“私”が生きやすくなるための同意
『“私”が生きやすくなるための同意 「はい」と「いいえ」が決められるようになる本』 <第3回>親子の関係における同意の捉え方
新刊書のご案内
2022.11.15
新刊紹介
(株)WAVE出版は2022年9月、『“私”が生きやすくなるための同意 「はい」と「いいえ」が決められるようになる本』(遠藤 研一郎/著)を刊行しました。
我々は「自分の領域」を持って生活しています。その領域とは、名前、住所、趣味、財産、価値観、気持ちなど、自分を形作るすべての要素を指し、他人が無断で踏み入れることはできません。
この本では、そんな自分の領域を自分専用の乗り物=「ジブン号」として解説していきます。自分で運転できてプライベート空間が保てるジブン号に他人が乗り込むには同意が必要です。さらに、ジブン号には鍵のかかったスーツケースが積まれ、その中には大切な袋がしまわれており、同意なしに開けることは許されません。同じように、他人にもそれぞれ「タニン号」が存在し、自分が乗り込むには同意をもらわなければなりません。
それぞれ違う考えを持つ人たちが一緒に心地よく生きていくということは、同意をする、同意をもらう、つまり「はい」と「いいえ」が無数に繰り広げられ、きちんと作用しているということです。逆に、もやもやする、嫌な気持ちになる、トラブルが起きる……これらは同意ができていない証拠です。
法的な問題になるハードなケースの手前に、いくつもの同意の場面が存在することを改めて見つめ直し、自分にも他人にも存在する領域を認め尊重する社会を望みます。
ここでは、本書の「第4章 関係ごとの同意」より「4.親子の関係」の一部を抜粋してご紹介します。
他人より近く、自分自身より遠い存在
夫婦と同様、親子にも相当強いつながりがあります。夫婦と違って、血がつながっているうえ、この世に生を受ける時にすぐに持つのが親子の絆ですから、つながりが強いです。
そもそも、親は自分の子どものことを、また、子どもは自分の親のことを、客観的に見るというよりも、より主観的に見ていることが多いでしょう。
長女がいじめにあっている。長男が受験にチャレンジしている。母親が病気になった。父親が職を失った。次女に恋人ができた……。 そんな諸々の出来事は、友人の長女や、母親の会社の上司のことのように、噂話で終わるというレベルではなく、自分のことのように、一喜一憂しながら主観的に受け止める人が多いです。つまり、完全に三人称で語れないのが親子関係なのです。
そのぶん、互いの距離感は難しいようです。「親子水入らず」とは、杯洗の儀式が不要なほど、親子の間のつながりが強いことです。だから、「子どもの同意がなければ、子どもの領域には入れません」「親の同意がなければ、親の領域には入れません」なんて説明すると、強烈な違和感を持つ人は少なくないです。子どもの幸せを考えて、子どものタニン号に乗り込み、運転を指示することの何が悪いのか? 親を心配して、親のタニン号に乗り込み、運転をサポートすることの何が悪いのか? と、腑に落ちない人も少なくないでしょう。
親子といえども、別の人格
しかし、親子も別人格であり、それぞれが自分の領域を持っていることを正面から認めなければなりません。子どもが成人になった後はもちろんのこと、成人になる前であっても、年齢に応じて、自分の領域が徐々に強固に作られていくのです。
親だって、子どもに話せない自分の領域があって当然です。また、子どもは親のおもちゃではありませんし、親は一生子どもの盾であり続けるわけでもありません。
子どもの進路、付き合う相手、親が重い病気にかかった時の治療方法、財産の管理方法……。いろいろな場面で、アドバイスのようなものはあるでしょう。特に子どもが小さいうちは、ある程度は親主導で決める必要があるかもしれません。親が老いてくれば、子どもがサポートをする必要も出てくるでしょう。しかしそれでも、タニン号に勝手に乗り込んで、代わりに自分がハンドルを握ってはいけないのです。
「他人の領域にむやみに入り込まない」というのは、無関心とは異なります。家族として、見守る、寄り添うということが大切な場合も多いです。「タニン号を乗っ取る」のと、「タニン号と並走する」のは、本質的に異なるものです。
「大きくなったらパパと結婚する」と言っていた娘はどこに
私の知人にも、彼氏にどっぷりハマっている娘を見て、「小さい頃、『大きくなったらパパと結婚する』と言っていた娘はどこに?」と落ち込むお父さんがいます。また、口もろくに聞いてくれない息子と接して、「小さい頃、『大きくなったら、お母さんは、ぼくが守る』と言っていた息子はどこに?」と途方に暮れるお母さんがいます。
答えは簡単です。そんな娘も息子も、今はどこにもいません。
たしかに小さい頃は、自分の領域ができ上がっておらず、親に全幅の信頼を寄せ、身を委ねて時間を過ごします。ジブン号の扉の開け閉めもできず、ジブン号を自分だけで運転することもできません。だからこそ、子どもたちは、頼れる親に対して、幸せになれるようなことを言ってくれたのかもしれません。
しかし成長するにつれて、子どもはどんどん自分の領域ができ上がり、ジブン号を自分で運転するようになるのです。最初は親が子どもの代わりに運転していたものが、徐々に助手席に移り、やがて親は子どものタニン号を降りて子ども自身が一人で運転するようになるのです。それは極めて自然なことです。
しかし、全く悲観することはありません。子どもが、ちゃんと自分の領域を作れるようになったのですから。親の苦労や気持ちが分かった時、また、人生の先輩として親のアドバイスを聞いてみたいと積極的に思った時、きっと、子どもはジブン号の扉を開けて親を同乗させてくれるはずです。
著者紹介
遠藤 研一郎 (えんどう けんいちろう)
中央大学法学部教授、公益財団法人私立大学通信教育協会理事、国家公務員採用総合職試験専門委員。
1971年生まれ。中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了。専門は民法学。専門領域の研究のほか、幅広い世代に「法的なものの考え方」を伝えるため、執筆活動も続けている。おもな著書・編書に『はじめまして、法学』(ウエッジ)、『僕らが生きているよのなかのしくみは「法」でわかる』『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』(ともに大和書房)、『6歳から親子で学ぶ こども法律図鑑』(三交社)、『12歳までに身につけたい 社会と法の超きほん』(朝日新聞出版)などがある。
バックナンバーのご案内