“私”が生きやすくなるための同意

遠藤 研一郎

『“私”が生きやすくなるための同意 「はい」と「いいえ」が決められるようになる本』 <第2回>現代社会における同意の考え方

新刊書のご案内

2022.11.08

新刊紹介

 (株)WAVE出版は2022年9月、『“私”が生きやすくなるための同意 「はい」と「いいえ」が決められるようになる本』(遠藤 研一郎/著)を刊行しました。
 我々は「自分の領域」を持って生活しています。その領域とは、名前、住所、趣味、財産、価値観、気持ちなど、自分を形作るすべての要素を指し、他人が無断で踏み入れることはできません。
 この本では、そんな自分の領域を自分専用の乗り物=「ジブン号」として解説していきます。自分で運転できてプライベート空間が保てるジブン号に他人が乗り込むには同意が必要です。さらに、ジブン号には鍵のかかったスーツケースが積まれ、その中には大切な袋がしまわれており、同意なしに開けることは許されません。同じように、他人にもそれぞれ「タニン号」が存在し、自分が乗り込むには同意をもらわなければなりません。
 それぞれ違う考えを持つ人たちが一緒に心地よく生きていくということは、同意をする、同意をもらう、つまり「はい」と「いいえ」が無数に繰り広げられ、きちんと作用しているということです。逆に、もやもやする、嫌な気持ちになる、トラブルが起きる……これらは同意ができていない証拠です。
 法的な問題になるハードなケースの手前に、いくつもの同意の場面が存在することを改めて見つめ直し、自分にも他人にも存在する領域を認め尊重する社会を望みます。
 ここでは、本書の「第2章 同意の仕方」より「1.自分のことは自分で決める」の一部を抜粋してご紹介します。

人間関係の希薄化と薄い関係の広がり

 なぜ、自己決定が大切なのでしょうか? それは、「自分の領域に対する責任は自分で取らなければならない」というのが基本だからです。ジブン号は、自分の日常生活、そして人生そのものです。ですから、自分で運転しなければならず、向かう先は自分で決める必要があるのです。
 いろいろな決定が他人任せになってしまうと、「私は〇〇と思っていたのに、友人に流されて、こんなになってしまった」とか、「私は〇〇するのは嫌だったけれど、親が言うので従ったから、やはり間違いだった」という発想になってしまって、他人や社会に対する不満ばかりが募ってしまいます。岐路に立った時の選択は、自分ですべきなのです。

 特に、今の社会を生き抜くためには、この発想が大切です。核家族化、未婚化、少子化、離婚率の上昇などによって、昔は「家族会議」で話し合って決めていたものも、自分だけが頼りなんてこと、少なくありません。社員旅行は敬遠されがちですし、飲みニケーションなんて、今や、ウザいものの典型例として映っています。そういう中で、社会は「薄いつながり」へと、どんどん移行しているように感じます。
 また、仲間意識の中での助け合いより、対価(お金)だけの関係が好まれる傾向も読み取れます。「親戚やご近所や友人などに気を使いながらお世話になるより、お金でサービスを受けられるのなら、気も使わずいい!」なんて気持ちになるのも、頷けるわけです。
 私たちは、敢えて、薄いつながりを求めているようにも見えます。そうだとすると、やはり、自分のことを自分で決める必要度が、以前よりも格段に高くなってくるのです。

子どもに「自分のことは自分で決めろ」と言うか

 このような話をすると、「自分の領域を自分で決める能力がない人はどうするの?」という疑問を持つ方がいらっしゃるでしょう。
 例えば、未成年の子どもは、基本的に親の庇護の下で育ちます。たしかに、未成年の間は、いろいろなことを親が決める場面が多く、ジブン号の運転も、何らかのサポートが必要です。
 でも、未成年者だって、成年になるまでひとつも自己決定ができないという存在ではなく、むしろ部分的に自己決定は可能ですし、徐々にその領域は増えてきます。
 お小遣いをどう使うかは自由ですし、一定年齢になれば、事故を起こした時の責任は取らなければなりませんし、法的には養子になることだって可能(つまり、大胆に言えば、自分で親を選べるってこと)です。もっと身近なことでは、なおさら。好きな子とか、どこに遊びに行くかとか、将来の夢とか、自分で決めますよね。

 この場合のジブン号は、最初は、親が子どものジブン号に乗り込んで、子どもの代わりに運転をしていたのが、徐々に親は助手席に移って補助ハンドル・補助ブレーキを使いながら、子ども本人に運転させ、最後には子どものジブン号を降車して、運転を子どもに任せるというように、段階があるということです。スーツケースの中だって、自分に大切なものを入れる袋が、どんどん増えていくのです。

ハンディを克服しながら

 障がいのある人も同じです。障がいが重度になれば、それだけ、自分でできることの領域は狭くなるかもしれません。でも、障がい者と健常者は、二者択一ではありません。障がいに関係なく選挙権はありますし、結婚だってできます。
 認知症になってしまった高齢者も、そうです。自分の判断能力が低下した後に財産をどのように管理していくか、老後の世話を誰にどのように託すか、自分が他界した後のペットの世話をどうするか……。将来を見据えて、日頃から話せる人に希望を伝えておくとか、エンディングノートを作成する方も増えています。制度としても代理、任意後見、信託……、いろいろあります。

 何が言いたいのかって? 未成年者だから、障がい者だから、高齢者だから、という理由だけで、「自分の領域内のことを自分で決める」ことができないと一刀両断で決めつけるべきではないということです。

 人は誰でも、ジブン号は自分で運転するのだという発想から出発することが大切です。
 スピードも、大きさも、色も、行き先も、運転している目的も違います。若葉マークや紅葉マークをつけたり、自動アシストを利用したり、補助ハンドル・ブレーキを装着したりいろいろ手はあるのです。別の人が運転するのは、最後の手段です。

著者紹介

遠藤 研一郎 (えんどう けんいちろう)
中央大学法学部教授、公益財団法人私立大学通信教育協会理事、国家公務員採用総合職試験専門委員。
1971年生まれ。中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了。専門は民法学。専門領域の研究のほか、幅広い世代に「法的なものの考え方」を伝えるため、執筆活動も続けている。おもな著書・編書に『はじめまして、法学』(ウエッジ)、『僕らが生きているよのなかのしくみは「法」でわかる』『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』(ともに大和書房)、『6歳から親子で学ぶ こども法律図鑑』(三交社)、『12歳までに身につけたい 社会と法の超きほん』(朝日新聞出版)などがある。

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2022/9 発売

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中央大学法学部教授、公益財団法人私立大学通信教育協会理事、国家公務員採用総合職試験専門委員。 1971年生まれ。中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了。専門は民法学。専門領域の研究のほか、幅広い世代に「法的なものの考え方」を伝えるため、執筆活動も続けている。おもな著書・編書に『はじめまして、法学』(ウエッジ)、『僕らが生きているよのなかのしくみは「法」でわかる』『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』(ともに大和書房)、『6歳から親子で学ぶ こども法律図鑑』(三交社)、『12歳までに身につけたい 社会と法の超きほん』(朝日新聞出版)などがある。

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