特集 “School Compass”を創る〜未来志向の学校経営〜 theme1 未来を生き抜く子どもに育む力

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2021.07.26

特集 “School Compass”を創る〜未来志向の学校経営〜 theme1
未来を生き抜く子どもに育む力

熊本市教育センター主任指導主事
前田康裕

『新教育ライブラリ Premier II』Vol.1 2021年4月

テクノロジーの進化と新しい社会

(1)テクノロジーの進化
「これを最近見ますか?」

 私が研修会で受講者に問いかける1枚の写真がある。

 数十冊に及ぶ紙の百科事典の写真だ。

 ほとんどの受講者からは「最近は全く見ない」という答えが返ってくる。

 「では、何かを知りたいときはどうやって調べますか?」と問うと、「スマホを使ってネットで調べる」という回答が多い。たしかに、スマホとネットの普及によって、誰もがいつでもどこでも調べられるようになった。紙の百科事典と異なり、常に情報は更新され、音声や映像などの情報も手に入れることができる。スティーブ・ジョブズがiPhoneを発表したのが2007年。それからわずか十数年で、世界は「ネットで調べる」ことが当たり前になってしまったのである。

 考えてみれば、百科事典は何人もの専門家によって作成されたものであり、その信頼性にこそ価値があった。それに対して、ネット情報の信頼性は著しく低い。誰もが気軽にアップできるからこそ、様々な情報を批判的に読み解いたり、複数の情報を比較・分析したりする力が求められる。大量の知識を「所有」することには大きな価値はなくなり、情報を活用して新しい知識を「生み出す」力こそが必要になってきていると言えるのではないだろうか。

 スマホは一例にしか過ぎない。このような「テクノロジーの進化」は「社会の変化」をもたらす。その変化に対応するために「人間に求められる力」も変化するのである。

(2)経済構造の変化と社会的な課題
 平成の30年間に、世界は、大量のモノを工場で製造して大量に販売するという工業社会から情報社会へと大きく変化した。特にGAFAとよばれる米国のIT巨大企業は工場を持たないのが特長であり、商品やサービス・情報を集めた「場」を提供することで、その利用者を増やし、そのことによって価値を生み出す。たとえば、Facebookは、利用者同士が情報をやりとりする場を提供することで利用者を増やし、そこからの広告収入を得るというビジネスである。

 こうした産業構造の変化は著しく、世界の国々はそれに応じて経済力を伸ばした。特に中国は工業化と情報化の階段を一気に駆け上がり、GDPを大きく伸ばしていった。一方、日本は戦後の工業社会での成功体験から情報化の流れに乗り遅れてしまったと言わざるを得ないだろう。

 しかし、国が経済的に発展すれば二酸化炭素の排出量とゴミは増大する。また、人々の経済的な格差も広がることになり、そのことによる不平や不満は広がっていく。経済的に発展すればするほど、地球環境問題の深刻化と社会の不安定化をもたらすというジレンマに世界は直面することになっていった。

 そこで、こうした社会的な課題をテクノロジーを使って解決することで新しい価値を生み出し、経済的にも発展していく社会を目指すという方向性が日本政府から打ち出された。

 Society5.0の考え方である。

 これは、ある意味で「国家としてのビジョン」であり、今後の様々な政策はその実現に向けて動き出していくことになる。教育政策もその例外ではなく、児童生徒1人1台の端末と高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備する「GIGAスクール構想」もSociety5.0時代を生き抜く子どもたちに必要な力を育むために打ち出されたものである。

未来を生き抜くための力と意識

 未来社会であるSociety5.0を生き抜くためには、工業社会で求められた画一的な学力ではなく、集団の知恵を生み出すために協働して問題を解決するような学力が求められるようになる。ペーパーテストで計れるような「結果としての学力」ではなく、高い目標に向かって試行錯誤を繰り返しながら学びを深めていくための「学びに向かう力」が求められていると言い換えてもよい。特に変化の激しい現代社会においては、学校を卒業しても常に知識をアップデートさせられるような「自ら学び続ける力」は必須だと言えよう。

 未来を生き抜く子どもたちには基礎学力も含めて様々な資質・能力が必要ではあるが、今後の学校教育においては、特に図1に示す三つの力や意識を高める必要がある。

 まず、一つ目は社会情動的スキルである。非認知的スキルともよばれる。読み書きや計算などのいわゆる学力を指す認知的スキルに対し、「目標達成への意欲」「感情のコントロール」「他者との協働」といった心の動きに関する能力である。この能力が高い人物は高い業績を示すと言われている。解決が難しい問題に多様な人々と協働して立ち向かうための、まさに人間としての「感情の力」が求められているのである。

 二つ目は、情報活用能力である。これは情報機器の操作技能だけではない。「世の中の様々な事象を情報とその結び付きとして捉え、情報及び情報技術を適切かつ効果的に活用して、問題を発見・解決したり自分の考えを形成したりしていくために必要な資質・能力」とされている。まさに、様々な問題を自分の事として捉えて、情報技術を駆使し、批判的・創造的な思考を働かせながら解決していく力と考えてよいだろう。

 そして三つ目は、価値観と美意識である。工業社会においては高価なモノを所有することに価値があった。しかし現在は、自然環境にやさしいモノを共有することに価値観が移り始めている。自然環境を保護し持続可能な社会を創造するという意識が高まっているからである。また、そのような社会を創造するためには、人間としてどのようなことを美しいと感じるのかという美意識が必要であり、それは考え方や生き方をも含まれるものである。

 こうした力や意識を高めるためには、与えられた問題を解決するだけではなく、自ら課題や問いを見いだして探究し、それによって新たに価値あるものを創造していくような「探究型の学習」が必要になる。その過程の中で、子どもたちは「自ら学び続ける力」を高めながら「多様なスキル」を身に付け、人間的に成長することができるのである。

これからの学びの在り方

(1)一斉休校で明らかになった課題
 日本の近代学校制度がスタートしたのは学制が発布された1872年。それから150年間、教師は「教え方」の力量向上に力を注ぎ、日本の教育文化として世界に誇るものになった。「教師が指示・発問を行い、挙手をした子どもが回答し、それを教師が黒板にまとめる」という「挙手指名型」の授業スタイルや、「教師が分かりやすく解説して、子どもがノートに記録する」といった「解説型」の授業スタイルが広がっていった。こうした一斉指導の授業スタイルは、いわば日本の授業のスタンダードになったと言えるだろう。

 しかし、2020年のコロナ禍による3か月にわたる一斉休校で生じた問題は、「子どもたちは学校に行かないと自分で学習できない」ということであった。しかも、家庭にはスマホやタブレットなどの情報端末があるにもかかわらず、それを学習の道具として使える子どもたちも多くはなかった。このことが明らかになり、これまでの学校教育では「自律的な学習者を育ててこなかったのではないか」という問い直しがなされることになったのである。

 たしかに、従来の授業スタイルでは、自律的な学習者を育てることは難しい。なぜならば、「挙手指名型」の授業や「解説型」の授業では、発言しない子どもは自律的に考えなくても済むからである。しかも、学習の目的がテストで良い点数を取ることであれば、その目的意識が薄れれば「自ら学び続ける力」さえも薄れてしまう。まさに、今までの授業は、図2のように「教えてもらう授業」になっていたのではないだろうか。

(2)「学びとる授業」への授業改善
 図2のような授業を完全に否定するわけではないが、これからの学校教育においては、子どもたちが自律的な学習ができるようにしていく必要がある。それは、子どもたちが学習課題の解決に向けて「自分で学びとる」ことができ、授業の幅が広がるように改善していくことである。そのためには、日常の授業において、子どもたちが情報端末を活用して自律的な学習ができるような学習のサイクルを定着させる必要がある。

 たとえば、図3で示すように、解決すべきリアルで必然性のある学習課題である「めあて」を協働して達成するために、子どもたちが対話を繰り返しながら、自分たちの考えや集めてきた情報を交換する。そして、授業の終末では、自らの学びを「学習内容」「学習方法」の視点で振り返り、子ども同士でそれを共有するといった授業スタイルである。教師は、子どもたちの資質・能力が高まるように、学習活動を形成的に評価する。たとえば、次のような子どもの記述があれば、高く評価していくことで、他の子どもも伸びていく。

視点1:自らの気付きを明確にしている記述
 例「文章を短くすることの大切さを学んだ。」

視点2:自らの伸びや課題を実感している記述
 例「次は時間を考えながら活動したい。」

視点3:他の経験や学習と結び付けた記述
 例「社会科での学習が新聞づくりに活かされた。」

視点4:友達からの学びを意識した記述
 例「田中君がほめたので、話しやすくなった。」

 このように、「めあて」「対話」「振り返り」の学習サイクルが定着できれば、「自ら学び続ける力」が高まり自律的な学習者を育てることにつながっていく。

(3)教師集団の学び
 未来を生き抜く子どもたちに必要な力を育むためには、学校全体で教育計画を立て、学習活動の実施状況に基づいて評価・改善を行いながら教育活動の質を向上させていくというカリキュラム・マネジメントが求められる。また、「学びとる授業」を創造していくためには、教師自身が「学習者としての経験」をしていくことが何よりの「授業研究」となる。

 そのためには、教師自身が、情報機器を活用しながら、協働して問題解決を行っていく活動を日常化し、子どもたちと同じように、「めあて」「対話」「振り返り」といった学習のプロセスを経験することである。たとえば、教育計画を作成するときは、教育目標(めあて)の実現のために情報機器を使って意見交換(対話)し、評価・改善(振り返り)を行うようにしていく。

 こうした教師集団の学びの在り方は、そのまま子どもたちの学びの在り方に反映される。つまり、子どもたちに求められる力は、教師集団にもそのまま求められるのである。

 

[参考文献]
●経済協力開発機構編著『社会情動的スキル・学びに向かう力』明石書店、2018年
●文部科学省「中学校学習指導要領解説総則編」2017年

 

Profile
前田 康裕 まえだ・やすひろ
 熊本大学教育学部美術科を卒業後、公立の小中学校で25年教える。現職教師を務めながら岐阜大学教育学部大学院教育学研究科を修了。その後、熊本市教育センター指導主事、熊本市立小学校教頭を経て現職。著書に、自身で漫画も描いている『まんがで知る 教師の学び』『まんがで知る 未来への学び』シリーズ(さくら社)など多数。

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