Interview 各界の長に訊く “カウンセリング”と人づきあいでかなえる夢の仕立て屋
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2021.01.28
Interview 各界の長に訊く
(『新教育ライブラリ Premier』Vol.5 2021年1月)
勝 友美 氏
株式会社muse代表取締役
効率や利幅などは二の次。お客様にとってよりよい未来とは何か、長い時間をかけてとことん考え突き詰めた先に、ようやく姿形が見えてくる。売るのはスーツではなく自信と幸せ。袖を通せば夢が叶うといわれる「ヴィクトリースーツ」を生み出す勝友美氏は、日本初の女性テーラーであり2018年にはミラノコレクション出場も果たした業界の先駆者だ。誰かを思う気持ちという“商い”の原点を大事にする会社とそのブランドは、そのヴィジョンのとおり100年先まで愛され続けるだろう。
好きになってもらえるスーツとは
■「オーダースーツ」の可能性と課題
――小さい頃からファッションは好きでしたか。
髪型が決まらなかったら学校に行くのは嫌でしたし、服も小学校のときからめっちゃ迷って考えて行っていましたね。家庭科の授業は得意ではなかったのですが、自分で服を買って気に入らなかったら生地を買ってきて、その服と生地を切って自分で縫い合わせてリメイクみたいにして着るというのは12、3歳の頃にはしていました。
――ファッション業界の中でも「スーツ」というところに進まれたのは。
それまでレディースの既製服の販売をしていたんですけど、ファッション業界の中であと何をやってないだろうって考えたとき、本当にたまたま一枚の小さい求人広告の「オーダーメイドのスーツ販売員募集」に目が留まったというのが一番のきっかけです。今考えると「奇跡やな」と思うんですけど。やったことがないことなら、さらにスキルを磨けるじゃないですか。服が好きなだけだったら別に趣味でいい。そうではなくて、好きなことを通じて人に喜んでもらえるという、それが好きなんだなと思ったんです。自分が人に影響を与えているんだという実感を得たいという承認欲求を、目の前に人がいることで私は満たすことができる。スーツって、女の人は特に食わず嫌いなんですよね。なぜだろうと考えたときに、世の中にはリクルートスーツのようなものだけで、好きになってもらえる可能性があるスーツがないんだと。自分が好きになれるようなレディーススーツを作るというのは、女性だからこそやれることだとも思いました。
――実際に来店される方は女性が多いのですか。
他店と比べると女性の割合はとても大きいと思います。テーラーで働きだしたとき、「女性のお客様って半年に1人ぐらいしか来ーへんやん」っていう感じでした。自分の店をオープンして、レディースのオーダーメイドスーツというところにイノベーションを起こそうと思っていたんですけど、それには、女性の購買欲求の中にまずスーツというものがあるよと教育をしてあげないといけない。最初はうちも1か月に1人ぐらいしか来なかったんですけど、今は多いときでは4割が女性なので、驚異的な伸び率だと思います。
――軌道に乗るまでの苦労は。
10年以上前ですけど、ファストファッションの流れでイージーオーダー屋さんがどんどんできて、それが増えるほど価格を下げるために価値を落としていくので、利益率が低いから回転率を上げないといけなくなった。オーダーメイドは本来、お客様にヒアリングをして、それを叶えるための一着を届けるもので、そうでなければ“つるし”でいいわけじゃないですか。ヒアリングに時間をかけないお店が増え、それによって顧客満足度の低下が起きて、「だったらつるしでいいやん、オーダーじゃなくていいやん」となって、提供している側が、もう二度と作りたくないと思う客を創出するという最悪な悪循環が生まれました。価値を買いにきた人が便利さを受け取ったら裏切られたような気持ちになるわけで、この業界が売り方自体も間違えだして……。時代もスーツというものを着ても着なくてもどっちでもいいよと言いだして、スティーブ・ジョブズのようなTシャツ、デニム姿がかっこいいとされてしまった。それはプレゼンテーション力があるからかっこいいわけで、普通の人なら単にだらしない人で終わるわけですよ。でも、「別に着ないでいいんだったら着んとこ」となってしまうことなく、「それでも着たい」と思ってもらえる、残るブランドを作っていかないと、先はないんやろうなと思いました。
ミラノコレクションにてモデルの最終フィッティング中
“土台”を組み立てる
■在り方やミッションの継承
――ミューズを立ち上げてから、一番手応えを感じられたのは。
ミラノコレクションに出たのは日本のテーラー業界では初の快挙で、そういう大きなところも注目されがちですが、私としては自分が尽くした仕事に対して成果が出たとき、お客様が喜んでくれたときが一番やりがいになりますね。自分が接客したときにそのお客様に喜んでもらえるのはどちらかというと当たり前で、自分じゃないスタッフからでもミューズらしさとかミューズのよさをお客様が感じてくれるときは、すごく嬉しいです。
――お店の特長である丁寧な接客のノウハウを後進のスタッフに伝えるのはどのように。
結局、在り方の上にしかやり方は乗らないので、テクニックやノウハウは正直いらないと思っています。どういう在り方かというと、目の前のお客様のことをまず全力で考えて、その人がどうやったら幸せになるのか。スーツじゃなくてその先にあるよりよい未来を買いに来ているわけなので、お客様にとってのそれは何なのかを一緒に考えていくことが大事だと思っています。テクニックは能力差があるかもしれないですけど、人を思う心に差なんてなくて、それを習慣化し教育していくのが会社組織なのかなと。
――「教育」のためには、言葉でも伝えるし、勝さんの接客というのを見せたりもしますか。
今は接客の回数もかなり減りましたが、初期メンバーは私の接客をしっかり見てそれを体現してくれているので、そのような接客をしている店長の部下は、そうなりたいと思って目指すというような感じですね。同じ方向を向くということは同じ言葉を使うということで、私たちは誰に対して何をするのか、お客様はうちと関わることでどういう行動変容を起こすことができるから幸せになるのかを、全部明確化しているんですよ。自分たちがしている仕事はスーツを売ることではなくて人を自信に包むことで、うちに来ているお客様はみんな希望を持っている人たちだと。オーダースーツというのは衝動買いではなく目的買いであって、わざわざ予約を取って、お店がたくさんある中から知名度が低いうちを選ぶわけですから。
――客層としてステータスが高く人生経験も豊富な人が多いと思うのですが、難しさは。
人生経験で戦っているわけではなくて、未来の夢をかなえるためにスーツとしてはどの箱を提案すればよいかということは、私たちのほうが知っているわけです。結局お店のレベルとお客様のレベルがイコールになっているんですよね。規模の大小ではなくて、どれぐらいの気持ちで自分の事業や夢と向き合っているかという経営者の意気込みや志の高さと、集まるお客様の層というのは比例していくので。そして、お客様がほんまにいい人たちなんですよ。大阪店もスタッフに任せて月に1回しか帰らないんですが、それでも私が8年前に起業したときから応援してくれているお客様が、私がいなくてもそのお店に通ってスタッフの様子を見てくれるんです。「今どき、そんなご近所づきあいみたいな会社ある?」ということがうちでは起きているのですが、今の時代にはそれが欠如しているし、一見バリバリやっているようですごく孤独な社長さんも多いだろうし。お店をつくったときに、そういう人の孤独を埋められる場所にしたいというコンセプトがあったんですね。
――メンバーをまとめるため心掛けていることは。
土台を作ること。会社のミッションや夢、進みたい方向を経営者がちゃんと示して、そのためにどんな仕事をしてほしいのか。また、どこで怒るのか、何だったら許すのかという前提部分を組み立てることです。日々のコミュニケーションも、1週間に1回1時間ミーティングをするより、毎日少しでもいいからメッセンジャーのやり取りをしたり、何か喋りかけて、メンタル状態をちゃんと把握して見てあげるということですね。
非効率、時代逆行がリピーターを生む
■唯一無二のビジネスモデル
――“カウンセリング”的な濃いお付き合いというのは、ご自身で編み出されたのですか。
他店のここを参考にしてというのはゼロですね。経営方針も接客の流れもそうです。接客に2時間半から3時間かけて、1000万円の車ではなく30万円のスーツを売っているわけで、どれだけ利益が上がるのかっていう……。しかも帰られた後に、仕事が細かすぎるから、設計図を作るのに1時間以上使うんですよ。納品にも1時間かけるので一人のお客様にトータル6時間以上です。
――だからこそリピーターはいらっしゃる。
そうですね。リピーターの方がすごく多いですね。でも、ここにしかない価値、優位性というものがうちの会社はあるから、うちのお客様はたぶんうちにしか来られないと思っています。
――接客不要という人が増えていますが、時代に逆行している感じのビジネスモデルですよね。
オーダースーツを売っている他社も多くある中で、「この一着のスーツで自信を包んで生き方に影響を与えるというヴィクトリースーツ、着る人の夢を叶えるスーツなんだよ」と言えば、「私は夢があります!」という人が来る。「そんなのいちいちめんどくさいわ」という人は来ないけど、めっちゃ不思議なことに、うちが気にはなるんですよ。「なんなん?ミューズって?」と。
――服をつくることの価値を自分で知って、買いたいものが見つかったっていうことなんですね。
時代がどうとかというより、今もそう思っているんですけど、やっぱり100年先も100年後も変わらないのって本当に人の思いだけだと思うんですよ。いくらAIが進んでも変わらないし、なくなっても変わらないので、その変わらないものを大事にし続ける。その変わらないものが自分の会社にあるかどうかだと思うんですよ、売っている商品が何だったとしても。
――お客様のお話を伺っている中で、スーツのイメージはすぐ湧くものですか。
湧く人と湧かない人がいますね。似合う、似合わないは何で判断するかというと、結局その人と調和しているかどうかなんですよ。スーツにはそれぞれコンセプトの箱があり、その箱とその人が入っている箱とが合っていなかったら、いくらサイズや色味を合わせても、似合っていないってことなんですよ。私がヒアリングで知りたい、感じたいなと思うのは、その人らしさなんですね。人には持って生まれた「らしさ」があって、私はその「らしさ」をすごく大切にしています。自分がどうなりたいのかがはっきりしていない人の場合は、一緒に棚卸しをしないといけない。例えば「トップセールスを目指しています」「なんで目指しているんですか」「答えられません」。本人は分かっていると思っていますが、「なんで」という目的がない人は絶対トップセールスになれないんですね。だからそれを一緒に考える。そうすると、その人らしさが分かってくるし、その人自身が自己理解を深める。そういうことを一緒にやって作るから、マインドセットされて、「このスーツを着たら絶対俺は勝てる」と思うんですよ。単に「ヴィクトリースーツ」と呼ばれているから着たら勝てる、なんてわけがない。ただ喋っているように見えて、実はずっとその人の内面や人となりを考えているんです。
――経営者として、具体的なお仕事、1日の流れとか、スパンの流れとか、どんな感じですか。
納品のときはせめて会いたい、あとは自分がきっかけでつくることを決めたお客様がいたときは生地だけは選んだりとか、そういうアポが毎月入ります。その他、ホームページ制作会社との打ち合わせでは、そのライティング、写真はどうするか、どういう企業に参画してもらうか、参画してもらう企業との打ち合わせ、内容チェック。そして、11月からYouTubeチャンネルを始めたんですよ。1か月に20本公開する予定なんですが、1回で5本撮り、7本撮りとかするので、動画の確認や誤字脱字、サムネのデザインとか、すべてのチェックを朝3時までやっている状態です。
知って選ぶか、着ないで死ぬか
■テーラーの枠を超えた付き合いと夢と
――テーラーというのはどういう存在ですか。
パッと思い浮かぶのは主治医のイメージ。自分のことのように自分の体の状態を知ってくれているように、私たちも、お客様よりもお客様のクローゼットの中身が今どうなっているか、お客様が忘れたスーツのことだって覚えている。うちの場合は、お客様と店員という垣根はなくて寄り添っている感覚ですね。気持ちよくなって帰ってもらいたいんじゃなくて、よくなって帰ってもらいたいから迎合しないし、それが本当にその人の幸せだと思って考えているし。何を販売するのもそうですけど、人に対する思いがどれだけあるか。24時間スーツのことよりお客様のことを考えているので、そうするとテーラーだとかいうよりも、ほんまにただの人づきあいになっていきます。
――「装う」ことの意味合いとは。
装いは常にシーンとともにあるもので、理由が必要ですよね。装うってすごく楽しいことだし、着る服で何者にもなれるんです。ピンクのスーツを着たら柔らかい気持ちになるし、真っ赤なスーツを着たら今日は頑張ろうと。だけど赤のスーツを着たから頑張ろうじゃなくて、頑張ろうと思っているから赤を着ようと思うわけですよ。自分はこれがやりたい、今日この場所に行く、この商談がある、だからこの服を着るんです。そして、どのスーツを着ようかというときに、量販店に行く人もいれば、たくさんのテーラーの中からうちを選んでくれるお客様もいて。知らずに選べないという状態ではなくて、生きている間にヴィクトリースーツを着るのか、着ないで死ぬのかという選択をしてほしいと思っています。
――今後の夢は。
一番は業務を細分化したいです。そうすることで、もっと会社の全体が見られるようにもなるので。コミュニケーション力は低いけど職人のような専門性を持っている子はそれに集中できる環境をつくってあげて、他方で専任の営業マンがいたらいいなと思うし。今まで私は新店舗を出すとか、周りから見て分かりやすいことに意識を向けていたんですが、足もとをしっかり固めてメンバーの幸福度を上げることをやっていきたいなと。また、講演をすると、何をして生きたらいいか分からない、自分の人生がつまらない、夢が見つからないといった声を多くもらうので、YouTubeチャンネルを通じて、起業とか雇われているとか形じゃなくて、自分がやりたいことをやっているかどうかが自分の人生を豊かにするという姿勢をたくさんの人に知ってほしい。それを通じてミューズという会社も知ってもらい、私もジョイントしてやりたいなと思ってくれる子が増えたら嬉しいし、ヴィクトリースーツをいつか着ようと思ってもらい、いろんな人の人生に何かしらの形で登場できたらと思っています。
(取材/編集部 今井 司)
Profile
勝 友美(かつ・ともみ)
アパレル販売員から始まり、初日にトップセールスとなる。ヘッドハンティングにより国内外でのスタイリスト経験を経た後、テーラーの世界へ転身。28歳で自社ブランド『muse style lab』を立ち上げ、独立。「夢を叶えるヴィクトリースーツ」として多くのエグゼクティブより支持を受け、現在に至る。2017年6月、ブランド名を『Re.muse』へ改名。著書に『営業は「バカ正直」になればすべてうまくいく!』(SBクリエイティブ)。2018年2月、9月にテーラーとしては日本初のミラノコレクション出場を果たす。
オーダーメイドスーツ専門店『Re.muse』はこちらから。