徴収の智慧 第3話 租税法律主義

NEW地方税・財政

2019.06.20

徴収の智慧

第3話 租税法律主義

『月刊 税』2014年9月号

教養としての租税法律主義と実務

 徴収職員であれば租税法律主義については、もちろん承知しているものと思う。また、学校で法律を修めた人ならば、憲法の講義の中で学習したことがあるのではないだろうか。

 しかし、学校での租税法律主義に関する学習は、あくまでも知識・教養としてのものであって、社会で実際に税法を駆使して実務に取り組んでいる徴収職員が身に付けておくべきものとは趣の異なるものである。すなわち、前者が、教科書や研究室内等における一般的・抽象的かつ知識的なものにとどまるのに対して、後者は、租税債権者・租税債務者・利害関係者という具体的な人(法人も含む)を対象とした実務であるから、徴収職員は、否が応でも租税法律関係における権利義務の当事者たることを免れないのである。

 社会の中で実際に機能する租税法律主義というものが、具体的にどのようなものであるかについては、標準的な憲法の教科書等ではまず触れられていないし、ゼミナールなどで行われる判例研究が、実務に一歩近づくための試みであるとしても、所詮それは、法的な紛争になったものに限られるから、徴収実務全体からすれば、ほんの一部分であるに過ぎない。全国の地方団体で行われている徴収実務のうち、法的な紛争にまで発展するものは極めて稀であり、大量の(滞納)案件が、徴収職員によって立案された滞納整理計画に沿って日々粛々と処理されているのが実情である。

徴収実務上の懸念

 そうした中にあって私が若干懸念しているのは、日々の滞納整理において、徴収職員として、どれだけ租税法律主義の趣旨を体現した徴収実務が徹底できているかという点である。一つの例を挙げてみよう。給与収入のある滞納者について、給与の差押えをする場合、当該滞納者の最低生活の維持に充てるための金額については、差押えが禁止されている(国税徴収法76)。もとより徴収職員が、当該滞納者について差押えを執行したのは、督促状を発して10日経っても滞納税が完納されなかったから(同法47)であるが、給与の差押えをすると、少なからぬ滞納者から「取立額の減額」を求められることがある。その申立ての趣旨は、「そんなに取り立てられたら生活することができない」というところにある。つまり、当の滞納者にしてみれば、差押えに係る一定額を取り立てられれば、これまでと同等の水準の生活を送ることはできなくなるから、自ら招いたこととはいえ、背に腹は変えられず、文句や不満を言いたいのであろう。しかし、この差押禁止額は、前述のとおり、最低生活の維持に充てるための金額なので、滞納者には、この金額の範囲で生活のやりくりをすることが(法律上)求められているのである。

 ところが、こうした法律の趣旨を没却するかのような徴収実務が、未だに一部で行われているとも仄聞する。つまり、こうである。国税徴収法第76条の差押禁止額を控除した残りの取立可能金額を、滞納者からの申立てに基づき、徴収職員の判断によって減額してしまうというのである。同条は、滞納者の承諾があるときは禁止額を控除しなくてもよいとしている(第5項)が、これとは逆の禁止額を上回るような金額を控除することは規定していないのである。もっとも、差押後であっても、換価猶予(地方税法15の5)の要件に該当する事実があると認められるときは、徴収職員の職権で、同猶予処分とすることはできるが、その場合でも、第三債務者から給付を受けた金銭を、その猶予に係る徴収金に充てることは可能とされているのである(同条第3項)。

租税法律主義の趣旨を踏まえた実務の徹底

 租税法律主義は、徴収職員の勝手な判断を許さず、納税者等の権利を保護するという機能と同時に、適正な税務行政が行われるべきであるとする思想も内包しているのである。租税法律主義の下における租税実務はほとんどの場合、要件への該当・非該当といった明瞭なものである。ただ、そうした租税法律主義の下においても、徴収職員に若干の裁量が認められる場合があることは否定しないが、それには、納税者等の権利保護に名を借りた不適切な運用は、たとえそれが「良かれと思って」したことであっても、厳に戒められなければならない。

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