徴収の智慧
徴収の智慧 第31話 金融機関調査(その3)
地方自治
2019.08.30
徴収の智慧
第31話 金融機関調査(その3)
金融機関の守秘義務
地方税の徴収に携わる職員には、地方公務員としての一般的な守秘義務(地方公務員法34条)のほかに、更に厳しい守秘義務が課されている(地方税法22条)。これは、税の徴収のために、法人の売上や個人の収入等に係る情報を大量かつ反復的に利用することからくる必然的な義務といえるだろう。すなわち、売上や収入等に関する情報は、税の徴収という極めて限られた目的(公益)のためにのみ利用され、なおかつそのことが法的に保障されているからこそ納税者等は税務事務に協力もするし、場合によれば受忍もするのである。
これに対して、生業(なりわい)としての金融業務の中で顧客の売上や収入等に関する情報を扱う金融機関の守秘義務はどうであろうか。金融機関の守秘義務について判例は、「金融機関は、顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用にかかわる情報などの顧客情報につき、商慣習又は契約上、当該顧客との関係において守秘義務を負い、その顧客情報をみだりに外部に漏らすことは許されない。」(平成19年12月11日最高裁判所第三小法廷決定)としている。つまりは、金融機関の守秘義務は法の規定に根拠のある義務ではなく、「商慣習又は契約上の義務」だというのである。すなわち、金融機関の守秘義務は具体的な法の規定に基づく義務ではないから、仮に金融機関が同義務に違反したとしても、法規違反としての責任を問われるのではなく、契約上の当事者責任(=民事上の責任)の問題に過ぎないということになる。これは、租税債権債務関係が法的要件の充足により当事者の意思にかかわらず当然かつ一方的に発生するのと異なり、金融機関と顧客との債権債務関係が契約に基づいて発生することに由来する相違を意味する。このことから「金融機関は、契約上の守秘義務を理由として、税務調査による(滞納者に係る)顧客情報の提供を拒むことは出来ない」ものである。換言するならば、顧客に対して守秘義務があることをもって金融機関が税務調査を拒む「正当な理由」にはならないということである。最高裁は、金融機関も含めた税務調査の相手方には、「質問検査に対しては、相手方はこれを受忍すべき義務を一般的に負い、その履行を間接的心理的に強制されているものであって、ただ、相手方においてあえて質問検査を受忍しない場合にはそれ以上直接的物理的に右義務の履行を強制しえないという関係を称して一般に『任意調査』と表現されているだけのことであり、この間なんら実質上の不合理性は存しない」(昭和48年7月10日最高裁第三小法廷決定)として「応答義務」がある旨判示している。
金融機関調査の実際
金融機関の守秘義務と税務調査に対する金融機関の法的な位置づけは前述のとおりだとしても、金融機関及び税務機関の双方が、お互いの社会的な役割と責任とを理解し合い、尊重し合うことで、円滑な税務調査が行われることが望まれるのは言うまでもない。すなわち、税務機関においては、調査の法的権限があるからといって自らの都合のみを優先すべきではないし、片や金融機関側においても、商慣習又は契約上の守秘義務を理由に税務調査に対して非協力的な姿勢で対応すべきではない。
具体的には、税務機関側には、繰上徴収など緊急対応が必要な事案を除き一度に調査する件数を節度あるもの(真に必要なもの)に絞り込むとか、金融機関の繁忙期を避けて調査を行うなどの配慮が必要であろうし、一方の金融機関側には、権限ある徴収職員の税務調査には協力願いたいものである。
ところで、近年、財政状況や社会的な関心の高まりなどもあり、税以外の国民健康保険料や介護保険料あるいは保育料といった、いわゆる強制徴収公債権の滞納整理に力を注いでいる自治体も少なくない。この事務は「地方税の滞納処分の例による(ないしは国税滞納処分の例による)」こととなっているから、当然、金融機関調査も行うし、預金の差押えなどを行っているところも増えつつあるようである。そうすると今後は、税だけでなく税以外の公債権の滞納整理に伴う金融機関調査は一層増えていくことが予測されるので、金融機関との良好な関係を維持しつつ円滑な調査を担保するためには、双方がお互いの事情を可能な限り尊重し、協力していく姿勢をもって調査に臨むことが望まれるのである。