徴収の智慧

鷲巣研二

徴収の智慧 第58話 人手不足と人材不足

地方税・財政

2020.01.24

徴収の智慧

第58話 人手不足と人材不足

元横浜市財政局主税部債権回収担当部長
鷲巣研二

『月刊 税』2019年4月号

必要なのは発揮能力

 仕事の出来は、専らそれを担う人の総合力の発揮具合によって左右される。発揮具合だから、潜在的な能力は関係ない。つまり、いくら立派な能力を持っていたとしても、それを発揮しなければ実務では全く意味がないということだ。総合力と表現したのには理由がある。人がその能力を発揮して実績を上げるためには知識だけでも意欲だけでもダメで、そのほかに実行力や判断力、チャレンジ精神、継続性、経験を活かす能力、決して諦めない強い意志等々が必要なのであって、このうちのいずれか一つだけでは(実績を上げることなど)成し得ないということだ。複合的な要素がうまくマッチングして、かみ合ったときに初めて素晴らしい仕事が可能となるのである。

 このことは世の中のあらゆることに通底するのではないかと思う。例えば、百貨店で何か商品を売る場合であっても、マニュアルに忠実なだけでなく、それこそ笑顔でお客様に接したり、販売目標を立ててその目標達成に向けた適切な進捗管理をしたりすることも必要だし、キャンペーンなど販売促進のためのイベントを仕掛けることも必要であろう。そして何よりも販売の担い手である販売員のモチベーションを高め、販売の効率を上げるとともに、お客様のニーズにマッチするような商品を品揃えするのに販売員による現場ならではの感性を活かした意見を反映させることなどが相俟って売り上げの向上に寄与するのではないだろうか。

意欲とチャレンジ精神をもった職員の育成

 滞納整理だって同じである。マニュアルや研修は必要だが、それによってひととおりの「やり方」について理解することはできるにしても、それだけでは意欲とかチャレンジ精神などを身につけることはできないから、下手をすれば「やり方は知っているが、あまりやらない」といった非効率的な滞納整理にならないとも限らない。だから滞納整理の効率を上げようとするのであれば、「知識と経験」に加えて「意欲とチャレンジ精神」を持った徴収職員を育成する必要があるのだ。「意欲とチャレンジ精神」は何もせずにひとりでに(自然発生的に)身につくなどということはない。管理・監督者による適切なリードと支援が必要である。

問題の本質は人手不足ではなく人材不足

 滞納整理の職場でしばしば口の端にのぼることに「職員一人当たりの持ち件数が多過ぎて処理が追い付かない」というのがある。つまり人手不足だというのである。一概に「そんなことはない」と俄かに否定してしまうことはできないが、よくよく考えてみれば、前述した職員育成上の課題が内在していることが少なくないのである。すなわち、マニュアルは整備したし、それなりに研修も充実させてきたのに、どうして効率的な滞納整理ができずに実績が上がらないのかと悩む地方団体は、徴収職員の育成方法を見直す必要があるように思う。つまり、制度趣旨を理解し実務に練達な人材を育成すべく、人材不足対策こそが大切なのである。もとよりマニュアルというものは、仕事の手順や留意事項などについて説明したものであって、それ以上でもそれ以下でもない。

 また、これまでの滞納整理研修は、財産の見つけ方や、差押えや公売のやり方を指南することに軸足が置かれていた。これはこれで必要であるが、これだけにとどまっていたために職員のモチベーションを高めることや、積極的にチャレンジする姿勢を引き出すような取組みが弱かったのではないか。そして何よりも法律に基づいた滞納整理を徹底させる取組みにもっと力を注ぐべきであると痛感する。と言うのも、地方税の滞納整理では「滞納者を説得して分納に持ち込む」とか「悪質な滞納者に対して厳しく対処する」などのように法治行政・租税法律主義をどこかに置き去りにしたかのような整理の手法が長年にわたって行われてきたようなのだ。そもそも税務事務は、良い・悪いといった価値観に対しては中立(無縁)であって、法律が定めている要件に該当するかどうかという要件該当性こそが重要なポイントなのである。悪質だから差し押さえるのではなく、法律が定める要件を満たしている事実があるから差し押さえるのである。

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鷲巣研二

元横浜市財政局主税部債権回収担当部長

日本大学法学部卒、横浜市入庁。緑区役所納税課を経て企画財政局主部収納指導係長の後、保育課管理係長、保険年金課長、財政局主税部収納対策推進室長、区総務課長、監査事務局調整部長、副区長などを経験し、財政局主税部債権回収担当部長を最後に退職。共著に『事例解説 地方税とプライバシー』(ぎょうせい、2013年)などがある。

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