いま、教員に求められる資質・能力と研修 村川雅弘(甲南女子大学教授)
トピック教育課題
2019.05.21
教員一人ひとりの意識改革及び実践力向上
「育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会(論点整理)」(平成26年3月)、中教審への文科大臣諮問(平成26年11月)、「教育課程企画特別部会(論点整理)」(平成27年8月)を経て、中教審では22の各教科等・学校種別部会が具体化に向け検討を重ねてきた。学習指導要領の告示が目前に迫っている。
「育成すべき資質・能力」及び「アクティブ・ラーニング」が明示されたことにより、幼児教育から高校教育までが2本の大きな柱で貫かれた。これらの実現に向け、「カリキュラム・マネジメント」の充実化と「社会に開かれた教育課程」の具現化が模索されている。
これらは現行学習指導要領の延長線上にあり、既に進められている道徳及び小学校外国語活動の教科化や高等学校で検討されている「理数探究(仮)」などを除き、全体的には目立った改訂には見えないが、日々の授業の質的改善が求められる大きな改訂である。それだけに、教員一人ひとりの日々の授業改善に向けた意識改革と実現化のための実践力向上が求められる。
教員に求められる7つの資質・能力と研修
次代を担う子どもたちを育てる教員に必要な資質・能力は諸説あるが、筆者は主として以下の7つと捉えている。その向上のための研修と合わせて述べる。
(1)児童生徒の実態分析力
カリキュラム・マネジメントにおいて最も重要なことは教育目標の設定である。目標のベクトルが揃わなくては学校という大きな船を漕ぎだすことはできない。子どもの学力や生活の特性や実態を捉えた上で、次代を担う上で必要な資質・能力を想定し、どのような力を育んでいくのかというゴールイメージを学校として共有化する必要がある。学校目標を踏まえた上で各教科等の目標が具体化され、日々の授業が設計・実施される。
全教員で全国学力・学習状況調査をはじめ様々な学力調査やアンケートの結果を持ち寄って分析しながら、日々の子どもたちの様子も踏まえ、「学習面」と「生活面」の「よさ」と「課題」を分析・整理することを勧めている。全国学力・学習状況調査に関しては当該の学年や教科の担当教員だけで検討するのではなく、全教員で結果を受け止め、一教員あるいは担当教科として何ができるか、学校としては何をすべきかを明確にしていくことが求められる。
(2)人間関係構築力
子どもや保護者が多様化する中で、一人ひとりの特性を理解し、対話を大切にしながら関係づくりを行っていくことが、地道ながらも着実な方法である。生活科や総合的な学習の時間だけでなく、「社会に開かれた教育課程」の実現に向け、各教科等においても実生活や実社会との関連を意識した授業づくりを展開する上で、地域の人や子どもたちが学んでいる課題にかかわる知識や技能をもっている専門家との人間関係を築く必要がこれまで以上に大切になってくる。
また、カリキュラム・マネジメントが重視されていく中、同僚と協働的な関係を築いて問題解決を図ることがますます求められる。それにもかかわらず、校内の人間関係で悩む教員は少なくない。その一方で、他の学年・学級の実践を自分のクラスのことのように熱く具体的に語り合う教員集団に出会うこともある。その大半は総合的な学習の時間の先進校である。教科書が存在しないために、子どもの実態を基に目標を設定し、その実現に向けての授業づくりを行うために支え合う人間関係が構築される。そして、日々の授業での手応えや悩み、課題を日常的に共有しつつ協働的に問題解決を図る。若手も自然とその輪の中に溶け込む。このように、校内において支え合い教え合う雰囲気や文化を創出していきたい。
そのためにワークショップ型研修は有効である。各自が自己の考えを持ち、表明し、他の同僚の考えと比べ関連づけることで力量を高めていく。本誌の連載でも紹介しているように、アクティブ・ラーニング的な研修が各地で実現している。
(3)概念化能力
「概念化能力」はMBA(=Master of Business Administration、経営学修士)に求められるスキルの中でも最も重視されている。「開発するあるいは開発した商品が購入者にとってどんな価値・意味があるのかを考える力」である。学校教育に当てはめると「教育活動の一つ一つが子どもにとりどんな価値・意味があるのかを常に問い直す力」と捉えることができる。
生活科や総合的な学習の時間の年間指導計画や各行事計画などを年度末や行事の後に、実践を通しての気づきを踏まえて、成果や問題、改善点を付箋に書き出し、計画を拡大したシート上で整理・構造化することを勧めているが、各活動の価値や意味を問い直す上で有効である。各教科や道徳、特別活動でも求められる。年度始めに指導計画や行事計画を見直すことも意義深い。夏休みの研修で校内の行事や会議等の「仕分け」を行った学校もある。近年のように校務が増え多忙化が進んでいる状況では特に必要である。
(4)カリキュラム・マネジメント力
「カリキュラム・マネジメントは校長や教頭、教務主任などには必要だが私にはまだまだ関係がない」と考えている教員は少なくない。筆者は講義や講演において「全ての教師に必要である」と説いて廻っている。
例えば、教職大学院の学卒院生にも「君たちが初めて教壇に立った時に、子どもたちの様子をしっかり見て、実態を把握した上で、1年かけてどんな力を付けたいのか、そのためにどのような授業づくり・学級づくりをしていくのか、具体的なゴールイメージを持った上で具体的な手立てを打っていく必要がある。その際、授業づくりも学級づくりも一人ではできない。校内研修や行政研修で力を付け、同僚の先生方とよりよき関係を築き、日々の授業の見直しや改善を図りながら実現していくものである。1年間の見通しを持つことや教育活動と経営活動の全体や関係を俯瞰することは全ての教師に求められている」と話している。カリマネに関する研修については拙著を参考にしていただきたい1。
(5)アクティブ・ラーニングを意識した授業づくり
アクティブ・ラーニングを意識した授業づくりを試行したい。成立条件及び研修については本連載1回目の「アクティブ・ラーニングとその実現のための研修」と同5回目で紹介した「探究的な授業づくりスタンダード」を参考にしていただきたい。
(6)育成すべき資質・能力を踏まえた授業設計力
この資質・能力は今次改訂の最も核になるものである。
改めて「育成すべき資質・能力」の3つの柱を示す(少し簡略している)。
一つは、「何を知っているか、何ができるか」にかかわる各教科に関する個別の知識や技能である。相互に関連づけたり組み合わせたりすることによる知識・技能の着実な定着と社会の様々な場面での活用を重視している。
一つは、「知っていること・できることをどう使うか」にかかわる問題発見や協働的問題解決に必要な思考力・判断力・表現力である。
一つは、「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか」にかかわる学びに向かう力や「メタ認知」、多様性を尊重する態度と互いのよさを生かして協働する力、持続可能な社会づくりに向けた態度、リーダーシップやチームワーク、などの人間性である。
歴史分野を例に挙げて解説する。
先日、こんなことがあった。家族とクイズ番組を見ていた。「武家諸法度を起草したのは誰か」という問題に、筆者は即座に「金地院崇伝!」と解答し、久々に家族の賞賛を得た。高校時代に覚えた知識が四十数年目にして初めて日の目をみた。しかし、残念ながらその中身は殆ど忘れてしまっている。
一つ目の柱の後半には、「個別の知識・技能を相互に関連づけたり組み合わせたりすることによる知識・技能の着実な定着」とある。子どもに「鎌倉幕府や室町幕府と比べて、なぜ江戸幕府は長続きしたのか」という課題を投げかけてみてはどうだろう。子どもたちは意欲的かつ主体的・協働的に各幕府の組織や制度を比較・分析する学習を展開する。このような過程を経て身につけた知識は、生涯忘れることはないだろう。
このような学習は、2つ目の柱にも繋がる。一人ひとりが教科書や資料を紐解き、それまでに習得した知識(例えば、組織や制度に関する知識)や技能(例えば、資料活用能力)を生かし、自己の考えを述べ、互いに比較することを通して徐々に解を見出す。
このような経験は社会に出てからも活きてくる。例えば、教職に就き管理的な立場になったとしよう。これまでの勤務校での経験や現任校の経緯を踏まえ、どのような研究組織や校務分掌を作り、どう関連させていけばよいのかを比較・検討しながら、自校に合ったシステムを考え出す時に発揮されるかもしれない。1つ目の「社会の様々な場面での活用」や3つ目の「多様性を尊重する態度と互いのよさを生かして協働する力、持続可能な社会づくりに向けた態度、リーダーシップやチームワーク」にも繋がる。
授業研究の事前研の中で3つの柱を意識したい。また、指導案の書式の中に3つの柱との関連で目標や内容、方法をどう具体化しているかを記述する項目を入れておきたい。
(7)育成すべき資質・能力を踏まえた評価力
授業や単元の最後に振り返りを行う実践が増えてきているが、単なる感想で終わることがある。資質・能力の3つの柱との関連を意識させることで振り返りの質が高まる。図は文科省の「育成すべき資質・能力の3つの柱を踏まえた日本版カリキュラム・デザインのための概念」を基に八釼明美(愛知県知多市立旭北小学校教務主任)が考案したものに村川が加筆したものである。
「振り返り①」は「学習課題やめあてについて分かったことやできたことを話し言葉や書き言葉を通して明確にする」振り返りである。学習事項の確かな定着には欠かせない。「振り返り②」は「自らの考えを持ち仲間と語り合うことでよりよい解を見出したり理解が深まったりしたことへの自覚を促す」振り返りである。主体的・協働的な問題解決を通して、一人ひとりが思考・判断・表現する力の伸びを実感する。「振り返り③」は「学習によって得た新たな考え方、自分自身のよさや生き方に関わる」振り返りである。自己の成長をメタ的に捉え自己肯定感や達成感を引き出す。
例えば、道徳のように1時間で完結する場合には①~③を同時に振り返らせることになる。算数ならば①と②だけの場合が多い。総合的な学習の時間のように単元全体を通す場合には、①②③の全てに時間をかけて振り返らせることが求められる。いずれにせよ、これらの振り返りを通して、新たな疑問や学びへの期待や関心・意欲が生まれ、次の学習課題を子ども自らが設定していくことへと繋がる。こうして、カリキュラム・マネジメントの最終目標である「自己の学びのカリマネ」のPDCAが機能していくのである。
育成すべき資質・能力を踏まえての自己評価を重視していきたい。指導案の書式の中に3つの柱との関連で子どもに自己評価させたり、教員が評価したりする手立てを記述する項目を入れておくとよいだろう。
[注]
(1) 村川雅弘「カリキュラムマネジメントの理解を深める研修の開発」田村知子・村川雅弘・吉冨芳正・西岡加名恵編著『カリキュラムマネジメント・ハンドブック』ぎょうせい、2016年、p.174-187
甲南女子大学教授
村川雅弘
Profile
むらかわ・まさひろ 鳴門教育大学大学院教授を経て、2017年4月より甲南女子大学教授。中央教育審議会中学校部会及び生活総合部会委員。著書は、『「カリマネ」で学校はここまで変わる!』(ぎょうせい)、『ワークショップ型教員研修 はじめの一歩』(教育開発研究所)など。