政策課題への一考察 第99回 地域DX推進における課題と展望 ― 地域の課題を解決する「手段の1つ」としてのデジタル技術

地方自治

2024.08.07

※2024年6月時点の内容です。

政策課題への一考察 第99回
地域DX推進における課題と展望 ― 地域の課題を解決する「手段の1つ」としてのデジタル技術

株式会社日本政策総研上席主任研究員
竹田 圭助


「地方財務」2024年7月号

1 問題の所在

 総務省「自治体DX推進計画」(第3.0版、2024年4月24日(1))によれば「自治体DX」の定義は概ね「行政内部のDX」および「行政と住民との接点のDX」といえる。他方で「地域DX」(地域や産業のDX)の取扱いは、同計画で「自治体DXの取組とあわせて取り組むデジタル社会の実現に向けた取組」(同45頁)という小見出しが示すとおり付随的に取り組むニュアンスで記述されている。全国的な動向は交付金の執行ベース(RAIDA(デジタル田園都市国家構想データ分析評価プラットフォーム))のみとなっており限定的である。

〔注〕 (1) 総務省「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画【第3.0版】」(2024年4月24日)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000944052.pdf

 筆者は、総務省の同計画でいう「自治体DX」≒「行政内部のDX」はもちろんのこと、地域課題に応じた「地域DX」(地域・産業のDX)を進めることが地域社会の持続可能性を高めると認識している。本論では地域DX推進の課題と展望について、自治体が手掛ける地域DXの具体的な事例を題材に施策検討にあたっての留意点を論じる。

2 事例から読み解く「地域DXの難しさ」

 まず各自治体での地域DXの取組の中から象徴的な事例とそれらにおける問題・課題の所在を整理する。


(1)更別村(北海道)(2)
 更別村は「100歳までワクワク過ごせる奇跡の農村」をテーマに、デジタルサービスの提供を進めている。月額3980円で病院予約、ジムや温泉サウナが使い放題等のメニューがアプリ上で提供できるようになっている。デジタル田園都市国家構想交付金の交付額は2022~2023年度でおよそ計11億円超となっている。村の年度予算(一般会計)は50億円規模(単年7.5億円超の事業費で年度予算の15%)であり、自主財源でも1億円超を投入した。これを村職員で全てコントロールすることは困難であるため、コンサルティング事業者にコンソーシアムのマネジメントを委託している。高齢者の移動支援策にはこのうち1億4000万円超を投じたが、自動運転車両の不具合に加え、村内のスーパーから高齢者宅への商品配送ロボット「デリロ」は雪が積もると道路を走れなくなった。

〔注〕 (2) 毎日新聞「夢の『デジタル農村』あり得ない現実首相肝いり事業に暗雲」(2023年12月30日)を参考に構成している。
https://mainichi.jp/articles/20231229/k00/00m/040/121000c

 こうした行政サービスのベースとなるアプリはスマートフォン利用を前提とするが、村が購入した無料貸し出し用中古スマホ800台のうち、利用は75台程度(2023年12月時点)にとどまっている。また利用料の徴収ができないと持続性は担保できないが、当初2023年4月からサービス利用料として月額3980円を徴収する予定だったものの、村民会員が増えないこと等から現在も無料となっており、有料化できなければ事業を続ける財源が枯渇するおそれがある。

(2)吉備中央町(岡山県)
 同町はデジタル田園都市国家構想交付金を活用し、また一部取組はデジタル田園健康特区事業の認定を受け、ITベンダや地域の事業者と連携し、交通、鳥獣害対策、地域コミュニティづくり、救急医療分野、母子保健・児童の見守り、介護・高齢者見守り・移動、データ連携基盤、住民からの困りごとへの相談対応等の活動を展開している。

 同町はこうした住民サービスをインターネット上で提供するためのネイティブアプリ「きびアプリ」をプラットフォームとしてリリースした。ところが同アプリの登録者は人口約1万人のうち600人に満たない(2023年12月時点)。また令和6年度の各事業の受託者は、ITを専門としない岡山県内の事業者1社がほぼ独占している(3)。また母子手帳デジタル化に関しては他社と比較して高額なランニングコストのかかるシステムを導入したが、仕様で求めている機能を納入できなかったにもかかわらず全額支出していると指摘されている(4)

〔注〕
(3) 「吉備中央町議会だより第74号」(2024年4月20日)
https://www.town.kibichuo.lg.jp/uploaded/attachment/10148.pdf

(4) 「令和5年第3回(定例会)吉備中央町議会会議録(2日目)」
https://www.town.kibichuo.lg.jp/uploaded/attachment/8947.pdf

(3)事例から分かること
 両事例に共通しているのはチャレンジ精神である。何もしなければ衰退が待っているという危機感や、地域の未来を切り開くために革新的な取組を厭わない姿勢は尊重したい。問題は、こうしたチャレンジの背景として、「デジタル技術は、地域の課題を解決する手段の1つである」という前提で検討できているかどうかである。規模や人口構成によっても提供できるサービスには限界がある。また、デジ田に代表されるような国の交付金は現在比較的つきやすいが一時的な措置であり、自主財源で続ける価値があるのかも問われるだろう。さらに両事例の事業規模は大きく身の丈に合っているかは検証が必要である。

3 地域DX推進に向けたポイントー地域DXのプロジェクトマネジメントができる自治体職員の育成

 総務省「―地域DXの実現へ―9つの好事例と成功の秘訣(令和5年4月版)」では、「地域DX成功の7か条」の1つとして「地域課題の徹底的な話し合い」を挙げている。その背景には「落とし穴」として「デジタル技術ありきの課題解決(住民の悩み事の理解が不十分な中で、特定デジタル技術の活用を前提として実証計画を策定した結果、実証段階において、当該技術では課題解決できないことが発覚)」や「地域課題とデジタル技術の不一致(他地域で成功したデジタルサービス(例:福祉)を取り入れてみたが、利用者数が増えていかなかった)」があるとしている。

 筆者が2022年度に策定を支援し2023年度に公開された「宇部市DX推進計画」では、以下図表のとおり職員がDX推進にあたって必要な視点を掲げている。その中で地域DX推進が進まない要因の1つである状態を打開するために自治体職員として求められる基本的な姿勢として「技術起点ではなく、課題起点で施策・事業立案」、「課題解決の手段を十分に検討し、最適な手法を選択」等を掲げている。これは先述の事例にもそのまま当てはまる話であり、他自治体でも同様の視点が必要だろう。

図表 地域DX推進に必要な視点

出典:「宇部市DX推進計画」より抜粋

4 おわりに

 技術をもった民間事業者が公共領域に参入することで市場が活性化し、競争の中でさらに技術やビジネスモデルの進展が予測される。それらが地域にもたらす恩恵への期待感も高まっている。他方で全国的な動向をデジタル田園都市国家構想交付金の交付決定対象事業や国の参考事例集を見渡す限りややソリューションありきで地域課題の解決に直結していない傾向が見られ、中には民間事業者の草刈り場と化している事例も散見される。既にコロナ禍以前に民間企業では「PoC(概念実証)倒れ」という言葉が流行していたが、自治体はかつて民間企業が辿ってきた歴史をなぞっているようにも見える。

 地域DXを推進するには民間事業者の技術や知見の活用が不可欠となるが、その前段として行政に必要となるのは次の2点である。第一に「地域課題(解決しようとする問題)を的確に把握していること」であり、必ずしもデジタル技術の活用を前提としない。第二に、「課題に対応した最適な製品・サービスを特定し、組織の適切な手順で調達すること」である。民間事業者も「社会貢献」や「地域課題解決」の文脈から公共領域で営業活動を行うが、それと自治体側が考える地域課題やあるべき将来像とは必ずしも合致しない。この前提に立ちつつ、数ある民間事業者の中から、地域の課題解決にフィットする事業者を選び抜く必要がある。

 

 

*政策コンテンツ交流フォーラムは、株式会社日本政策総研、神戸シティ法律事務所が連携ハブとなり、国・地方自治体・民間企業のメンバーを架橋し、政策的課題を多面的に検討するネットワークです。本コラムを通じて、フォーラムにおける課題認識、政策創造の視点等をご紹介します。

 

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