特集 誰一人取り残さない“スクールネット”の構築 多様な性のあり方を前提とした教室づくり
トピック教育課題
2022.07.15
特集 誰一人取り残さない“スクールネット”の構築
多様な性のあり方を前提とした教室づくり
一般社団法人にじーず代表
遠藤まめた
(『新教育ライブラリ Premier II』Vol.6 2022年3月)
近年LGBTという用語は知られるようになったものの、いまだ当事者の子どもたちの苦悩は深い。それは子どもを取り巻く環境が異性愛やシスジェンダー(出生時の性別と性自認が一致している人)のみを前提とした制度やコミュニケーションで成り立っていることが多いからだ。日頃から性の多様性を前提とした環境づくりを心がける上で役立つポイントを本稿では紹介する。
LGBTについて肯定的に言及しよう
「自分は同性が好き/性別に違和感があるようだ」と自覚した際、しばしば子どもたちは苦悩する。まだまだ差別や偏見は社会にある。友達や家族に知られたら自分はもう愛されないだろうと考え、自分を封じ込めてしまう。周囲にあわせて振る舞い、小さなウソが毎日積み上がっていくことが苦しく、そんな自分を好きになることもできずに自傷行為をしたり、希死念慮に苦しむケースも多い。国の自殺総合対策大綱では自殺のハイリスク集団として性的マイノリティがあげられ、教職員の理解促進が重要であると記されている背景には、このような事情がある。そもそもLGBTの大人と出会ったことがないと多くの子どもたちは感じている。実際にはカミングアウトされていないだけで、どの街にもLGBTの人々は存在しているのだが、偏見は当事者に沈黙を強いるので多様性は見えなくなっている。
だからこそ、LGBTについて大人が肯定的に話題にすることは重要だ。最近見たニュースや映画の話題などに教員が触れることには大きな効果がある。この社会には多様性を見せなくさせる仕組みがある、という気づきを持つことが、教員が普段の言動を振り返る上ではカギとなる。年に1回、外部の講師を招いて人権講座をするのはよいが、それより残りの364日身近にいる大人がどんな話をしているかが重要だ。性教育の時間だけでなく、ホームルーム、社会科、英語などで扱えるかどうか考えてほしい。具体的な授業案についてはNPO法人ReBitや「多様性を目指す教員の会」など授業案の作成や教材開発を行っている団体から学ぶことは役に立つ。
教員間で学びを深めよう
同じ学校でも生徒から何度もカミングアウトされた経験がある教員と、経験のない教員がいて、両者で見えているものがまったく違うケースがある。前者は「性別で分かれた制服によって生徒が何人か悩んでいる」など課題を認識しており、後者は問題の重要性を認識しにくい。それぞれの視点を持ち寄り、気づいたことを話し合える場がつくれると、多様性を前提とした環境づくりにつながる。教員の学びは日頃の授業にも直結する。ある学校ではデートDV防止の授業で使う事例を男女ではなく、性別を限定しない記述に変更した。デートDVは同性間でも起きるので、そのような伝え方のほうがよい。いまでも保健の教科書には「思春期になると異性を好きになる」と書かれているが、このような教材も教員にアンテナが立っていれば「同性を好きになる場合もあるし、人それぞれの生き方がある」などと補足して使える。
性の多様性に関する資材を置こう
なにもないところからLGBTについての会話が生まれる確率は低いが、ポスターを貼ると「先生、これって」と話題にしやすくなる。「これって」と言えることは会話のハードルを下げるために重要だ。大人はしばしば「悩んでいる当事者を見分けて個別対応しよう」とか「まずは大人にカミングアウトしてもらおう」と考えがちだが、統計によれば子どもたちのカミングアウトの多くは同級生を相手に選んでいる。大人を相手に選ぶより圧倒的に生徒間でのカミングアウトが多い。そのため、すべての子どもたちが性の多様性について一定の知識を持っていて、いざ友人からカミングアウトされたときにも肯定的に受け止められるような環境をつくっておくことが重要である。そのような環境をつくる上で、コミュニケーションのハードルを下げるポスターの役割は大きい。保健室など生徒から相談を受けやすいところにも提示するのもよい。安心して相談してよいというメッセージにもなるので、当事者としてはカミングアウトしやすくなる。図書館に性の多様性についての書籍をいくつか置くのもよい。関心がある生徒が学べるし、当事者にとってはロールモデルを見つける貴重な機会になる。
選択肢を増やそう
健康診断を個別で受けられる、宿泊行事の際ひとりで入浴できる、などプライバシーが守られる仕組みをつくり、それを事前に全員に周知できるとよい。理由を言わなくても選べるよう工夫できるとなおよい。服装についても性別によらず好きなスタイルを選べるようにするとか、髪型も男女で異なる指導をやめるなど、選択の幅を設けるとよい。選択肢がないと、ちがいを持つ生徒はアイデンティティを否定されながら過ごすか、「なぜ特別扱いが許されるのか」を周囲から問われ、カミングアウトを事実上強要されるかのどちらかになる。
多様性を尊重するとは、単に思いやりを持つことではなく、既存のルールを見直して必要に応じて新しいルールをつくるための知恵を出すことでもある。すぐにできることも時間がかかることもあるかもしれないが、ぜひ教員間でも話し合ってみてほしい。
Profile
遠藤まめた えんどう・まめた
一般社団法人にじーず代表。トランスジェンダー当事者としての自らの体験をきっかけにLGBTの子ども・若者支援に関わる。著書に『先生と親のためのLGBTガイド〜もしあなたがカミングアウトされたなら』(合同出版)ほか。