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続・校長室のカリキュラムマネジメント

末松裕基

続・校長室のカリキュラムマネジメント[第4回]コミュニケーションとは関係性を食べる?

NEW学校マネジメント

2020.12.30

続・校長室のカリキュラムマネジメント[第4回]コミュニケーションとは関係性を食べる?

『学校教育・実践ライブラリ』Vol.4 2019年8月

東京学芸大学准教授
末松裕基

 学校経営においてコミュニケーションのあり方はとても重要になるものだと言えます。ただ、コミュニケーションについて、どのように考えるかということは、さほど振り返る時間がないのも今の学校の実情ではないでしょうか。今回の連載では、どのようなコミュニケーションが良いと言えるのか考えてみたいと思います。

関係性を食べる?

 思想家の鶴見俊輔さんが、母娘のある会話を紹介しています。2歳の女の子が、店頭で見た唐揚げをお母さんに「おいしそうだねぇ」と言い、それに対して母親も「そうだね。美味しそうだね」と言っているような場面です。

 実際に母親がそこで買った唐揚げはありふれたものであっても、その女の子の記憶にはこの唐揚げは特別なものとなり、その後も事あるたびに想い出されるようなものになると思います。鶴見さんは、この場合の女の子は唐揚げを食べているだけでなく、母親との人間関係を食べているとおもしろい表現をしています。

 また同じく鶴見さんは、医療場面に目を向けて、どんなに医療を尽くしても最後に残るのは、看護する人とされる人との間の一つの挨拶であると指摘しています。

 手を握り合って看取り、その際の関係性がうまく終わればそれでよい。そのようなものを求めるのが医療のあるべき姿だと述べています。

 ここにあるのも人々の良好な関係性が前提になっているようなコミュニケーションだと言えます。鶴見さんはコミュニケーションそのものが発するメッセージだけでなく、その前提にこのような人間関係がある場合には、通常のコミュニケーションと違って「温かさの感覚」があると指摘しています。そのような感覚があることによって、コミュニケーションは豊穣になり、知的生産の基礎にもなりうるとしています(『期待と回想―語りおろし伝』2008年、朝日新聞社)

最高のスパイス?

 9歳の時に失明し、その後、18歳の時に聴覚も失った福島智さんも人のコミュニケーションについて、次のように興味深いことを言っています。

 「ところで、『食べ物のうまさ』にとって一番大切なものは何だろうか。『空腹は最良のスパイスだ』とよく言われる。また、『その土地でとれた旬のものを、その土地のやり方で食べるのが一番うまい』などともいう。それぞれ、もっともな見解だ。しかし、私は、『コミュニケーションの楽しさが最高のスパイスだ』と思うのである。」

(『渡辺荘の宇宙人─指点字で交信する日々』素朴社、1995年、50頁)

 彼はこう述べたあとに、次のように続けおもしろい問いかけをしています。

 「たとえば、こんな話を考えてみたらどうだろう。『あなたを含めた気の合う仲間数人を食事にご招待します』という申し出が、あなたのもとに来たとする。招待には二つのコースの選択肢がある。一つは、一流のフランスレストランでの豪華なディナー。もう一つは、大衆酒場のチェーン店でのささやかな酒盛り。ただし、条件があって、レストランではテーブルについている間、ひとこともしゃべってはならず、大衆酒場ではおしゃべりが自由だ。さて、あなたはどちらを選ぶだろうか。」(50-51頁)

 福島さんは、盲ろう者はこの二つのパターンを日常的に経験しており、すぐ隣でしゃべっている人がいても、直接手を触れ合わせてコミュニケーションをもって周囲の人の言葉を伝えてもらわない限り、しゃべっている人の言葉や談笑していることがわからず、それは上記前者のようであり、あたかも「独房での食事」と同じほど味気がないものだと述べています。

コミュニケーションの三つの壁

 福島さんは、9歳の時に失明した際、失ったものは大きかったものの、音の世界も捨てたものではないとして、「それほど大きなショックではなかった」と振り返っています。

 しかし、その新たに発見した音の世界も、18歳の時に、急激に聴力が低下したことで失うことになります。

 福島さんはその際のことを振り返りながら、「私は、『世界』を喪失した」と述べた上で、次のようにも語っています。

「聴力が低下していく過程で、私が最も恐れたことは、他者とのコミュニケーションが消えていってしまうことだった」(64頁)。

 しかし、その後、指点字というコミュニケーションの確保によって、「第一の壁」は破られます。ただその後まもなく彼は「第二の壁」にぶつかったと述べています。

 「手段は使わなければ意味をなさず、使われるためには努力が必要だ。盲ろう者が他者とともに生きていくには、周囲の人間との間の温かい信頼関係と相互理解を作り上げていくという、“第二の壁”を乗り越えることが不可欠である。」(67-68頁)

 以上からわかるのは、まずは、指点字によるコミュニケーションの手段の確保の段階があり、その上で、コミュニケーションを作動させる信頼関係の確保の段階があったということです。この第二の段階は、工夫して得た手段を用いて持続的にやり取りをすることを意味しています。つまり、他者とのコミュニケーション関係を形成することだと言えます。

 これらがスムースに整ってからも実際には、福島さんは「第三の壁」があったとして、それは、周囲のコミュニケーション状況に自らが能動的に参加する段階だったとしています。つまり、開かれたコミュニケーション空間を彼の周囲に形成することが必要であったとしています。

 福島さんは「障害の有無は、人生の豊かさとは独立した要因だ」と述べており、視覚と聴覚を失ったがゆえに、彼はこのようにコミュニケーションの本質を考えるに至り、苦労しながらもそれに諦めずに向き合い、その困難を乗り越えていったと言えます。彼の姿と生き様は非常にたくましく、学校での対話のあり方にも多くのヒントをもたらすのではないでしょうか。

 

 

Profile
末松裕基(すえまつ・ひろき)
専門は学校経営学。日本の学校経営改革、スクールリーダー育成をイギリスとの比較から研究している。編著書に『現代の学校を読み解く―学校の現在地と教育の未来』(春風社、2016)、『教育経営論』(学文社、2017)、共編著書に『未来をつかむ学級経営―学級のリアル・ロマン・キボウ』(学文社、2016)等。

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学芸大学准教授

専門は学校経営学。日本の学校経営改革、スクールリーダー育成をイギリスとの比較から研究している。編著書に『現代の学校を読み解く―学校の現在地と教育の未来』(春風社、2016)、『教育経営論』(学文社、2017)、共編著書に『未来をつかむ学級経営―学級のリアル・ロマン・キボウ』(学文社、2016)等。

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