新・地方自治のミライ

金井利之

「新・地方自治のミライ」 第89回 ふるさと納税制度のミライ

NEW地方自治

2025.06.23

本記事は、月刊『ガバナンス』2020年8月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

「新・地方自治のミライ」 第89回イメージ画像①

 2020年6月30日に、いわゆるふるさと納税訴訟について、最高裁判所は、国側を勝訴させた大阪高等裁判所の原判決を破棄し、泉佐野市側の逆転勝訴判決を下した。これにより、総務省の裁量逸脱には歯止めがかかるが、国が制度設計する状態は変わらない。そこで、今回はふるさと納税制度の設計問題に焦点を当てて、あるべきミライを展望したい。なお、係争処理制度は、本連載2019年10月号などで触れたので、それを参照されたい。

指定団体制度の不公平性~現行制度の問題点(1)~

 最高裁判決は、法律改正過程の問題を厳しく指摘した。2018年12月14日に決定された「与党税制改革大綱」では、過度な返礼品を送付し、制度の趣旨を歪めているような自治体を、ふるさと納税の対象外にできるように、制度の見直しを行うとした。総務省は、基準に適合する自治体を指定するとともに、基準に適合しなくなった場合には指定取消をできる指定団体制度として設計した。内閣法制局への総務省説明資料によると、対象としない自治体を指定することはペナルティになって課題が多いので、対象とする自治体を指定する方式にしたという。しかし、対象外として指定することと、対象として指定しないこととは同じであり、過去の行動へのペナルティを企図した倒行逆施の設計である。

 国会審議では、過去の行動を理由に指定をしない制度であるという説明を総務省側はできなかった。林景一・最高裁判官補足意見によれば、「過去の実績を遡及的に問題とし、あたかもその時点においても既に違法であったかのごとく取り扱うような基準を設けることについては、明示的にその旨を法律案に書くことはもとより、法律案の審査や審議においてその趣旨が明確に読みとれるような説明することは困難であったため、これがされなかったのではないかとうかがわれる」とされる。それゆえに、過去の行動を理由に指定をしないことは、立法趣旨および総務省への授権に含まれないと最高裁に判示された(注1)

注1 では、国会審議で露骨に過去に遡及する立法趣旨を明示すれば総務省への授権は適法になったのであろうか。もしそうであるならば、国会審議における官僚の矜持を失わせ、「ご飯論法」のような本音の恥ずかしい議論をせよと最高裁は促したことになる。そうでないとするならば、限りなく憲法違反の立法となる。

 その意味で、既に指定団体制度は正統性を失っている。寄付・租税制度である以上、全ての自治体に斉一的に適用されるべきである。

財政全体での欠損性~現行制度の問題点(2)~

「新・地方自治のミライ」 第89回イメージ画像②

 返礼品競争は、「納税」先自治体と他自治体・国との間の財源の奪い合いであるとともに、財政全体を損なう。返礼品がない場合、ふるさと納税をしても2000円分は税額控除されないので、財政全体としては増額になる。しかし、調達・仲介費用2000円以上の返礼品を提供すると、行政サービスに使える財源は国・地方を通じる財政全体ではマイナスとなる(注2)

注2 所得税(国税)の減収と住民税(地方税)の減収の割合は、ふるさと納税者に適用される所得税率によって異なる。

 例えば、1万円のふるさと納税をすると、「納税」(法的には寄付)先自治体が1万円の増収になり、国・居住地自治体が8000円の減収になる(注3)。ふるさと納税者は2000円の追加負担である。しかし、返礼品を3000円分貰えれば、ふるさと納税者は1000円相当の純益になる。「納税」先自治体は7000円の実質増収に過ぎず、財政全体は1000円の実質減収である。

注3 居住地自治体は、交付団体であるならば、75%相当は地方交付税額が増額されるので、2000円弱の減収で済むように見える。もっとも、地方交付税の総額は所与なので、補填に要する75%相当はほかの自治体が広く薄く負担している。2000円弱の減収で済んだかに見えた当該居住地自治体も、他の全交付団体におけるふるさと納税の広く薄い負担を受けて、交付税が減額されている。2000円弱の減収では済まない。さらに、ふるさと納税は所得税の減収になるから、その33.1%分の地方交付税の総額は減額されている。

 返礼品が地場産品であれば、「納税」先自治体+地元生産者の総和は一定であり、地域収支は1万円の純益となる(注4)。その意味では、ふるさと納税には「納税」先地域(しばしば地方圏)への資金散布効果はある。しかし、全国の行政サービスの総体は減る。地場産品買上に国・地方財源を使っていることと同じである。官公需に基づく経済活性化は市場経済のあるべき姿ではないし、行政サービスの財源調達という税制の本来の役割を阻害する(注5)

注4 正確には、ふるさと納税仲介ネット事業者に手数料が流出するので、地域収支の純益は1万円を下回る。
注5 かつての食糧管理制度と同じ形態である。地場産品の生産者価格と消費者価格に乖離があり、その差額が地元生産者の利得となる。但し、差額補填を国庫だけが負担するのではなく、居住地自治体とその住民も負担する。

 歳入中立で、本来の趣旨である「納税」先自治体を納税者が選択する仕組とするためには、返礼品調達およびふるさと納税仲介ネット事業者への支払の合計を、2000円以下にするべきである(注6)

注6 所得税での所得控除も廃止した方が、より趣旨は明確になる。

 返礼品3割以下の現行制度でも、高額ふるさと納税であればあるほど、ふるさと納税者に現物支給の形態で財源が費消される。また、地場産品生産者だけではなく、ふるさと納税仲介ネット事業者にも財源が流出している。それらによって国・地方財政総体は財源を喪失していく。

富裕層への優遇性~現行制度の問題点(3)~

「新・地方自治のミライ」 第89回イメージ画像③

 ふるさと納税者に利得があるのは、2000円の負担をしても、それを上回る返礼品が貰えるときである。それができるのは富裕層・高額納税者であり、ふるさと納税額がより高額であればあるほど、より多くの利得を得る。つまり、1万円のふるさと納税では1000円相当の純益であるが、100万円のふるさと納税(注7)では29万8000円相当の純益に膨らむ。つまり、ふるさと納税は富裕になればなるほど有利であり、極めて逆進的な仕組である。

注7  給与が3000万円程度の富裕層である。このような富裕層はごく例外であるから問題はないという見解があるが、富裕層はごく少数であるのが格差社会であり、そのようなごく少数の富裕層をどれだけ優遇するかどうかが、逆進性を規定する。

 また、上記のように、居住地自治体や国の行政サービスが抑制される。居住地や全国で行政サービスをより必要とする住民(しばしば中間層・貧困層)が困る。ふるさと納税制度は、「納税」先自治体以外の全国で格差拡大に作用する。

 逆進性を生まないためには、全てのふるさと納税者で同一の純益とすべきである。例えば、返礼品が一律2000円上限であれば、誰も純益はない。返礼品が一律上限4000円であれば、純益は一律2000円相当である。ふるさと納税額の多寡に関わらずの一律定額であればよい。

是正策のミライ

 返礼品の弊害を是正するためには、返礼品禁止が最善である。次善は、返礼品上限を一律2000円(あるいは4000円などそれに近い一律低額定額)にすることである。しかし、それ以外の是正策もある。

 第1に、ふるさと納税(控除)の対象上限額を下げれば、一定規模にふるさと納税者の純益を抑え得る。所得階層・納税額の増大に連動して上限が上がるのではなく、全てのふるさと納税者に一律の上限を設定すれば、よりよい。但し、返礼品上限が定率であれば、高額ふるさと納税者の純益は大きくなり、弊害は残る。

 第2に、ふるさと納税額を「納税」先自治体の基準財政収入額に算入(翌年度精算)すれば、交付団体であれば留保財源を除き相殺される。留保財源率が25%であれば、1万円のふるさと納税があっても、7500円は交付税が削減されるので、2500円の純増に留まる。返礼率3割では、500円のマイナスである。それゆえ、「納税」先自治体は返礼率を下げるだろう。交付税(依存財源)がふるさと納税(寄附=自主財源)に転換するのは、金額が同じでも財源の質は高まる意義はある。

 なお、この仕組では、不交付団体が返礼品によって、ふるさと納税を掻き集める可能性は残る。それゆえ、不交付団体(毎年度8月頃に決定)を自動的にふるさと納税対象団体から除外する必要がある。

 第3に、ふるさと納税者に対して返礼品は現物支給とみなして、課税することである。例えば、1万円のふるさと納税で3000円の返礼品ならば、実質的な寄付額は7000円に過ぎないので、減税額を5000円に抑える。もちろん、この程度では、ふるさと納税制度の弊害を大きく減らせない。

おわりに

 返礼品競争を埋め込んだふるさと納税制度は、
①多額ふるさと納税者(居住地自治体の富裕層住民)、
②多額「納税」先自治体、
③返礼品生産者、
④ふるさと納税仲介ネット事業者、
という既得権益者集団(抵抗勢力)を岩盤のように生み出した。霞が関官僚も①の一員になり得るので、制度改革は容易ではない。それゆえに、既得権を抑制する改革は、合利的政策過程では難しい。実際、改正法が打ち出した弊害是正でも、定率3割・地場産品の返礼品を許容している。ふるさと納税制度というミイラは、もはや、改革者に「生還」の見込みのない迷宮に鎮座しているのかもしれない。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。

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