レジリエンスな持続可能な地域づくりのための「逃げ地図」活用の防災教育―『学校教育・実践ライブラリ』Vol.11 より

トピック教育課題

2020.03.06

レジリエンスな持続可能な地域づくりのための「逃げ地図」活用の防災教育
学校教育・実践ライブラリ』Vol.11 2020年2月配本

千葉大学大学院園芸学研究科教授 木下 勇
千葉大学大学院園芸学研究科 寺田光成

逃げ地図とは

 「逃げ地図」とは、目標避難地点までの時間を色鉛筆で道路を基本に塗り分けた地図のこと(*1)。最初は東日本大震災の後に津波災害から命を守るための最短な避難を考えるために考案された。

 具体的には以下のように作成する(図1)。まず予想津波到達点より高い位置に道路が届く点など安全な緊急避難の場所を探す。そして選定した緊急避難場所から3分間で動ける距離(高齢者が10度の傾斜を登るのに3分間で129m と割り出した標準距離)の革ひも(地図の縮尺に合わせて用意)をあてて緑色に塗る。全て塗り終わったら、次の3分間の距離を黄緑、そして次に黄色、さらにオレンジ、赤と道路を3分間のスリットで塗り分けていく。そうすると赤に塗られた道路は緊急避難場所まで12分から15分はかかるということが分かる。そのようにして、地図上に地域の道路が全て色のスリットで塗り分けられ、それぞれの場所から最も近い避難場所と避難にかかる時間が分かる。さらにそれぞれの道から一番近い避難場所への避難の方向を矢印で地図上に記していく。そうやって避難の地図が出来上がる。そのマニュアルは「逃げ地図ウェブ」サイトhttp://nigechizu.com)に公開している。

図1 逃げ地図づくりの方法

 最初は大手設計事務所の日建設計ボランティア部が東日本大震災後の支援で考案した。大規模建築の設計で最短の避難路を考える発想が基になっている。その後、明治大学の山本俊哉教授、そして筆者らが参加して、JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)の研究プロジェクトの助成を受けて、津波のみならず土砂災害など多様な災害に対応し、子供からお年寄りまでの世代間のリスクコミュニケーションを促す方法として発展させてきた。逃げ地図というと逃げ道が分かる地図と思いがちであるが、実は成果物よりも、これをつくる過程で、災害に対して弱いところ、不安なところが色々と話し出され、より安全に避難するにはどうしたらよいかと考え出す、そういうプロセスに大きな意味がある。

 ここではその学校の総合的な学習ですすめてきた逃げ地図による防災教育を紹介する。

防災教育~「逃げ地図」の前にすること

 ここでは小学校高学年用の授業づくりを紹介する。だいたい地図が読めるようになるのは小学校3年生で扱ってからと思われる。ここでは小学校5、6年生対象の総合的な学習の時間を使った、1学期の間の10コマ程度を使う想定で考えた。

 防災教育では地域が直面する災害を想定するとよい。地震が起こると、海岸部であれば津波、山間部であれば地滑り、豪雨と重なれば土砂崩れなどの土砂災害、そして河川氾濫による洪水、台風の突風、最近では竜巻の脅威までもある。自然災害以外に火事もある。たまたま風の強い日、地震などの自然災害的要素も含めて街を焼き尽くす大火となる恐れもある。そういう自分たちの住んでいるところの災害を子供たちから挙げてもらい、地域が面している災害の危険性を洗い出す作業から始めるとよい。

 さて、そういう災害の洗い出しができたら、どのように備えていったらよいか、自分たちで考えてみるとよい。いろいろな考えが出てくるであろう。こういう類には何が正解かというものはない。できるだけ最善の方法を自ら考えるということが大事なのである。すると、自ずと(子供たちから)疑問が出てくるであろう。今までどんな災害が起きていたのか、どういう対策を行政はじめ地域の大人たちは立ててきたのか。

 そこで役所の防災担当の方を呼んで、話をしてもらう。過去の災害の記録、そして「ハザードマップ」を紹介してもらう。そこには子供たちが話した地域の脅威の災害が取り上げられ、被害が及ぶ予測範囲の地域を色の網をかけて示してある。自分の家がそういうところにかかっているかどうか、友達の家も学校も親戚の家も、心配して見てみるといい。家や施設がかかっていなくても通学路やよく通る道なども見てみることだ。ハザードマップには避難場所、避難所が示されている。避難場所と避難所も名称が似ていて、世間では混同している場合があるので、子供たちとその違いについてもはっきりと分かるまで討議するといい。そして子供たちに、家に帰ったら家族にハザードマップは家に置いてあるか、見たことはあるか、どういう災害のときはどう逃げるのか、過去に覚えている災害はどんなであったか、といったことを聞いてみるようにするとよい。

 さて、ここまでが準備段階である。津波に限らず、どんな災害にも当てはまる。役所の方が過去の災害のことを話せないようだったら、誰か詳しい地元の方に話してもらうことを入れてもいい。また子供たちに調べ学習として、地域のお年寄りに話を聞いてきてもらう宿題を出してもいい。

 逃げ地図づくりをいきなり始めてもよいが、このような準備の回を数回行うのは、関係者を巻き込むためである。行政を巻き込むのは、子供たちが考えたことで何か行政の施策に反映できるかもしれない、その方がより安全なまちづくりへつながるからである。保護者、地域を巻き込むのは、子供たちから大人の意識に刺激を与えるためである。準備はそのように実際の地域での防災力の向上に寄与するように考える。教育を将来の人材育成と考えがちであるが、防災教育は将来ではなく、今、いつ何時、災害が起こるか分からない状況の中に、どう生き延びるか、今を生きる教育であり、それは当然に学校の中だけで済む話ではないのである。

 それゆえに、学校の教師は防災の専門家でもないので、行政、防災の専門家を学校に呼び、子供たちに話をしてもらうことを遠慮しないでどんどん行うとよい。できるなら協力者を地域で確保することが、教師たちの異動があっても継続性につながる。

 東日本大震災で起こったことを思い出してほしい。釜石の奇跡と言われる事例では、子供たちの日ごろの防災教育が、子供の被害者の少なさに成果を上げたことのみならず、呑気に構えて避難に腰の重かった大人を子供が涙で訴えて避難に動かし命を救ったりした(*2)。一方、石巻市の大川小学校のように大人の意思決定を待つ間に津波が押し寄せて、多くの命が失われた悲劇もあった。「つなみてんでんこ」と言われるように、避難、そして災害に対して生き残る強靭さを身に付ける必要があるのは大人も子供も同じことである。

逃げ地図のプログラム

 逃げ地図の道路への色ぬり自体の作業は授業2コマぐらいで終わるであろう。それ自体でもいろいろな気付きがあり、意味あることである。しかし子供たちに深い学び、そしてその学びから感じ取る疑問に答えるように、地域社会、自分たちの住むまちの安全性向上に寄与するなら、10コマ程度のプログラムがお薦めである。

 表1は静岡県河津町の河津南小学校で、5、6年生対象に2015年の2学期の間に行った逃げ地図を使った防災教育のプログラムである。

 1学期の間に、私たち外からの支援者と教師とで打ち合わせをしながらプログラムを作成した。2015年9月から11月にかけて小学校5、6年生79名の児童を対象に、計13コマ(コマ=45分)の単元計画を作成した。児童は地区ごとの班に分かれ、体育館に島状に分かれて作業を行った。

表1 実施された防災教育カリキュラム

 プログラムは①「STEP1 予想する」、②「STEP2 逃げ地図の段階的作成」、③「STEP3 共有」に区分けされる。①は前項で記したようなことである。②が逃げ地図づくりである。ここでのポイントは逃げ地図づくりのときに、各地区から一人、二人、行政の防災担当者に出てもらい、逃げ地図づくりのときに子供たちから出る素朴な質問などを聞いてほしい。質問のみではなく、いわば時間と場所を共有する中で、子供の疑問から意識付けられることもある。なお、逃げ地図を作成した後に、現場を歩いて点検する会を地域住民と共に行うことである。それが子供の視点から気が付かないことの発見、意識付けにもなる。この小学校でも、橋の老朽化や土砂災害警戒区域を現場で点検して、安全性の疑問や、津波浸水域に避難所の公民館がある点、そして高台の避難場所のお寺は古く1000年前に開かれたところで、水が上がったことはないと知り、「安全な避難場所なのに、避難所と同じ備えがあってもいいのではないか」という子供の意見に大人も頷いていた。

 ③の共有化は子供たちが学んだことや提案を地域に投げかけることである。これは課外プログラム的に地域が主催した防災訓練を兼ねた逃げ地図づくりワークショップで、子供たちが大人をサポートして逃げ地図づくりを行った。

おわりに

 逃げ地図はリスクコミュニケーションの道具である。子供たちが逃げ地図をつくる過程において、地域の脆弱性に気付き、それに大人たちも巻き込みながら考えるところに意味がある。逃げ地図で発見した疑問は専門家、地域の大人に投げかけながら自分たちの住んでいるところの安全性向上への動きとなれば、子供たちも安心して住み続けられることになる。反対にそれら疑問を放りっぱなしで、子供たちにも諦め、無関心を強いることは決して防災教育にはならない。レジリエンス(強靭)な持続可能なまちづくりというSDGs11番目の目標に、逃げ地図から防災教育を展開することが災害の多い我が国での一つの有効な方策となるであろう。

[参考文献]

*1 逃げ地図づくりプロジェクトチーム『災害から命を守る「逃げ地図」づくり』ぎょうせい、2019年
*2 片田敏孝「小中学生の生存率99.8%は奇跡じゃない『想定外』を生き抜く力」2011年04月22日(Fri)http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1312

 

 

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災害から命を守る「逃げ地図」づくり

2019年11月 発売

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