「こども哲学」入門[第1回]「こども哲学」とは何か

トピック教育課題

2021.10.08

「こども哲学」入門[第1回]「こども哲学」とは何か

立教大学教授 
河野哲也

『新教育ライブラリ Premier II』Vol.1 2021年4月

成長するこども哲学

 皆さんは、「こども哲学」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。すでにご存知の方も少なくないかもしれません。「こどもの哲学」とは、「こどものための、こどもとともにおこなう哲学」をつづめた言い方です。英語の頭文字をとって「P4C」と言うこともあります。

 こども哲学とは、一体、どのような活動なのでしょうか。それは、哲学的なテーマについてこども同士で、あるいは、大人もこどもと一緒になって考え、語り合う活動のことを言います。何か難しい哲学書を読んで、ひとりで考えるという、これまでの哲学のイメージからはほど遠いものです。

 マシュー・リップマンというアメリカの哲学者によって1970年台初頭に開発され、現在では、北米やヨーロッパだけではなく、中南米、アジア、中東、アフリカなど、世界中のさまざまな国の学校や教育施設で実施されています。正科としている国や地域もたくさんあります。こども哲学の国際学会では、70〜80の国から参加が集まります。また、「こども」といっても、対象は就学前の幼児から高校生まで幅広い年齢にわたります。実を言うと、同じような方法を使って、成人向けの「哲学カフェ」として実施することもできるのです。

 こども哲学は、日本では世界からはかなり遅れて、2000年前後に導入されはじめました。ですが、この10年間で飛躍的に成長し、学校でも「総合的な学習の時間」や道徳科の授業をはじめとして、さまざまな機会で実施されるようになりました。特別に「こども哲学」という名前をつけなくても、国語や社会、理科、美術、ホームルームなどでの話し合いの方法として、こども哲学を用いている先生もいます。

 テレビや新聞などのマスコミでも、随分頻繁に取り上げられてきました。私が関わった範囲でも、毎日小学生新聞では、「てつがくカフェ」というコーナーが2014年から連載されていますし、NHK for Schoolでは、「Q〜こどものための哲学」というシリーズが放映されました。昨年2020年4月に放送されたETV特集「7人の小さき探究者〜変わりゆく世界の真ん中で〜」というドキュメンタリーでは、気仙沼市のある小学校で、1年間P4Cを経験した6年生の成長する姿が感動的に描き出されています。8回にわたって放送されたNHKのドラマ「ここは今から倫理です」では、高校生たちがこども哲学の方法で対話をするシーンが取り入れられています。

こども哲学とは何か

 こどもが、哲学的なテーマについて話し合うことなどできるのでしょうか。こう思われても不思議ではありませんが、よく考えてみれば、こどもの質問はしばしば哲学的です。「人間は何で生きているの?」「時間はどうして速く感じたり、遅く感じたりするの?」「宇宙が始まる前は、何があったの?」「国によって言葉が違うのはなぜ?」「ロボットは心を持てるの?」「何でルールを守らないといけないの?」など、こどもの問いは、どれも哲学のど真ん中の問いです。誰もがこうした疑問を、こどもの時には一度は持ったのではないでしょうか。

 こども哲学は、こどもたち自身が提起する哲学的な問いを、「探究の共同体」というグループを作って、対話しながら考え、考えながら対話していく活動です。その場で思いついたことを言い合いながら、質問し合い、互いの意見を検討するのです。哲学の問いは、簡単に答えが出るものではありません。しかしそのテーマについて探究することによって考えが深まります。話し合うことで、自分の考え方の偏りに気がついたり、これまで常識と思っていたことに根拠がないことが分かったり、全く違う考え方があったり、話し合いの中で突然によいアイデアが浮かんだりします。その場で答えが出なくても、得られることがたくさんあります。

 こどもの問いが哲学的なのには理由があります。私たちの社会で使われている知識や技術は、多くの分野に分かれています。学校教育には専門分野があり、仕事はさまざまな職種業種に分かれています。哲学は、分野や専門の壁を越えた一般的で、普遍的な問題を扱います。哲学は、専門化する以前の、素朴ですが、人間とその社会にとって根本的な問いに取り組みます。

 専門的な科学があれば、哲学は不要になるのでしょうか。そうではありません。現代社会は、ますます多くの分野の連携を必要としています。環境問題はどんどん深刻化していますが、その解決には、科学技術を進歩させるだけでは足りません。私たちの社会の経済のあり方、国際関係のあり方、人権や教育のあり方などを根本から見直す必要があります。そして、政策を導く理念を考え出し、人類に方向性を提供するのは、哲学的思考です。

 また昨年、アフリカ人への差別を発端に、「ブラック・ライブズ・マター」運動が起こりました。差別という根深い人間の罪を解決するには、政治や法律だけではなく、経済学や心理学、社会学、倫理学などあらゆる分野の知識を総動員して取り組む必要があるでしょう。差別のような人間の生活全体に及ぶ問題を解決するには、やはり哲学的思考が必要とされているのです。

 こどもはまだ専門や分野に分かれる前の世界に生きています。こどもは、職業や役割、立場にとらわれることなく、ひとりの人間存在として生きています。こどもの出す問いは、人間が人間として出す問いです。だから、哲学的なのです。そして私たち大人は、自分もまたひとりのこどもであったこと、いえ、いまだにひとりの「こども」を自分の中に持ち続けていることを忘れてはなりません。こども哲学は、こどもを教育する「ための」哲学です。しかし同時に、それは、大人がひとりのこどもへと立ち戻り、こども時代を生き直してみる活動でもあるのです。それは、職業や役割、立場、国籍を越えて、ひとりの人間として考え、他者と語り合うことです。その意味で、こども哲学は、こどもと「ともに」する哲学なのです。

 

 

Profile
河野 哲也 こうの・てつや
 立教大学文学部・教授、博士(哲学)、慶應義塾大学。日本哲学会理事、日本学術会議連携委員。専門は、現代哲学と倫理学、近年は環境問題を扱った哲学を展開している。「こども哲学」を、未就学児から高校生まで対象として、全国の教育機関や図書館で実践している。著作『人は語り続けるとき、考えていない:対話と思考の哲学』(岩波書店、2019)、『じぶんで考えじぶんで話せる:こどもを育てる哲学レッスン・増補版』(河出書房新社、2021)など。

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