プレミアムPOCKET BOOK リーダーが座右に置きたい「禅語」25選 冷暖自知・不動心・不二
『ライブラリ』シリーズ/特集ダイジェスト
2022.05.13
プレミアムPOCKET BOOK リーダーが座右に置きたい「禅語」25選
冷暖自知・不動心・不二
妙心寺退蔵院 副住職
松山大耕
(『新教育ライブラリ Premier』Vol.4 2021年11月)
冷暖自知 れいだんじち
水が冷たいか温かいか、そんなことは人からあれこれ説明を聞くより自分でさわってみればすぐにわかること。読書をしたり話を聞いて知識を増やすよりも、実際に自分で工夫してやってみるほうが何倍も役に立つし、確かなものができあがることがあります。これを禅では「冷暖自知」といいます。
現代は情報化社会ですから、とにかく情報を得ることで満足してしまいがちです。例えば、気温二十度の部屋にいるとします。二十度と聞けば、たいてい快適そうだな、というイメージをお持ちでしょう。しかし、同じ二十度でも、二十度の空気と、二十度の木の机の感触と、二十度の水をかぶったときの冷たさは全く違います。情報を得るだけではつかめない、本当のリアリティがそこに存在し、その体験から学ぶことがたくさんあります。
情報を収集することだけに慣れてしまうと、情報やデータだけで「こうに違いない」「あれに決まっている」などと自分が試してもいないのに決めつけてしまいがちです。それではいけない。とにかく自分の力でやってみろ、というのが、一番基本的な禅の考え方です。
お茶の味をいくら上手に言葉で表現しても他人には本当の味は伝わりません。それと同じで、まず飲んでみる、まずやってみるという姿勢が大切です。情報化社会の現代だからこそ、忘れてはいけない教えだと感じています。
不動心 ふどうしん
江戸時代の名僧、沢庵禅師がおっしゃった言葉です。一般的に言う「何事にも動じない」「一度決めたらやり通す」という意味ではありません。むしろ逆で、芯を持って、本来自分がやるべきことを見据えながら、何事にも囚われず、フレキシブルであれ、ということを意味しています。
京都の嵐山に保津川という川が流れています。渡月橋という有名な橋があって、その下で手漕ぎボートに乗ることができます。そこでご自身がボートに乗っていると想像してください。私が橋の上からボート上のあなたに向かって、「動くな」と叫んだとします。すると、そこには二つの解釈があります。まず一つ目は文字通り本当に何もせず、じっと動かないこと。この場合、あなた自身は動いていないかもしれませんが、乗っているボートは川に流されてしまいます。
二つ目の解釈は、もしあなたが川の真ん中にいるのだったら、その場所から動かない、緯度経度を変えるなというものです。不動心とはまさにこの二つ目の解釈を意味しています。
不動心とは何もせず動かなくてよい、という意味ではありません。自分のやるべきこと、立ち位置をしっかり見極めたうえで、その場所を動くなという意味です。川の例えでいうと、川は絶えず流れているわけですから、その場所を動かないようにするには、あなた自身がオールをこぎ、動き続けていないといけないわけです。特に、今は時代の流れが大変早いわけですから、常に動き続けることがより一層重要で、これを物理学では動的平衡と呼んでいます。
不二 ふに
お釈迦様が残された数々のすばらしい教えの中で、私が個人的に現代社会で最も重要だと思うのが「不二」の教えです。ふたつにあらず。つまり、物事を二元論で捉えてはならない、という教えです。
欧米の文化的背景は基本的に二元論をベースにしています。例えば、アメリカでもイギリスでも政治は二大政党制ですし、「良いか・悪いか」「白か・黒か」「敵か・味方か」のように二者択一を迫ります。もちろん、二元論はわかりやすいし簡単です。しかし、世の中そんなに単純にできていませんし、こういう対立軸を明確にしてしまうと争いは決してなくなりません。
それに対し、お釈迦様は「不二」を説かれました。例えば、「あの人は良い人だ」とか「悪い人だ」とか言いますが、自分自身にしても良い面もあれば悪い面もあります。しかも、常に時間とともに変わっていきます。ですから、単純な二元論ではなくひとつのものとして捉え、その中でさまざまな判断をしていくことが大切です。
陰陽道のようにアジアにも二元論的に見える考え方もありますが、これは白か黒かという二者択一ではありません。光が当たれば影ができる。でも、それはコインの裏表のような関係で分離不能です。やはり、ひとつなのです。
ともすれば、日本人はあいまいだとかはっきりしないとネガティブに捉えられがちです。しかし、むしろそういった態度こそ、争いの絶えない現代社会にとって非常に大切なあり方なのではないでしょうか。
Profile
松山大耕(まつやま・だいこう)
妙心寺退蔵院 副住職
1978年京都市生まれ。2003年東京大学大学院農学生命科学研究科修了。埼玉県新座市・平林寺にて3年半の修行生活を送った後、2007年より退蔵院副住職。日本文化の発信・交流が高く評価され、2009年観光庁Visit Japan大使に任命される。また、2011年より京都市「京都観光おもてなし大使」。2016年『日経ビジネス』誌の「次代を創る100人」に選出され、同年より「日米リーダーシッププログラム」フェローに就任。2018年より米・スタンフォード大客員講師。2019年文化庁長官表彰(文化庁)、重光賞(ボストン日本協会)受賞。2021年より(株)ブイキューブ社外監査役、京都市教育委員会委員。
2011年には、日本の禅宗を代表してヴァチカンで前ローマ教皇に謁見、2014年には日本の若手宗教家を代表してダライ・ラマ14世と会談し、世界のさまざまな宗教家・リーダーと交流。また、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席するなど、世界各国で宗教の垣根を超えて活動中。
■著書
『大事なことから忘れなさい〜迷える心に効く三十の禅の教え〜』(世界文化社、2014年)
『こころを映す京都、禅の庭めぐり』(PHP研究所、2016年)
『ビジネスZEN入門』(講談社、2016年)