message 次代に求められる資質・能力の育成と学習評価 ラーニング・コンパス2030から考える

授業づくりと評価

2023.04.17

message 次代に求められる資質・能力の育成と学習評価
ラーニング・コンパス2030から考える

教育評価総合研究所代表理事
鈴木秀幸

『教育実践ライブラリ』Vol.5 2023年1

PISA調査からラーニング・コンパス2030へ

 21世紀の教育の特徴の1つは、学力の国際比較調査の結果が、各国の教育政策に大きな影響を与えるようになってきたことである。1995年に始まったIEA(International Association for Evaluation of Educational Achievement)によるTIMSS
(Trends in International Mathematics and Science Study)、2000年からは、OECDによるPISA(Programme for International Student Assessment)調査が始まった。

 学力の国際比較調査は、各国のカリキュラムが異なるために、簡単ではない。OECDのPISA調査は、国ごとのカリキュラムの違いを乗り越えるために、リテラシー(literacy)という新しい学力の概念を打ち出した。PISA調査でのリテラシーとは、個人や社会が直面する課題を解決するために必要な能力とされた。このリテラシーは各国のカリキュラムとは直接関係ないものとして、比較調査をできるようにしたのである。

 いうまでもなく、もともとリテラシーは読み書きの能力という意味で用いられていたが、これをさらに拡張して用いたのである。調査対象の読解力はともかく、数学的リテラシーや科学的リテラシーは従来のリテラシーの意味を超えるものである。調査の方法としては、ペーパーテスト(最近ではコンピューター画面上での出題と解答も併用)を用いている。非常に工夫された問題を用いていることは確かであるが、リテラシーのいう現実の課題や問題に対処する能力というものを、ペーパーテストで評価できるのかという疑問は残っている。

 PISA調査は前に述べた通り、各国のカリキュラムの違いを前提にして考えられたものであり、それぞれの国のカリキュラムがどうあるべきかを示すものではなかった。しかし現実には、評価対象となったリテラシーの達成程度について、各国の順位を示した結果、参加国は順位を上げるために、その教育政策をリテラシーの育成に向けたことは確かである。わが国も同様で、PISAの順位が話題となり、PISA型能力の育成が必要だと言われるようになった。

 PISA調査が評価を通じて間接的に各国のカリキュラムや教育政策に影響したのに対して、ラーニング・コンパス2030(Learning Compass2030/以下、コンパスとして言及する)は直接に各国のカリキュラムや教育政策に影響する目的を持ったものと考えられる。ラーニング・コンパスに関する説明文書では、これが「カリキュラムの枠組み」でもなく、「評価の枠組み」でもなく、あくまで「学習の枠組み」であり、生徒が2030年に活躍するために必要なコンピテンシーの種類に関するビジョンを示すものと言っている1。しかし、示されたコンピテンシーの育成が必要であると言っているわけであるから、これを育成するカリキュラムや評価のあり方についての指針を示すものと考えられるのである。

[注] 1 「OECDラーニング・コンパス2030」『新教育ライブラリPremierII』Vol.1、ぎょうせい、2021年、p.123

コンピテンシーとエイジェンシー

 コンパスでは、個人や社会のよき状態(ウェルビーイング)を実現するためには、生徒がコンパスに示されたコンピテンシーとエイジェンシーを持つことが必要であると言っている。この2つがコンパスの柱と言える。

 コンピテンシーは、イギリスの教育界で1990年代にしばしば用いられるようになった言葉である。主として、いわゆる実技教科や職業教育の中で、作品や製作物を実際に作り出す能力という意味で用いられていた。そこからさらに意味が拡張されて、自分の持っている能力を実際の活動に用いる能力という意味を持つようになったのである。認知的な能力だけでなく、動機や情意的な面を含んだものと考えられていた。一言で言えば実践力である。コンパスではこのコンピテンシーを自らの知識、スキル、態度及び価値を、責任を持って、首尾一貫して使える能力としている2。このため、コンパスでのコンピテンシーは、イギリスで考えられていたコンピテンシーを受け継いでいるが、より包括的な概念としている。

[注] 2 「OECDラーニング・コンパス2030」『新教育ライブラリPremierII』Vol.1、ぎょうせい、2021年、p.124

 ここで注意すべきは、イギリスでコンピテンシーが用いられるようになった頃から、評価の考え方が変わってきたことである。つまりペーパーテストでは評価できないものをコンピテンシーは含んでいるため、コンピテンシーを評価するにはペーパーテストだけでは不十分であると考えられるようになった。そこで求められる能力を実際に用いる課題を設定して評価すべきであるとするパフォーマンス評価が登場した。リテラシーの場合には、問題に工夫が凝らされているとはいえ、ペーパーテストを用いていたのであるが、実践力の意味を持ち、知識やスキル等を、責任を持って、首尾一貫して用いることを意味するコンピテンシーとなると、ペーパーテストでは妥当性のある評価は困難であると考えるべきである。リテラシーでもペーパーテストだけでは十分に評価できるかという疑問があったが、コンピテンシーとなればペーパーテストに対する疑問はさらに深まらざるを得ないのである。

 コンパスのもう1つの柱であるエイジェンシーは、OECDのポジション・ペーパーによれば「エイジェンシーは、社会参画を通じて人々や物事、環境がより良いものとなるように影響を与えるという責任感を持っていることを含意する」3となっている。

[注] 3 「OECDラーニング・コンパス2030」『新教育ライブラリPremierII』Vol.1、ぎょうせい、2021年、p.124

 このエイジェンシーも「物事や環境がより良いものとなるように」影響を与えることを目指すという点では、コンピテンシーと同じく実践を重視していると考えられる。

 結局、リテラシーにせよ、コンピテンシーにせよ、またエイジェンシーも、現実の場面に応用したり、実現したりすることを重視したり、目標としている点では共通しているのである。

評価からどう考えるか─GCSE試験の例

 このようなOECDの示す教育の目標を実現するには、これに沿った各国のカリキュラムが編成されることを必要とする。同時に評価のあり方もこれに沿ったものとなる必要がある。ここでは特に評価の面から考えてみたい。そのように言うのは、評価のあり方が学校での学習指導のあり方に影響するからである。評価が学習指導に影響することをバックウォッシュ(backwash)効果という。このバックウォッシュ効果を比喩的に言えば、「犬(カリキュラム)が尻尾(評価)を振る」のではなく、「尻尾が犬を振る」と言ってもよいくらいである。コンパスの指針に沿ったカリキュラムを作成しても、評価がコンパスの指針に沿ったり、カリキュラムの編成指針に沿ったものであったりしなければ、目指した目標の実現はおぼつかないのである。

 先に述べたように、イギリスでコンピテンシーが議論になった頃にパフォーマンス評価が登場した。ペーパーテストだけでは、実践力の意味を持つコンピテンシーを評価するには不十分だからである。実技教科では文字通り実技(パフォーマンス)を評価するものであり、取り立ててわざわざパフォーマンス評価とは言わなかった。これが実技教科以外の普通教科でも用いられるようになると、あらためてパフォーマンス評価と言われるようになったのである。

 実技教科以外でもパフォーマンス評価を導入し、ペーパーテストでは評価できない実践的な能力を評価しようとしたのが、1988年から始まったイギリスのGCSE(General Certificate of Secondary Education)試験である。GCSE試験は生徒の将来に大きく影響する試験に、パフォーマンス評価を導入した点で画期的なものであった。この試験は16歳の義務教育終了段階の生徒が受ける資格試験であり、その成績によって一定の資格を付与される。得られた資格によって高等教育コースへ行くか、職業教育コースへ向かうかが決定されるのである。この重要な資格試験にパフォーマンス評価を導入したのである。

 具体的には、ペーパー試験が70〜75%の配点、コースワーク(course work)と言われるパフォーマンス評価が25〜30%の配点であった(科目や時期によって多少配分が異なる)。コースワークと言われるパフォーマンス評価部分は、理科であれば実際に実験や観察活動をした結果をまとめたレポート、地理では実際にフィールドワークをして、その結果をまとめたレポートが評価されて点数化され、外国語では実際に会話する様子が評価され点数化された。これらの評価をするのは各学校の教師である。最終的な資格は、ペーパーテストとコースワークの点数の合計で決定されたのである。

 このコースワークは、PISA調査のリテラシーやコンパスの求める、実際の課題に取り組む能力に近いものを評価するものであった。それもいわゆるハイ・ステイクスな評価、つまり生徒の将来や学校の評価を左右するため、世間一般の注目を受ける評価に用いたものであった。ハイ・ステイクスな評価は、先に述べたバックウォッシュ効果の中でも、最も強い影響を学校での学習活動に与えるものである。

 残念ながらこのコースワークは、実施に時間のかかること、各学校の教師が評価(採点)するのでその評価の信頼性(専門的には評価者間信頼性と評価者内信頼性)についての疑義、従来通りのペーパーテストこそ公平な評価であるという批判などにより、現在は部分的にしか行われていない。

わが国ではどうすべきか

 わが国で、コンパスに示された能力や態度、価値意識を持った生徒を育成するには、これに沿ったカリキュラムの作成と同時に、やはり評価のあり方を再考する必要がある。特にハイ・ステイクスな評価にあたる大学入試や高校入試のあり方を再考する必要がある。

 これは私自身が高校教諭であった頃のことである。1979年に現在の大学入学共通テストの前身にあたる共通一次試験が始まった。問題形式はこの時以来、多肢選択式である。この共通一次試験の間は、各高校で行われる定期テストで、短答式や記述式の問題も出題されていた。また、定期試験以外に、調査レポートを課して評価し、成績に入れていた。しかし、1990年に国公立大学対象の共通一次試験から、私立大学も参加するセンター試験に代わると、状況が変わり始めたのである。参加大学が増えたこと、一部の私立大学はセンター試験のみで合格者を決めるなど、センター試験が入学者選抜に与える影響力が増大したのである。さらに、いわゆる受験産業が各高校の自己採点結果を集め、これらをもとに各高校の科目別平均点、合計得点の平均や分布などを自己採点に参加した高校に示すようになった。その結果、他校と自校の結果の優劣が一目瞭然となり、結果の良くなかった学校や科目の担当教師は苦い思いを味わうようになった。私自身、結果が良ければホッとし、悪かった場合はいたたまれない思いを味わった。

 これに加えて、センター試験以前に実施されるいわゆる模擬テストでも、センター試験以上に各高校の合計点の平均や科目別の平均点などが正確に示された。その結果、模擬試験の成績が出るたびに、教師は一喜一憂するようになったのである。

 このようになると、とにかくセンター試験の成績が上がるように、多肢選択式の問題で生徒が良い点をとるように教師は指導せざるを得なくなった。定期テストから記述式が消え、私もレポートを課せなくなった。この状況は大学入学共通テストになった現在でも、基本的には変わりないのである。

 このような状況で、コンパスの意図に合うような教育が実現するためには、どのような方法があるかを考えなければならない。

 方法として考えられるのは、総合選抜型入試を利用する方法である。令和3年度、入学者のうち国立大学の5.5%、公立大学の3.8%、私立大学の14.7%がこの方法で入学している4。この方法では、各大学が面接、小論文、テストなど多様な方法で選抜をしているが、ここにポートフォリオ評価を導入することである。このポートフォリオに、「総合的な探究の時間」や「理数探究」の時間に生徒が作成したレポート等の作品を数点入れて、各大学が選抜の重要な資料とすることである。もちろんこれ以外の科目等の作品でもよい。できるだけ多くの大学がこの方法を用いれば、高校の教師は入試のあり方が変わったと認識するようになり、コンパスが求める能力の指導を真剣に行うことになるであろう。

[注] 4 文部科学省「令和3年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要」

 

 

Profile
鈴木秀幸 すずき・ひでゆき
 一般社団法人教育評価総合研究所代表理事。2000年教育課程審議会「指導要録検討のためのワーキンググループ」専門調査員、2009年中教審教育課程部会「児童生徒の学習評価の在り方に関するワーキンググループ」専門委員、2018年中教審教育課程部会「児童生徒の学習評価の在り方に関するワーキンググループ」専門委員等を歴任。主な著作に『スタンダード準拠評価』(図書文化社)、『新指導要録と「資質・能力」を育む評価』(共著、ぎょうせい)『新しい評価を求めて』(翻訳、論創社)など。

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