徴収の智慧
徴収の智慧 第30話 金融機関調査(その2)
地方自治
2019.08.23
徴収の智慧
第30話 金融機関調査(その2)
反対債権がある場合の預金差押え
ある滞納者に対して金融機関が反対債権を有している場合に、その預金を差し押さえようとしたところ、金融機関が相殺を主張した場合、自働債権(貸付金)を差押え後に取得した事実がなければ、その相殺は認められるものとされている(昭和45年6月24日最高裁判決「無制限説」)。
一般に金融機関が融資をする際には、顧客と締結する融資契約の中で、当該顧客に、融資及びその返済を継続しがたい重大な事態が生じた場合に、期限の利益を喪失させ、直ちに融資金を回収することができるような条項(「期限の利益喪失条項」)を入れた約款(「銀行取引約定書」)への同意を融資の条件としているのが通例である。かつては、同約定書のひな型を全国銀行協会が示していたが、同ひな型は平成12年に廃止され、現在では各行が独自に定めることとなっているようであるが、今なお多くの金融機関において同ひな型が使われているのが実態のようだ。
当然喪失事由と請求喪失事由
同ひな型によると、期限の利益喪失条項には、「当然喪失事由」(第5条第1項)と「請求喪失事由」(同条第2項)とがあり、必ずしもすべての事由が当然に期限の利益を喪失してしまう原因になるわけではない。そして、多くの場合、滞納処分による差押えは「請求喪失事由」となっており(ただし、後掲(注)参照)、金融機関は、差押えに係る滞納額や、差押えを受けた当該滞納者の資産、資力、返済状況、返済能力などを総合的に勘案して、相殺するかどうかを決めているから、実際には、滞納額が僅少(この判断は金融機関によって、また事案によって異なる)であって、融資金の返済に深刻な影響を及ぼさないと考えられるときは、相殺を実行せずに、税を滞納している顧客に滞納税の納付を促したり、若干の追加融資をしたりして顧客との契約を存続させているようである。
仮に金融機関が期限の利益を喪失させ、一括返済を求める事態になったとしても、実際にはほとんどの場合、金融機関は顧客に請求するのではなく、保証会社に請求する(保証付融資)こととなるので、実損額は生じないようになっている。金融機関と顧客とが交わしている融資契約の内容がどのようなものであるかは、銀行取引約定書(約款)を見てみないと確実な判断はできないものの、滞納整理の実務では、差押えをする際には必ず同約款を確認しなければ、差押えを執行できないということはない。なぜなら、そのようなことを実務で求めたら、差押えの時機を失することとなるからである。
滞納処分による差押え
銀行預金の差押えの際に、往々にして「預金を相殺するため差押えは困ると断られる」ことがあるのは、差押えをされると、それを受けて金融機関内部での手続きが生じるうえ、顧客への説明や顧客との関係がこじれるのを行員が嫌がって、徴収職員を牽制する発言をすることがあるからである。また、一般に同約款上、滞納処分による差押えは、「請求喪失事由」(注)となっていることから、相殺の意思表示をするかどうかは金融機関の判断にかかっており、直ちに「差押えの対象となる財産の価額がその差押えに係る滞納処分費及び徴収すべき税に優先する他の税金その他の債権額の合計額を超える見込みのないことが一見して明らか」(平成11年7月19日高松高等裁判所判決)であるとは必ずしも言えず、滞納処分による差押えをしたからといって、当然に無益な差押えとなるものではない。
(注)ただし、前述のとおり、全国銀行協会のひな型は平成12年に廃止され、現在では各行が独自に定めることとなっているから、同ひな型と異なる内容の約定書もあり得るので、実際の約定書で確認すれば確実であろう。
(参考)銀行取引約定書(全国銀行協会のひな型)(期限の利益の喪失)
第5条 私について次の各号の一つでも生じた場合 には、貴行から通知催告等がなくても貴行に対する一切の債務について当然期限の利益を失い、直ちに債務を弁済します。
①~④省略
2 次の各場合には、貴行の請求によって貴行に対する一切の債務は、期限の利益を失い、直ちに債務を弁済します。
①省略
②担保の目的物について差押、又は競売手続の開始があったとき。
③~⑤省略