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教育実践史のクロスロード

山本敏子

教育実践史のクロスロード[リレー連載・第3回] 倉橋 惣三 現代文明批判の視座から人間教育を探究した日本の幼児教育の父―誘導保育論の有する現代教育への射程

NEWトピック教育課題

2020.12.14

教育実践史のクロスロード[リレー連載・第3回]
倉橋 惣三
現代文明批判の視座から人間教育を探究した日本の幼児教育の父
―誘導保育論の有する現代教育への射程

駒澤大学総合教育研究部教職課程部門教授
山本敏子

『新教育ライブラリ Premier』Vol.3 2020年10月

 生える力、伸びる力。それに驚く心がなくては、自然も子どもも、ほんとうには分からない。が、驚きだけでは、詩と研究とが生まれても、教育にはならない。教育者は詠嘆者たるだけではないからである。子どもの力に絶えず驚きながら、その詠嘆のひまもすきもない程に、こまかい心づかいに忙しいのが教育であり、教育者である。
(「まめやかさ」『育ての心』より)

倉橋による現代文明批判と21世紀の人類

 今から100年以上も前に、現代の文明によって都会の子どもの「生活」が破壊されている現実を直視し、人間教育を探究した先駆者に、日本の幼児教育の父と称される倉橋惣三(1882-1955)がいる。

 「生活」の破壊は二方面に及んでいた。一つは都市化の進行が子どもの生活から自然を奪い去る現実であり、もう一つは資本制生産様式による家庭生活の破壊の現実である。倉橋は、「我国の都会の子供が彼の西洋における都会の子供の受けている種々の損害に、漸次近づきつつある」と見て、現代社会における「人間性」の荒廃を問題にした。「先ず考えなければならない事は現代は人為的文明が非常に盛んであるために(中略)人類の幸福が増加しましたと共に、また一方には幼児の身体及び精神上に非常なる被害を加えている事であります。(中略)私は子供の神経系統が受くる被害についてもっとも恐ろしく感ずるのであります」。加えて、社会が段々激烈化し、「世に生き甲斐のある生涯をして行こうというには、いよいよ強い実行力を必要とする時代」になった。現代は「困難に打克って疲れず所信と使命とを実行して行き得る」人間を要求しており、それにはその人の神経系統の力にまたなければならない―。

 倉橋は、1912(明治45)年の京阪神三市連合保育会総会の講演において、以上のように語り、現代の「新しい保育の目標」を「幼児の神経系統の保護とその鍛錬」に置いた(「幼児保育の新目標」)。そして、「東京では、遠慮してひかえていた彼の新保育論、ことに、フレーベリアン・オルソドキシー(フレーベルが創案した遊具「恩物」の使用法を絶対的なものと考え、機械的に踏襲する思想/引用者注)に対する批判的な論」(『子供讃歌』)を無遠慮なくらいに説き、これからの幼稚園は、幼児を「戸外」で「自由に自然物を以て遊ばせ」、屋内の細かい手仕事から大きな筋肉を使う方向へと変えていかなければならないと主張した(「幼児保育の新目標」)。「真の恩物とは、天が与えてくれている所の樹木、草、石、砂、土、水、その他の沢山の自然物であります」(同前)。

 21世紀を迎えた今日、現代文明の恩恵は地球上のごく一部の人びとに享受されるに過ぎず、むしろ私たち人類は、気候変動に伴う地球環境の悪化(氷河・氷床・永久凍土の融解、海面上昇、竜巻や豪雨の頻発、洪水、干ばつ、砂漠化、熱波の襲来、森林火災等)、紛争の頻発、貧困や差別の問題等々といった深刻な負の遺産に直面している。現在に繋がる文明の危機の始まりを早くも1910年代に洞察し、困難な時代を生き抜く真の人間教育のあり方を探究した倉橋惣三の保育理論研究から、私たちが学ぶところは大きい。

東京女高師附属幼稚園での三つの改革

 東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)附属幼稚園(1876年創立)は、日本で最初の幼稚園である。初代監事の関信三によってフレーベルのキンダー・ガルテンを模範とする幼児教育法が取り入れられ、机の上の恩物中心の保育が行われていた。同園は幼児教育のモデル的な存在となっていたので、1900年代の初め、新教育が勃興しつつあったものの、多くの公私立幼稚園ではフレーベル主義の伝統を引いた形式的保育が一般的であった。

 このような保育界にあって彗星の如く現れ、旧来の型にはまった幼稚園教育を、幼児の伸びゆく力に基礎を置き、幼児のさながらの生活に即した教育へと改革した倉橋惣三について、伝説のように語られていることがある。1917(大正6)年に倉橋は、東京女高師の講師から教授になり、兼ねて同校附属幼稚園の主事を命ぜられると、「心からお茶の水幼稚園につくす園丁」になりきって、「創園以来の古いフレーベル二十恩物箱を棚から取り降して、第一、第二その他系列をまぜこぜにして竹かごの中へ入れ」、子どもたちに遊ばせたというのである(『子供讃歌』)。フレーベルの神聖な恩物はただの積木玩具となった。同時に倉橋は、「従来遊嬉室の正面に掛けてあったフレーベルの肖像画をとって、職員室の壁面に移し」(同前)、さらに持論であった「朝の会集」廃止論を実行に移した。これについて倉橋は、「幼稚園は統一に端的に簡明に、幼児の幼稚園でなければならないという、彼のかねての考えの小さなあらわれに過ぎなかった」(同前)と述べている。

 「倉橋惣三の保育論の結晶であると同時に、わが国保育界における不朽の名著」(森上史朗)と評される『幼稚園保育法真諦』(1934年)への実践的な歩みの始まりであった。

フレーベリアン・オルソドキシーへの疑惑から保育理論研究へ

 倉橋の保育理論研究は1910(明治43)年に遡る。大学院生活を送っていた倉橋は、同年に東京女高師の講師を嘱託されると、附属幼稚園に入りびたり、古い書庫で明治初年からの保育書類を片っ端から読みあさった。特にフレーベルの原典の基本研究に熱心に取り組み、飽きては遊園に出て子供らと遊ぶ生活を送る。庫の中に残る「フレーベル流の保育方法のこまかい仕方」と、「フレーベルの根本精神」が真に活躍し、子どもらがピンピンと活きている園庭という二つの間で、次第にフレーベリアン・オルソドキシーに対する疑惑を強めていったという(『子供讃歌』)。その頃、園内の保育の研究会「フレーベル会」(後、日本幼稚園協会)に加入し、1912年に同会の機関誌『婦人と子ども』(後、『幼児の教育』)の編集を引き受けたことが縁で出会った関西保育界の人びとに支えられて、また、三期にわたる附属幼稚園主事としての実践を通して、倉橋は「保育理論研究」という新しい領域を切り開いていった。

 ところで、倉橋の附属幼稚園通いは第一高等学校時代に始まる。1900(明治33)年に東京府立第一中学校を卒業して同校に入学すると、雑誌『児童研究』を愛読するおとなしい青年だった倉橋は、内村鑑三の聖書研究会の熱心な会員になってキリスト教への理解を深める一方、暇があれば、「お茶の水の幼稚園」へ一人で遊びに行っていた。幼児たちは「おにいちゃんが来た」と言って集まってきて、「どっちが相手をするのか、相手をされるのかわからないくらい、なかよしだった」(『子供讃歌』)。1903年に東京帝国大学文科大学哲学科に入学し児童心理学を学ぶようになってからも、倉橋の幼稚園通いは続く。「彼の生きた児童研究はまずお茶の水の幼稚園で育てられたといっていい」(同前)と、倉橋は語っている。

 東京帝大時代には二葉保育園や滝の川学園等にもしばしば通っており、倉橋の保育理論研究は、教育学を学ぶよりも先に、十代の頃から子どもと親しく交わった直接体験がもとになって形作られていく。

幼稚園保育の真諦の根本と誘導保育論

 倉橋が三たび附属幼稚園主事に復帰した1930(昭和5)年前後の頃は、保育と教育についての倉橋の思索が円熟し、理論的な完成をみた時期である。体系的保育論「就学前の教育」(1931年)に続き、1934(昭和9)年に『幼稚園保育法真諦』が刊行された。同書は、前年の7月に、新築移転したばかりの女高師の大講堂で開催された日本幼稚園協会主催夏期講習会講義の速記録に手を入れたものである。

 その序において倉橋は、「フレーベルの精神を忘れて、その方法の末のみを伝統化した幼稚園を疑う。定型と機械化とによって、幼児のいきいきしさを奪う幼稚園を慨く」、思いきって従来の幼稚園型の「古い殻を破ったら、その中からみつけられたものが、此の真諦である」と述べている(『幼稚園真諦』)。

 方法論の梗概は、「幼児のさながらの生活─(自由・設備)─自己充実─充実指導─誘導─教導」というものである。

 『幼稚園保育法真諦』の中心となる教育論は、誘導保育論である。幼稚園の本当の保育案の意義を備えているものはというと、どうしても誘導保育案というものになってくる。しかし、子どもが登園して、その日何をするかは予め決められない。事前の誘導準備は必要だが、幼稚園の保育法は、こっちから対象の方へ手を差し伸べて、「幼児のさながらの生活」を主にして、おもむろに、慎ましやかに、こっちの目的へ誘っていくものでなければならない。

 すなわち、幼児の生活の生活たる本質をこわさないで教育していくところに、その方法の真諦―先生の苦心―がある。では、どうしたらよいのか。

 幼児の生活それ自身の①「自己充実」の力を信頼して、これをできるだけ発揮させていくというのが、保育法の第一段である。それには、幼稚園として適宜適切な「設備」をしておきつつ、その設備を幼児がよく生かしていけるように、子どもに生活の「自由」が充分許されているものでなければならない。とはいえ、子どもが自分の力で充実したくても、自分だけでそれができないでいるところがある。そこで、設備と自由の背後にいる先生が子どもの中に本当に入りきって、自己充実を内から助けるということが大切になってくる。これが、②「充実指導」である。しかし、充実指導をしようと心がけてはいても、自ら何もしない子どもがいるかもしれない。そういう時に必要になってくるのが、③「誘導」である。子どもの興味に即した主題を準備することで、断片的な幼児生活に中心を与え、系統をつけさせてやることができる。そうすると、主題の誘導力により、生活興味が起こり、幼児の生活が発展していく。最後に、ほんのわずかだけ付け加えられるにすぎないのが、④「教導」(知識を与える等)である。

 さて、誘導保育案の実際とは、どのようなものか。『幼稚園保育法真諦』の第4編には附属幼稚園保母5人の実践記録が紹介されているが、いわゆる単元遊びのような「八百屋」「水族館」「汽車の遊び」等といったものである。幼稚園の保育としては、こうした遊びの前の個々の準備が重要であり、そのために予め誘導保育案を立て、生活の主題が先にあって、その中で各々の保育内容事項が考えられるのでなければならないと、倉橋は述べる。

 幼稚園の一日の保育は、朝、自由遊びから始められるのが自然であり、そこからだんだんにまとまった仕事へというのが保育過程の本質ではあるが、遊びと仕事の区別はない。幼児が様々に活動の形を変えながら、流れ行く一日であることが大切である。

誘導保育論の現代的意義

 倉橋が新しい保育に踏み切った20世紀の初頭は、ヘルバルト派の教授法をはじめ旧来の教育理論に依拠する学校教育の弊害が露わになって、新教育、進歩主義教育等と呼ばれる多様な改革思想が発展し、具体的な教育実践が試みられた時代である。外遊時代(1919-22)に倉橋が最初に籍を置いたのは、当時、デューイがプラグマティズムに基づく教育改革運動を指導・推進していたコロンビア大学だった。その頃のアメリカはデューイ流の新幼稚園が新興している時であり、イギリスのマクミラン保育学校と共に、そうした新保育の実際を自分の目で確かめることは、倉橋の在外研究の主なねらいでもあった。

 誘導保育論は、デューイら進歩主義教育と切り離して考えることはできない。しかし、その保育理論の基本的骨格は欧米留学前にほぼできあがっており、海外の新教育思想に学びながらも、絶えず生きた子どもの事実から出発して根本考察を重ねた末にようやく辿り着いた倉橋独自の地平であると言ってよいだろう。ただ、第一次世界大戦後の同じ危機の時代を生き、近代の物質・機械文明が支配する20世紀の社会問題の解決に教育面から取り組んだ結果として、倉橋の誘導保育論には、子どもの生活経験を重視するデューイや、国連のユネスコ報告書が21世紀の教育のあるべき姿を示す実践として推奨しているシュタイナー教育の創始者・シュタイナーの教育思想と類似するものがあることもまた事実である。

 三者に共通するのは、どんな時代のいかなる文化にあっても、子どもの人間形成に関わる者すべてに必要とされる最も重要かつ基本的な姿勢である。

 倉橋の誘導保育論に即して述べると、保育者は、何よりも第一に、人間としての尊厳を有する子ども一人ひとりに畏敬の念をもって対する人間観が身についていなければならない。その上で第二に、子どもをどのように教育するかという方法への問いではなく、子どもをよく見る眼を養うことによって保育にあたることが重要とされる。子どもと保育者との生命的応答を通して見えてくる人間理解のあり方が、実践の原動力となる。そして、第三に、保育案を固定化することを厳しく戒め、それぞれの保育者が豊かな創造性と強い生活性を発揮して、自らの主体性において保育案を考えることを大事にしている。

 これらがあって初めて、保育者一人ひとりの誘導保育案に生命が宿り、幼児の自然な生活が尊重されて、幼児の生活は発展、展開していく。

 

■参考文献(本文に載せた以外)

・倉橋惣三の著作:「幼児保育の新目標」1912年、『幼稚園雑草』1926年、『育ての心』1936年、『幼稚園真諦』1953年(初版『幼稚園保育法真諦』1934年)、『子供讃歌』1954年(以上、『倉橋惣三選集』全5巻、フレーベル館所収)・森上史朗『子どもに生きた人

・倉橋惣三―その生涯・思想・保育・教育』フレーベル館、1993

 

 

Profile
山本敏子(やまもと・としこ)
 1956年生。お茶の水女子大学家政学部児童学科卒、東京大学大学院博士課程単位取得退学。駒澤大学教授。倉橋惣三の唱えた「家庭生活の教育性」の潜在する人間形成に関わる諸経験を歴史の深層から掘り起こす研究に取り組んでいる。

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