Leader’s Opinion~令和時代の経営課題~
Leader’s Opinion 〜令和時代の経営課題〜 今回のテーマ 修学旅行のミライ 学びの集大成としての修学旅行
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2021.08.19
Leader’s Opinion 〜令和時代の経営課題〜
今回のテーマ 修学旅行のミライ
岩瀨正司+野村祐輝
学びの集大成としての修学旅行
公益財団法人全国修学旅行研究協会理事長(元全日本中学校長会会長)
岩瀨正司
(『新教育ライブラリ Premier II』Vol.1 2021年4月)
コロナ禍の修学旅行
①学校現場からの悲痛な叫び
「運動会も、文化祭も、合唱コンクールも出来なくて、これで修学旅行も無くなれば、3年生には何が残るのでしょうか」。昨年秋に、ある都内の中学校の校長先生から聞いた言葉である。
新型コロナウイルス感染症の思わぬ拡大は学校生活を直撃した。修学旅行も例外ではない。
昨年度の1学期の修学旅行は、全国的にほぼ中止となり、8月下旬から順次再開され始めたもののそれも再びの感染拡大によって再延期もしくは中止となった。3学期も再度の緊急事態宣言によって実施不可能となってしまった。また、高校生を中心とした海外修学旅行も、昨年2月以降は全面中止となっている。
②修学旅行の代替行事
修学旅行を何とか実施したいという学校・生徒・保護者の意向を受けて、学校はもちろん、各旅行会社・交通機関、そして受け入れ地等は様々な工夫を行った。以下にいくつか例示する。
ア. 貸し切りバスによる県内・近距離圏への日帰り旅行(観光施設・テーマパーク・世界遺産等)
イ. 校内で実施(校内宿泊・VRやオンライン旅行・訪問予定地からの出張授業やキャリア学習等)
ウ. その他(テーブルマナー教室・チャーター航空機による体験飛行・芸術鑑賞等)
③修学旅行の再認識
コロナ禍によって学校や社会全体に修学旅行の意義が再認識されるという副次的効果もあった。それは以下の2点である。
ア. 修学旅行は極めて教育的価値の高い教育活動であるとの認識が確認されたこと
コロナ禍の修学旅行について、文部科学省から度々通知が出された。それは、修学旅行は教育的価値の高い活動であるので感染防止を徹底した上で中止とせず延期や変更等の措置を講じること、という内容であった。修学旅行実施を支援する踏み込んだ内容である。この通知が発せられた意義は大きい。
イ. 修学旅行は学校単独の学校行事ではなく、交通・宿泊・見学・食事施設等や旅行会社の協力があって実施できる、総合的な教育活動であること
学校の教育活動で、ここまで広範囲に社会の様々な組織・体制・構造と密接不可分な関係を持った活動は稀有である。市場経済の日本社会であるから、営利を全く度外視しての関係はありえないが、少なくとも学校・生徒に対する好意的な視点は否定できない。その原点には、ほぼすべての日本人が修学旅行を体験している、という歴史的事実があり、それは修学旅行に教育的価値以上のものを評価している。
これからの修学旅行を考える視点
①修学旅行の基本は「安全性」「経済性」「教育性」
ア. 安全性の確保
JR6社によれば、昨年3〜12月に修学旅行に出発した71万人(注:JTB・KNT・日本旅行・東武トップツアーズの4社取り扱い分)のうち、旅行後の感染者は30人という。また、京都市産業観光局によれば、同時期に京都を訪れた修学旅行生13万人中、感染者はゼロであるという。このことは、感染症対策を徹底すれば安心して修学旅行は実施できるということを実証している。
現在の学校生活では感染症対策が徹底しており、JATA(日本旅行業協会)を始めとして各関連団体も様々な「旅行の手引き」を発行しているので、それを順守することによって、感染者ゼロにはならないが実施は十分可能である。
イ. 経済性の適正化
しかし、コロナ禍における実施には当然今まで以上の経済的負担が生じる。延期や変更に当たって生じたキャンセル料等については公費負担が適用されたり、国の施策であるGoToトラベルを利用して移動・宿泊・食事等の際の3密回避を図ったりする工夫も行われた。しかし、このような優遇措置がこれからも継続されるかは全く不透明であり、当然最終的には保護者負担へ転嫁されていくことは自明である。今後の大きな課題である。
ウ.教育性の充実
代替行事を含む修学旅行を取り上げたマスコミの報道には「生徒たちの思い出づくりのために」という論調が目立った。しかし、修学旅行は学校の教育課程の一環として実施される重要な教育活動である。貴重な青春の1ページという情的側面は否定しないが、あくまでも教育活動であり、思い出づくりが目的ではなく、学びの集大成としての教育活動であることを忘れてはならない。
②新学習指導要領と修学旅行
ア. 修学旅行の構造化
新学習指導要領では、児童生徒たちが「何を、どのように学び、何ができるようになったのか」を明確にするように求めている。これを修学旅行に当てはめると以下のようになる。
○何を—自然・歴史・文化・生活・産業・社会等を
○どのように—見学・講話・体験・対話等で学び
○何ができるように—生き方・生きる力を修得する
修学旅行は各学校の教育目標や求められる生徒像育成のために実施されるが、そのための構造化も必須である。
イ. 主体的・対話的で深い学びの修学旅行
修学旅行こそ、今まさに求められている主体的・対話的で深い学びそのものである。事前・現地・事後学習は以下のように体系化することができる。
○主体的—自分自身が、現地に行き、実地・実物を見聞・体験し、考え、学ぶ
○対話的—師友、現地や旅行関係者、過去・現在・未来との対話から学ぶ
○深い学び—課題の発見・設定・探究・解決を図り、そして発展的な学びの実現へ
③修学旅行の魅力
130年の歴史と伝統を持つ修学旅行は、他国にもあまり例を見ないわが国の特色ある教育活動の一つである。師友が時間と空間を共有する集団的な宿泊行事の魅力があり、そして、実物・本物に直接触れるという体験教育の魅力もある。
コロナ禍は学校教育に様々な課題を提示し、あらゆる角度から教育活動の見直しがされている。しかし、修学旅行の教育的価値とその魅力はこれからも色褪せることは無いであろう。
Profile
岩瀨 正司 いわせ・まさし
昭和25年生まれ。東京都の公立中学校で社会科教師として教職をスタート。平成21年に全日本中学校長会会長、(公財)日本中学校体育連盟会長、中央教育審議会臨時委員を歴任。24年より(公財)全国修学旅行研究協会理事長。