自治・地域のミライ

ガバナンス編集部

自治・地域のミライ|まちに関わる実感を育み、次の世代へと循環するまちづくりを進める 福岡県広川町長 氷室健太郎

地方自治

2026.05.28

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月刊ガバナンス6月号

月刊 ガバナンス 2026年6月号
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編著者名:ぎょうせい/編
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福岡県広川町長
氷室健太郎


2023年、町職員から町⻑に就任した氷室健太郎氏。就任から3年、まちの未来を切り拓くために少子化問題と真正面から向き合い、「こどもまんなか」政策に力を注ぐ。地元の子どもたちにまちに関わることの“手ざわり”を感じてもらうことで、まちへの愛着を育もうとしている。地域に根付く資源と人材を活かしたまちづくりに奮闘する氷室町⻑のまちへの想いを聞いた。

氷室健太郎さんの写真
壁面に掲げられているのは、国の重要無形文化財にもなっている「久留米絣(がすり)」のテキスタイル。広川町内には工房が最も多く残る。完成まで30もの工程があり、職人たちによる丹念な手仕事によって美しさが生み出されている。博多祇園山笠の法被も久留米絣。同町にとって大切な地域資源だ。

福岡県八女郡広川町

1955年に上広川村、中広川村が町村合併により広川町として発足。2025年、町制70周年を迎えた。福岡県南部に位置する八女郡唯一の町で、町域は東西約14㎞、南北5.4㎞で面積は37.94㎢。南は八女市、西は筑後市、北は久留米市に接する。町内を走る九州自動車道広川IC近くには、広川中核工業団地や久留米・広川新産業団地を整備している。主要産業は、いちご・ぶどう・なし・桃・八女茶など農業や電照菊、ガーベラなどの花卉栽培。伝統工芸の久留米絣、竹細工「八女すだれ」も盛ん。26年5月1日現在、人口1万8958人、8364世帯。2026年度の当初予算一般会計は99億9609万円。


「こどもまんなか」を通じて、「みんながまんなか」に

広川に恩返しを

――2023年に広川町職員から広川町長に就任した。その想いは。

 広川町の隣の八女(やめ)市で生まれ育った。大学卒業後、縁あって広川町役場に入庁した。自治体職員の肩書のほかに、青少年育成ボランティアや広川町消防団に入り、素敵で面白い人達に出会い、居心地が良かった。

 もともとは公務員になろうとは思っておらず、公共政策の知識をしっかり学ぼうと、働きながら熊本大学大学院に通った。学んだことを仕事に活かそうと思っていた矢先、平成24年7月九州北部豪雨が発生した。

 町職員、そして消防団員として災害対応にあたったが、広川町以上に八女市で甚大な被害が出た。実家のある地域も被災し、実家は床上浸水し泥だらけに。その時に助けてくれたのが、広川町の人達だった。ある人はダンプ、ある人はバックホーを持ってきて、泥をかきだし、あっという間に片付けが進んでいった。

 7月14日には絶望の中にいたのに、1か月後の8月14日には綺麗な畳の上で親戚が集まり、例年と同様のお盆を迎えることができた。この時、父が「広川の人達には足を向けて寝れんね」と言った。私も同じ気持ちだった。「広川の人達に、仕事でも地域活動でも、人生をかけて恩返しをする」と心に決めた瞬間だった。

 職員として地方創生を担当し、「地域資源を使ってどう未来を切り拓いていくか」という、やりがいある仕事をしていた。先代町長が勇退することとなり、「広川への恩返し、地方創生をしっかりと形にする」と一念発起し、町長選に立候補した。

氷室健太郎さんの写真

足元の宝物を活かして

――就任してから特に力を入れてきた施策は。

 まずは職員時代に担当した地方創生を進めている。担当者の頃から、他の自治体でやっていることを安直に真似するのではなく、まずは自分たちのまちの資源で何ができるかと、足元にある宝物探しをした。

 町内には、国指定重要無形文化財にもなっている伝統工芸「久留米絣(がすり)」の工房が多く、ものづくりの文化が息づいている。その文脈を活かして、若い女性を中心にものづくりが好きな方々が手に職をつけて、働きながら子育てができるよう、コワーキングスペースを作るなどした。

 また、町内には宿泊施設がなかった。ゆっくり滞在しながらまちを感じて欲しいと思い、町が10年借り上げた空き家をリノベーションし、町営ゲストハウス(Orige(オリゲ))を整備した。単なる宿泊機能だけでなく、お試し移住やクリエイターらを呼び、久留米絣とコラボする事業も始めた。

 町長となった今では、絣だけでなく、少し視野を広げている。町内には竹を使った「八女すだれ」もあるし、県南の筑後エリアには様々なテキスタイルや工芸がある。その多くは暮らしに溶け込んでいて、生活文化の一部にもなっている。これまでは「ものづくり=工業」と考えられてきたが、大量生産ができる産業と同じ土俵に立つのではなく、「ものづくり=文化」として考えたい。ものだけの価値ではなく、ものが溶け込んだ人々の暮らし全体の価値、ものづくり産地が持つ価値全てで勝負できないか。若手職人らと一緒に考えて、新たに「ネイティブテキスタイル産地プロジェクト」を立ち上げた。

氷室健太郎さんの写真
ひむろ・けんたろう
1979年福岡県八女市生まれ。九州大学法学部卒業後、2003年に広川町役場入庁。町⺠課、住⺠環境課、福祉課、政策調整課を経験。2013年、熊本大学大学院社会文化科学研究科博士前期課程修了(公共政策学修士)。2022年、企画課地方創生担当係⻑(産業課を兼務)で広川町役場を退職。2023年4月の町長選に出馬し、当選。現在1期目。

地域の一員としての実感を

 もう一つ力を入れているのが「こどもまんなか」政策だ。2023年に町長に就任した時、年間出生数が20年前に役場に入庁した頃から半減していたことに強い危機感を抱いた。

 しかし、住んだら補助金、産んだら補助金、と短期的な視点で良いのか。長期的な視点に立った時に、限られた財源や人的資源をどうすべきか──「地域社会の未来の担い手」である子どもに投資しようと考えた。

 2024年4月に「こどもまんなか推進室」を設置、全庁的なプロジェクトチームを立ち上げて議論を重ね、「こどもまんなかアクションプラン」(*)を同年12月に策定した。具体的な施策に落とし込み、2031年度まで8年間前・後期4年)の計画で実行に移っている。現在取り組んでいる前期では、「子どもたち自身が『自分は大切にされている』と実感できる」ことを目指している。

*広川町こどもまんなかアクションプラン
https://www.town.hirokawa.fukuoka.jp/soshiki/kyoikuiinkai_jimukyoku/4/2/5972.html


 最終的に描いているのは、「広川サイクル」だ。まずは、広川町で充実した子ども時代を過ごした若者の一定数が地元に残り、同年代のコミュニティが築かれる。現代はSNSの普及により、進学や就職で一度は町外へ出た若者も、地元の友人たちと容易につながりを保ち続けることができる。このつながりを戦略的に活かし、外にいる若者たちに「地元に残った友人たちは皆楽しそうだ」と感じさせる。そして、「自分もいつか広川に帰って家族を持ちたい」「やっぱり広川町で子育てがしたい」と思い続けてもらうためのアプローチを仕掛けたい。やがて彼らが結婚や育児のタイミングで町へ戻り、今度は自分たちがこの町で次の世代を育んでいく。こうした人材の循環(サイクル)が生み出す町の活気が、新たな転入者をも引き寄せる。世代を超えて、このサイクルを力強く回し続けることで、持続可能な地域社会を実現したい。

 そのために重要になるのは、子どもたちに「自分たちも地域の一員なんだ」ということを早くから自覚させることだが、プランを策定する際に子どもたちに実施したアンケート調査で驚く結果を目にした。「自分の行動や発言で広川町を変えられると思うか?」という質問に「はい」と答えた人は、なんと約4割。地域の担い手として期待している子どもたちの約6割は、自分たちの力では地域を変えられないと思っていることがわかった。「自分たちには地域を変えられる力がある」という気持ちを持ってもらおうと、町内の3小学校1中学校で「町長と給食を食べよう」を企画した。小中学校だけでなく、保育園に行く機会や、高校生とは夏休みに対話の機会を設けた。

 プランでは、こどもまんなかに関わる既存事業、これから想定している事業を具体的に提示している。大小様々あるが、すでに実行して象徴的なのが、役場庁舎の一部を小中高生の勉強場所として開放したことだ。

 その発端は、高校生らとの対話の中で「夜に町内で勉強する場所がない」という意見が出たことだ。町立図書館は遅くても19時には閉館してしまう。聞くと普段は隣の市の市民会館のロビーなどを使っているという。現在の広川町庁舎は、2022年9月に新庁舎となり、一部は職員の執務スペースとシャッターで区切られ、町民に貸し出せるようになっていた。そこですぐに、一部を高校生の勉強部屋として開放することを決めた。使い方は高校生たちと一緒に回りながら、自分たちで決めてもらった。一部はおしゃべり・お菓子OKで勉強ができるスペースにして、狭い会議室は机を壁向きに配置し、私語厳禁で集中するスペースなどのすみ分けをした。2024年夏に聴いた高校生の意見は、年末にはプレ開放を実施。現在は17時15分から22時まで利用可能としている。

 「小腹が空いたときに食べ物を買える自販機が欲しい」という声もあり、お菓子やパンの自販機を設置した。この自販機が、実は災害時には無料開放できる災害救援自販機だった。災害時、役場は避難所にもなる。子どもたちの意見がきっかけで、思わぬ形で町民全体にもメリットをもたらすことになった。

 昨年、町制70周年を迎えた。記念のロゴマークは広川中学校美術部にデザインしてもらった。自分たちが描いたものが町のシンボルとなって、多くの人の目に触れる。それが自信となって町に対する愛着が湧くのではないか。そのようなチャンスをたくさんつくっていきたい。

 昨年12月には「こどもまんなか応援サポーター宣言」した。町内の事業者の皆さんには「こどもまんなか応援事業者」に加わってもらうことで、町全体で子どもたちを育てていくことを目指している。

氷室健太郎さんの写真
町内の高校生たちの要望で開放した役場内会議室の勉強スペース。
全員が壁に向かうように机が配置されている。私語厳禁の“ガチ勉スペース”だ。

――「こどもまんなか」を打ち出す中で、高齢者からの声は。

「こどもまんなか=年寄りは端っこか」、と言われることはある。しかし、こどもまんなかは「高齢者を端っこに置かないための政策」だ。

 職員時代に高齢者支援も担当した。「住み慣れた地域で高齢者がいつまでも暮らし続けられる地域社会をつくる」ことを誰よりも力を入れてきた自負がある。将来、病院や介護の現場、そして地域で支え手になってくれるのは誰か。それは今目の前にいる子どもたちだ。彼らを担い手として育てられなかったとき、本当の意味で高齢者は「端っこ」に置かれてしまう。だからこそ、「こどもまんなかを通じて、みんながまんなかになる社会を作ろう!」と伝えている。

 昨年7月から地方創生人材支援制度を活用し、厚生労働省から川畑研介副町長に来てもらった。国のマクロな視点と、町職員のミクロな視点を掛け合わせ、最適な政策を打っていきたいと思っている。

――職員から首長と立場が変わり、地域への目線はどう変わったか。

 町長就任直後から人材育成にも力を入れてきた。全庁的なプロジェクトチームをつくり、若手から管理職まで全職員を集めたワークショップなどを開催し、目指すべき組織や職員像について検討してもらった。

 そこでの議論を踏まえ、昨年3月に策定した「広川町人材育成基本方針」には、目指すべき職員像として「町をよくする『志』を持ち『人と人とのつながり』を大切にする職員」と示された。その上で、各職位が身につけるべき知識や態度、採用計画に至るまでにブレイクダウンし、具体的な取組みがスタートしている。これらはトップダウンではない。職員の皆さん自らが議論して、目指すべき職員像などを作り上げてくれたことをとても誇りに思っている。

 また、割合が増えていた中途採用職員に対しても、直接コミュニケーションする機会を積極的に設けてきた。私の職員経験もフル活用し、「町長と話そう(町職員編)」と題して、役場の役割や町のより深い部分の“研修”も自ら実施するなど、一日でも早く活躍してもらおうとしている。人材育成は時間がかかるもの。地道な努力が始まったばかりだ。

まちの翻訳者として

 町長としての仕事の性質は「町の象徴(代表)」「役場組織の管理者」「政治家」「翻訳者」の四つあると考える。どれも必要な能力であり、日々高めなければならない。町長に就任して3年が経過し、特に大切だと考えるのが「翻訳者」としての性質だ。首長の仕事は、翻訳に似ている。多様な住民からのあらゆる声に耳を傾けなければならない。しかし、それをそのまま政策にすることはできない。具体的な課題を解決するために、「どう政策に変換させ、どう住民に伝えるか」が重要だ。

――自治体職員にメッセージを。

 地方自治はとてもクリエイティブな仕事だ。住民の暮らしと最前線で向き合い、その課題を解決すれば、暮らしの変化をダイレクトに感じられる。常に住民と向き合うので、難しい制度をいかにわかりやすく説明するか、この人には何が必要かを考えながら向き合う面白さがある。

 町職員に求めているのは「住民との共通言語を持つ」ということ。ただの説明ではなく、地域の人が共感するような伝え方、相手の目線に立った「共通言語」を持つことが重要だ。私も役場に入庁したての頃、自転車で町内をくまなく見てまわった。今思えば共通言語を持つためのひとつの方法だったと思う。

 たとえ定型的な業務であっても、ないがしろにしないでほしい。そこで身につけた知識が地域を変えるための素地となる。これから公務員になりたい、クリエイティブなことをしたいという人には、ぜひ小規模な町村に飛び込んでもらいたい。

(取材・構成/本誌 浦谷收、写真/駄道賢剛)

 

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