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学び手を育てる対話力

石井順治

学び手を育てる対話力[最終回]「対話力」が未来をつくる(2)

NEWトピック教育課題

2020.06.04

学び手を育てる対話力

[最終回]「対話力」が未来をつくる(2)

東海国語教育を学ぶ会顧問
石井順治

『学校教育・実践ライブラリ』Vol.12 2020年4月

探究的・対話的学びとICT

 ICTと対話、これからの教育はこの二つの関係を抜きに進展させることはできません。

 一年にわたって述べてきたように、学びにおいて対話はなくてはならないものです。私たちは、対象と対話し、他者と対話し、そして自分自身と対話することによって学びを深めています。学びは対話なしには生まれません。ICTを活用したときその対話はどうなるのでしょうか。もちろん、探究的・対話的な学びにおいてです。

 ICTには膨大なデータが蓄積されています。それらのデータはいわば宝の山だと言えます。それをどのように引き出し組み合わせ、そこから何をつくりだせるのか、そこには想像を超える可能性があるにちがいありません。

 ICT機器を前にした子どもは、きっと目指す課題に向かって引き出したデータと対話をするでしょう。そうすれば求めるものを探し当てようとする子どもの期待にデータは応えてくれるにちがいありません。こうして得られた情報・資料をもとに子どもたちは自分自身と対話しながら、目指す課題に一歩一歩近づいていくことになるのです。

 そう考えれば、ICTによる学びにおいても、それがたった一人で取り組んでいる場合であっても、対話は行われていると言えます。ただ、そこに子どもを学びから遠ざけかねない危うさが潜んでいることも知っておかなければなりません。そうでないとICTと対話的学びが結びつかなくなるからです。それはどういうことでしょうか。

ICTと人間らしさ

 ICTから得るデータはあくまでも蓄積されているものです。探究的・対話的学びで子どもたちに目指させたいのはそういう過去につくられたものを探し当てることではありません。探し当てたものをもとに、データそのままではない、子どもにとって未知の何かを発見する、もっと言えばつくりだす、そういう学びをさせたいのです。過去につくられたものを利用するだけではなく、過去のものを手掛かりに、今ないものをつくりだすことに喜びを感じる子どもにしたいからです。では、子どもたちがICTに向き合うとき、そういう構えで学びに向き合うにはどうすればよいのでしょうか。

 そもそもICTでは決して生み出せないもの、人間の手によらないとつくりだせないものがあります。速く、便利で、わかりやすければすべてよいというわけではありません。時間をかけた徒労とも思える模索と没頭を経て人の手によってつくりだされるものの中に、人間らしい生命を感じるのは私だけではないでしょう。ICTが急速に拡大されていく現代社会においてこうした人間的なものへの尊重を忘れてはならないのです。ICTと人間らしさ、それはこれからの社会における重要な課題です。

 再び、対話とICTの観点に戻しましょう。私が危惧しているのは、ICTにおいても「対話的学び」は成立するのですが、そこで使われる言葉から人間的なものが失われないかということなのです。

 一人の子どもがICT機器を操作している様子を想像してみましょう。もちろん子どもの頭の中では言葉が飛び交っているでしょうし、機器からは文字として音声として言葉が発信されているでしょう。しかし、それは生きた人との対話ではありません。そこに、わからなさに寄り添い、ともに考え、何かを探究する喜びを共有する関係性はなく、その言葉に人間的な温もりが感じられないでしょう。

 人は古来より、人と人とのかかわりにより、ここまでの発展を遂げてきたのです。人は一人では生きられません。人間社会の発展も、個人の生きる意味も、そこに他者とのつながりがあるから保たれているのです。ICTの進展によって仮にもその「つながり」が薄まっていくとしたら、それは人間性の喪失を招き、人間社会の衰退を引き起こします。

 そう考えると、ICTを有効に活用するとしても、仲間とともに対話しながら協同的に学ぶ機会をつくらなければ絶対にだめでしょう。それは、知識の獲得を目指して一人で機器に向き合う学び方とは違って、ICTを媒介にして他者とともに何かの創出・発見を目指して探究する学び方です。それは、ICTに頼り、ICTに従う生き方ではなく、どこまでも「新たなるもの」を目指して挑戦するいわば開拓的な生き方です。

 そのとき、人と人との間で交わされる言葉が極めて大切になります。それなくして「新たなるもの」は生み出せないからです。しかし、子どもの場合、人との対話よりもICTに頼り、ICTに夢中になる危険性があります。そう考えると、「対話的学び」の実現は簡単ではなくなります。ICTの便利さ、わかりやすさに溺れ、思考・探究することが痩せていったとき、子どもたちの学びは深まらず、人間らしさや人としての可能性も実現できなくなっていきます。子どもたちの未来にかかわる仕事をする教師としてこのことから目をそらすことはできません。

「対話力」が未来をつくる

 次の時代の学び方のカギを握っているのはICTです。時代は確実にその方向に動いています。もしかするとここに記した私の懸念など取るに足らないものかもしれません。けれども、そういう小さな懸念に対しても急がず丁寧に考察・研究し、ICTが人間の豊かさにつながるものとして機能するよう努めなければなりません。主体はあくまでも人でありICTではないのですから。

 そのとき、キーポイントとなるのが「対話力」ではないでしょうか。対話を失うということは、言葉を失うだけではありません。思考力も判断力も、人と人とのつながりも、つまり人間として生きることそのものをなくすことになるのです。もちろん「探究的学び」に「対話」は欠かせません。「対話」はなくてはならないものです。「対話力」が未来をつくるのです。そのもっとも重要な力を育もうとしているのが「主体的・対話的で深い学び」なのです。

 いよいよ4月から新教育課程全面実施です。全国の学校でどのような「対話的学び」が行われ、子どもたちがどのような「学び手」に育つのか、期待を抱いて見守りたいと思います。

 一年間、ご愛読ありがとうございました。(了)

 

Profile
東海国語教育を学ぶ会顧問
石井順治

いしい・じゅんじ
1943年生まれ。三重県内の小学校で主に国語教育の実践に取り組み、「国語教育を学ぶ会」の事務局長、会長を歴任。四日市市内の小中学校の校長を務め2003年退職。その後は各地の学校を訪問し授業の共同研究を行うとともに、「東海国語教育を学ぶ会」顧問を務め、「授業づくり・学校づくりセミナー」の開催に尽力。著書に、『学びの素顔』(世織書房)、『教師の話し方・聴き方』(ぎょうせい)など。新刊『「対話的学び」をつくる 聴き合い学び合う授業』が刊行(2019年7月)。

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東海国語教育を学ぶ会顧問

1943年生まれ。三重県内の小学校で主に国語教育の実践に取り組み、「国語教育を学ぶ会」の事務局長、会長を歴任。四日市市内の小中学校の校長を務め2003年退職。その後は各地の学校を訪問し授業の共同研究を行うとともに、「東海国語教育を学ぶ会」顧問を務め、「授業づくり・学校づくりセミナー」の開催に尽力。著書に、『学びの素顔』(世織書房)、『教師の話し方・聴き方』(ぎょうせい)など。

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