“私”が生きやすくなるための同意
『“私”が生きやすくなるための同意 「はい」と「いいえ」が決められるようになる本』 <第1回>同意における多様性と社会のルールの関係
新刊書のご案内
2022.11.01
新刊紹介
(株)WAVE出版は2022年9月、『“私”が生きやすくなるための同意 「はい」と「いいえ」が決められるようになる本』(遠藤 研一郎/著)を刊行しました。
我々は「自分の領域」を持って生活しています。その領域とは、名前、住所、趣味、財産、価値観、気持ちなど、自分を形作るすべての要素を指し、他人が無断で踏み入れることはできません。
この本では、そんな自分の領域を自分専用の乗り物=「ジブン号」として解説していきます。自分で運転できてプライベート空間が保てるジブン号に他人が乗り込むには同意が必要です。さらに、ジブン号には鍵のかかったスーツケースが積まれ、その中には大切な袋がしまわれており、同意なしに開けることは許されません。同じように、他人にもそれぞれ「タニン号」が存在し、自分が乗り込むには同意をもらわなければなりません。
それぞれ違う考えを持つ人たちが一緒に心地よく生きていくということは、同意をする、同意をもらう、つまり「はい」と「いいえ」が無数に繰り広げられ、きちんと作用しているということです。逆に、もやもやする、嫌な気持ちになる、トラブルが起きる……これらは同意ができていない証拠です。
法的な問題になるハードなケースの手前に、いくつもの同意の場面が存在することを改めて見つめ直し、自分にも他人にも存在する領域を認め尊重する社会を望みます。
ここでは、本書の「第1章 同意の概要」より「8.社会的ルールと同意の関係」の一部を抜粋してご紹介します。
多様性を確保することが必要とされている
今、いろいろな分野で「多様性(ダイバーシティ)」が強調されています。SDGs(持続可能な開発目標)も注目されるようになり、随分と時間が経ちました。SDGs全体をとおして「誰一人取り残さない」という理念が語られ、女性や子ども、障がいのある人、外国人労働者など、社会的に弱い立場の人たちへの配慮が繰り返し述べられていることから、多様な人々が活躍できる社会が目指されていることを読み解けます。
もちろん、ダイバーシティは、そのような象徴的なものだけではありません。価値観、宗教、嗜好、コミュニケーションの取り方など、さまざまな場面で、自分と異なるものを尊重することが、求められています。
そもそもなぜ「多様性」を確保しなければならないのでしょうか。それは、多様性がある方が、社会が強くなるという視点から考えてみてください。多様性が高まることによって、人や価値観の新たな融合が生まれ、新しいものが生まれるきっかけになります。
ただし、多様性は、放っておいても自然と生まれるものではありません。「常識」「道徳」といったような特定の価値観に対する同意が存在する一方で、そのようなものにとらわれない多様な価値観への同意もまた、私たちに求められているのです。
他人への同意と、社会的ルールへの同意の違い
ここまで、他人への同意とは別ものとして、法や、常識・道徳などの社会的ルールと同意の関係についてお話ししてきましたが、ジブン号に例えるとどうなるのでしょうか。
他人への同意は、他人をジブン号に同乗させるということ、そして、スーツケースの中に入っている自分にとって大切なものを見せるということです。つまり、「はい(同意)」「いいえ(拒絶)」を通じて自分自身をコントロールする、自分の領域の「内側」の問題なのです。
これに対して、法や、常識・道徳などの社会的ルールは、自分の領域の「外側」にあります。つまり、自分で100%コントロールできるものではなく、社会全体によって課された、ジブン号に対する制約なのです。
ジブン号は、とかく暴走する乗り物です。社会が無秩序だと、相当な人格者を除く多くの人が、独りよがりにジブン号の運転をしてしまい、いろいろなところで摩擦や衝突が生じる危険があります。そこで、法を中心とする社会的ルールによって、ジブン号の運転に秩序を持たせ、暴走しないようにコントロールしているのです。そのような社会的ルールが存在することへの同意は、自分の領域であるジブン号に入り込ませるという意味合いのものではなく、むしろ、ジブン号を運転するためのルールを受け入れることを意味します。
自分の意見と合わないルールでも、それが社会のルールとなれば、それを甘受しなければなりません。つまり、社会的ルールは、自分で100%コントロールできないのです。日本は民主主義ですから、選挙などで自分の意見を社会にアピールすることはできても、全てのルールを自分の思いどおりに操れるわけではありません。「みんなで決めたルールに従うこと」に同意しているので、個別に同意したくないルールがあっても、守らなければならないのです。
著者紹介
遠藤 研一郎 (えんどう けんいちろう)
中央大学法学部教授、公益財団法人私立大学通信教育協会理事、国家公務員採用総合職試験専門委員。
1971年生まれ。中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了。専門は民法学。専門領域の研究のほか、幅広い世代に「法的なものの考え方」を伝えるため、執筆活動も続けている。おもな著書・編書に『はじめまして、法学』(ウエッジ)、『僕らが生きているよのなかのしくみは「法」でわかる』『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』(ともに大和書房)、『6歳から親子で学ぶ こども法律図鑑』(三交社)、『12歳までに身につけたい 社会と法の超きほん』(朝日新聞出版)などがある。
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