第2特集 理科から始める新課程 子供たちに理科の楽しさを伝えるためのエッセンス

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2021.07.12

第2特集 理科から始める新課程
子供たちに理科の楽しさを伝えるためのエッセンス

宮城学院女子大学准教授 
板橋夏樹

『新教育ライブラリ Premier』Vol.6 2021年3月

 2019年に発表された「国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)」によれば、日本の小学生の理科の学力は参加国中4位、中学生の学力は3位となり、それぞれ前回調査から1位ずつ低下したものの、1995年以降、上位を維持し続けている。一方で、「理科の勉強は楽しい・得意だ」と答えた日本の小学生の割合は前回調査に引き続き国際平均を上回ったが、中学生の割合は国際平均を下回った。さらに、「理科を勉強すると、日常生活に役立つ」と答えた日本の中学生の割合は国際平均84%に対し65%、「理科を使うことが含まれる職業につきたい」と回答した日本の中学生の割合は国際平均57%に対しわずか27%となった。以上から、日本の子供たちの理科に対する考えは、「学校の授業としては必要だが、学年が上がるほどに難しくなる。また、日常生活には役に立たず、将来就きたい職業にも必要ない」ということになる。つまり、子供の学力と意欲の関係が“ねじれている”のである。

 本稿のテーマは理科の楽しさを伝えることであるが、上の結果を踏まえると、小・中学校の理科の授業でその工夫を考える前に、これらの問題点を押さえておく必要性がある。

教える内容について幅広い視野をもつことの必要性

 筆者は最近、興味深い二つの番組を視聴した。一つ目の番組は、技術者たちがおもちゃや家電製品に普段なら思いつかないような改造を施して競い合うというものである。視聴した回のテーマは、市販品の子供向けの太鼓をたたくクマのおもちゃを改造し、何枚の瓦をたたき割ることができるか、というものだった。二つ目の番組は、2020年末に横浜のふ頭に建造された某アニメ番組に登場する高さ18mの実物大の動くロボットと、その組み立てに挑んだ技術者たちのドキュメンタリー番組であった。両番組での技術者たちの共通点は、彼らが小・中学校の理科で学ぶ基礎知識や法則を応用していたことである。例えば、前者の番組では、優勝したチームは、高く持ち上げた金属製のおもりの位置エネルギーを利用して瓦をたたき割るという工夫をしていた。後者の番組では、人間の身長の大きさ程もあるロボットの指の関節を動かすために、減速機を利用していた。減速機の原理は、小学6年生で学ぶ「てこの原理」(=力のモーメント)の応用である。また、何よりも印象的だったことは、技術者たちが子供のように目をキラキラさせて楽しみながら問題解決に取り組んでいた姿であった。

 小・中学校で理科を教える教員には、このような姿勢で教科指導を行うことが必要である。筆者は大学で小学校教員養成に関わっている。そこで問題に思うことは、多くの学生が教科書に書かれた内容をどのように教えたらよいか、という方法論だけに目を向ける傾向にあることである。楽しみながらその教科の内容を教えること、また、小学生に対する教科を通したキャリア教育の視点が欠けているのである。この原因は何であろうか。おそらく、全教科を教えなければならないという小学校教員特有の事情による余裕のなさや、一般的な小学校教員を目指す学生がもつ理数系科目への苦手意識等によるものかもしれない。2022年度以降を目途に小学校の一部科目で教科担任制が導入される見込みであるので、理科の専門性をもった教員が小学校の理科を担当するようになるだろう。また、中学校の理科教員のほとんどは、もともと理科に興味・関心のある者である。よって、理科に対する教員の専門性の問題はある程度解消できよう。しかしながら、小・中学校教員に今後必要なことは、単に「教科書」に書かれたとおりに授業を行うためのスキルを身に付けることだけに留まらず、その内容に関する幅広い周辺知識、学ぶことの楽しさ、日常との関連、そして、将来の職業へのつながり、といった幅広い視野をもつように意識改革をすることであろう。

日常生活やキャリア教育のつながりを意識した授業展開を工夫しよう

 筆者の主な研究テーマは、小・中学生に対して抽象的なエネルギー概念をどのように教えるべきか、ということである。現在の学習指導要領では、エネルギーの定義を中学3年生の理科の力学の単元で「仕事をする能力」として初めて扱うことになっている。

 国内外の教科書を比較すると、その違いが分かり、大変に参考になる。例えば、熱の伝わり方に関する学習では、日本ではろうそくを塗った銅板の一端を加熱してそれが放射状に溶ける様子を観察する実験を行うことが一般的である。これに対し、アメリカで多く用いられている小学校理科の教科書では、実験もさることながら、ポップコーンやバーベキューなど、子供になじみのある生活に身近な料理の写真やイラストをふんだんに使って解説している。つまり、学習内容と日常生活を結び付けることにより、楽しみながら「なるほど、そういうことか!」という“驚きと発見”という実感を伴った理解ができるようにしてある。また、この教科書の各単元のコラムには、そこで学ぶ内容に関わりのある職業従事者(例:アメリカ航空宇宙局(NASA)で活躍する技術者や科学者等)からのメッセージが書かれている。子供たちはこれらを読むことで、理科の学習内容を基礎とする職業の存在を知り、その職業への憧れを抱くようになるだろう。この結果、理科がキャリア教育の一翼を担うことにつながる。

 理科の観察・実験自体の「面白さ」に焦点を当てた実験テーマが、これまで数多く開発されてきた。しかし、多くの場合、そこで子供たちがもつ興味・関心は一過性のものであり、長続きしない。これは先述したTIMSSの結果が示すとおりである。子供たちが理科の楽しさを実感し、その意欲を持続・向上させていくためには、単に面白いだけでなく、探究的な深まりのある課題を設定する工夫や、学んだことを日常生活に生かすような工夫、学習内容と子供自身の未来との関わりを実感させる工夫が必要なのである。

 2020年度から本格導入されたプログラミング教育も、まさにこのような視点を取り入れて行っていくべきだろう。小・中学校で理科を教える教員の皆様には、是非このような視点を取り入れた授業を展開していただきたいと考える。

 

 

Profile
板橋 夏樹 いたはし・なつき
 昭和49年宮城県生まれ。宮城学院女子大学教育学部教育学科准教授。筑波大学大学院修士課程教育研究科修了後、公立中学校教諭を経て、平成26年から現職。専門は理科教育学。大学では、主に小学校教員養成課程における理科教育に関する科目を担当する。

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