徴収の智慧

鷲巣研二

徴収の智慧 第46話 担雪埋井(たんせつまいせい)

地方税・財政

2019.11.08

徴収の智慧

第46話 担雪埋井(たんせつまいせい)

元横浜市財政局主税部債権回収担当部長
鷲巣研二

『月刊 税』2018年4月号

反復継続

 「心の平穏」や「社会の安寧」を願うのが各種の宗教に共通する存在意義のひとつだとすると、歴史の試練淘汰を経て長い間人々の信仰の対象となってきた宗教の教義の中には、恐らく普遍性の高い含蓄のある滋味深い言葉が含まれているのであろう。「担雪埋井(たんせつまいせい)」とは、中国の宋の時代に編纂されたとされる禅宗の公案集「従容録(しょうようろく)」の中に出てくる言葉で、その意味は、井戸の中にせっせと雪を入れてもすぐに融けてしまい、一向に井戸は埋まらず、徒労に終わるということなのだそうである。意訳すると、「禅の修行というものは、たとえ雪がすぐに融けてしまったとしても、諦めないで繰り返し辛抱強く続けられるような者でないと勤まらない。」といった意味になるようだ。つまり、無駄になることを承知で敢えてするところに、宗教的行為の尊さがあるという教えで、このことを禅宗では「無功徳行」、あるいは「無所得行」と言うのだそうである。

 このような行為が尊いかどうかは私にはピンとこないが、似たような言葉に「継続は力なり」というのがある。こちらは、あることを地道に継続していると、当初は見えなかったことや気づかなかったことがだんだんと明確になってきたり、知識や一定のスキルが身につくようになるといったほどの意味だろう。特に宗教色は感じられないし、このようなことは我々も日常しばしば実感することだから、これはこれでそのようなものかと思う。「担雪埋井」にしても、「継続は力なり」にしても両者に共通しているのは、「反復継続」ということである。税務事務の最大の特徴は大量反復性にあるから、まさにこれらの言葉が見事にマッチする。

調査権と処分権は徴税吏員の特権

 しかし、滞納整理は、精神世界における自己鍛錬や、心のありようを問い続ける宗教とは異なり、税収の確保であるとか、収納率の向上といった現実世界における具体的な成果を上げることが求められているので、単に同じことを「反復継続」すればいいというものではない。確かに新規滞納が発生すれば督促状はもとより、各種の催告書を送付したり、滞納者と折衝したりすることが滞納整理の事務計画の中に組み込まれていて、一見すると、あたかもそうした事務の繰り返しが(日々の事務の)大半を占めているかのようにも受け取られかねないが、実は徴税吏員の徴税吏員たる所以(ゆえん)は、「調査権」と「処分権」の行使にあるのである。これらの権限は、法律によって徴税吏員にのみ独占的に付与されており(強制徴収公債権も含む)、たとえ地方公務員であっても、徴税吏員という地位にない者は行使することができないのである。それはなぜか。その答えは、一にも二にも徴税吏員には効率性が求められているからにほかならない。徴税吏員は、大量の事務を一定の限られた期限(納期限や消滅時効)までに遂行しなければならないから、同吏員にのみ「調査権」と「処分権」という特別の権限を付与することによって、効率的に滞納を整理させようとの趣旨なのである。換言すれば、効率的な滞納整理をすることができるように、法律が特別に徴税吏員にのみ付与した権限が「調査権」と「処分権」なのである。だから、効率的な滞納整理をしようとするのであれば、催告や折衝にばかりかまけているのではなく、むしろ財産調査と処分(滞納処分と納税緩和措置)にこそより多くの時間をかけて取り組むべきなのである。

早期着手・早期処分

 ところが、地方税の滞納整理では、税法に規定されているわけでもない催告や折衝に、かなりの時間を割いている場合が少なくない現実に愕然とさせられる。滞納整理でよくいわれる「早期着手・早期処分」とは、新規に滞納が発生したときに、できるだけ早く滞納者と接触して折衝をすべきだということではなく、できるだけ早く財産調査に着手し、納付能力の有無を見極めることによって、処分(滞納整理又は納税緩和措置)をすべきだという意味なのである。差押先着手(地方税法第14条の6)や交付要求先着手(同法第14条の7)に関する法律の規定が、「徴税に熱心な者に優先権を与える趣旨である」とされているのも、このような考え方と軌を一にしているのである。

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鷲巣研二

元横浜市財政局主税部債権回収担当部長

日本大学法学部卒、横浜市入庁。緑区役所納税課を経て企画財政局主部収納指導係長の後、保育課管理係長、保険年金課長、財政局主税部収納対策推進室長、区総務課長、監査事務局調整部長、副区長などを経験し、財政局主税部債権回収担当部長を最後に退職。共著に『事例解説 地方税とプライバシー』(ぎょうせい、2013年)などがある。

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