機意識やマニュアルを忘れがちです。他山の石に常に学び、心理的安全性のある風通しの良い学校づくりを進めることが最大の危機管理です。
小さな事故・事件の危機管理
学校の中での小さな事故や問題で多いのがケガの報告です。ケガの原因は色々です。子どもの単なる不注意、施設・設備の瑕疵によるもの、教師の指導力不足によるもの等々、その原因を明らかにし、個々に適切に対応することが必要です。具合が悪く保健室に来る子供の中に伝染病にかかっていたり、虐待の疑いがあったりなどもあります。見逃した後に重大な事故や問題につながった例は少なくありません。
頭ジラミ発生の対応がおざなりだったため伝染が広がり、いじめが起きた例があります。今般のワクチン注射の子供の接種なども、差別やいじめにつながりかねません。学校に対応マニュアルがあればこれに沿って適切に対応し、ない場合は教育委員会や関係者に速やかに相談し、適切な対応の仕方の助言を受け、学校の取組をていねいに説明しましょう。
教職員では、事務費や給食費、教材費などの流用や使い込みなどもよく発生しています。一方で予算を適切に執行しなかったなども見られます。日頃から職務行動の観察から教職員の努力や工夫を認め感謝し、報告、連絡、相談等でコミュニケーションを充実させることで事故等防止につなげましょう。
保護者や地域住民からの意見や苦情も寄せられます。時間はかかりますがよく聴いて受け止め、法規や教育課程を物差しにして学校の考え方や取組の実際を丁寧に説明することが理解を得る基本です。
学校の日常に起こりうる小さい危機に学ぶことは再発を防ぎ、確かな危機管理に直結します。
ヒヤリ・ハットの危機管理
300の事故以前のミスやヒヤリ・ハットにどうやって気付くことができるのでしょうか。「ヒヤリ」とは「危ない目に合って急に恐ろしく感じる様子」、「ハット」とは「思いがけない様子に出合って驚く様子」と辞書にあります。「危ない」「思いがけない」と気付く感性が必要です。学校では「ヒヤリ・ハット」だけでなく「あれっ」「おやっ」「何か変だ」と違和感を感じられることが大切だと思います。これには学習が必要です。研修と経験が必要です。
過去に「ヒヤリ・ハット」したり、「あれっ」「おやっ」「何か変だ」と違和感を持ったりしたことが、重大事故につながったり、事故を未然に防いだりした事例に学ぶことです。また、こうした経験を出し合い学び合うようにします。校内を巡視して危機の前兆がないかをグループで見回ります。少しでも気になることがあれば出して検討します。危機管理マニュアルはもちろん重要ですが、教職員の危機管理の感覚を研ぎ澄ますことも大切です。
危機管理と並行して安全安心教育を充実させることも重要です。子供自身がヒヤリ・ハットした経験から自分の身を守る意識と行動力を育てましょう。
危機が発生すると教育活動の停滞や中断が起こります。日常的に「ヒヤリ・ハット」や違和感を感じるもの・ことを皆で共有して改善を図り、事故・事件、問題の未然防止、防災・減災に努めるようにしたいものです。学校管理職は研ぎ澄まされた感覚と防災・減災の取組、危機管理の先端に立つ人です。
Profile
寺崎 千秋 てらさき・ちあき
全国連合小学校長会会長、東京学芸大学教職大学院特任教授等を歴任。現在、一般財団法人教育調査研究所評議員・研究部長、教育新聞論説委員、公立小学校2校の学校運営協議会委員、小中学校の校内研究・研修の講師、教育委員会主催の教員研修講師等を務めている。