theme 3 従来の授業力とICT活用指導力の融合を図る教員研修
授業づくりと評価
2022.10.25
theme 3 従来の授業力とICT活用指導力の融合を図る教員研修
東京学芸大学教授
北澤 武
従来の授業力とICT活用指導力を向上させる教員研修とは
文部科学省のGIGAスクール構想の実現により、児童生徒1人1台端末が普及した。これに伴い、児童生徒が各教科等の目標を達成するために、1人1台端末を活用しながら、主体的・対話的で深い学びを実現する授業実践が教員に求められるようになった。
しかしながら、文部科学省(2021)の全国の教員を対象とした調査結果より、「授業にICTを活用して指導する能力」のうち、「知識の定着や技能の習熟をねらいとして、学習用ソフトウェアなどを活用して、繰り返し学習する課題や児童生徒一人一人の理解・習熟の程度に応じた課題などに取り組ませる(65.4%)」「グループで話し合って考えをまとめたり、協働してレポート・資料・作品などを制作したりするなどの学習の際に、コンピュータやソフトウェアなどを効果的に活用させる(62.3%)」の項目について、「できる」もしくは「ややできる」と回答した教員の割合が6割程度と他の項目よりも低い値を示した。さらに、「児童生徒のICT活用を指導する能力」のうち、「児童生徒が互いの考えを交換し共有して話合いなどができるように、コンピュータやソフトウェアなどを活用することを指導する(61.2%)」もまた、同様の結果であった。
以上より、各教科等の目標を達成させることに貢献する協働学習の場面において、児童生徒1人1台端末に搭載されているコンピュータやソフトウェアをどのように活用すれば効果的な学習活用が展開できるかを教員が理解し、自信を持って指導できるようにする教員研修が求められる。だが、協働学習の場面における児童生徒1人1台端末の活用方法のみに着目した教員研修とすると、端末の活用が目的となってしまい、かえって指導力の低下に陥りやすい。児童生徒1人1台端末は「各教科等の目標を達成させる」ことが目的であることを強調することや、従来の授業力として求められる「教材研究」や「めあて(学習問題や問い)」、「板書計画」などと併せて事例を示し、実際に指導の体験をすることが教員研修に求められる。
教育委員会主導の教員研修について
各教科等の目標を達成するICT活用指導力を高めるに際し、ICT活用の段階を考慮する必要がある。三井(2020)は、Puentedura(2006)のSAMRモデルを基に、児童生徒の端末の活用方法の段階を示している。具体的に体育の跳び箱を例にすると、次のようになる。
1)代替(Substitution):機能的な拡大はなく、従来ツールの代用。跳び箱の試技を動画撮影するなど
2)拡大(Augmentation):従来のツールの代用になることに加え、新たな機能の付加。撮影した動画に良い点や改善点を書き込むなど
3)変形(Modification):実践の再設計を可能にすること。撮影した動画を学級内で共有し、手本として練習するなど
4)再定義(Redefinition):以前はできなかった新しい実践を可能にすること。グループウェア内で撮影した動画の相互評価やポートフォリオとして蓄積するなど
教育委員会主導の教員研修は、対象が様々である。例えば、初任者研修やICT活用指導力が乏しい教員を対象とする教員研修の場合は、「1)代替」や「2)拡大」に焦点化し、児童生徒1人1台端末に搭載されているソフトウェアを知り、ノートやワークシートの代わりになったり、これらでは記録できないが端末であれば記録できたりする方法(画像や動画や音声など)の習得を目的とする教員研修が考えられる。
一方、各学校の情報担当教員、あるいは教務主任を対象とする教員研修の場合は、既に「1)代替」や「2)拡大」を習得している教員が多いと予想される。したがって、「3)変形」「4)再定義」に焦点化した授業実践例の提示と指導方法の習得、各学校での啓蒙活動の普及を目的とする教員研修が考えられる。
2021年度と2022年度、筆者は複数の自治体で、小中学校の情報担当教員や教務主任を対象とする
「3)変形」「4)再定義」に焦点化した教員研修を、受講者が1人1台端末を所持したオンラインや対面形式で行ってきた。この教員研修の冒頭では、学習指導案の「本時の展開(導入・展開・まとめ)」において、主体的・対話的で深い学びを意識したICT活用(児童生徒1人1台端末)の場面を示したスライドを提示した(図1)。
「導入」の場面では、主体的な学びを促すために、教科書に掲載されている「探究的な問い(5W1H、なぜ〜だろうか、どのようにすれば〜だろうか、など)」をめあてに示すことと、一人で考えて(自分の端末で)表現する事例を紹介した。なお、紹介する事例は、一つの問い(台形の面積はどのように求められるのだろうか)で多様な解法が生じやすい小学校第5学年の「台形の面積」とした。教員研修に参加した教員は、児童役として1人1台端末を所持し、自身の解法を端末で書き込んだ。
「展開」の場面では、端末に書き込んだ教員自身の解法を共有ソフト(Jamboard、Googleスライド、Teams、ムーブノート、SKYMENU Classなど自治体に応じて)で共有し、数名で対話する体験をした。この際、はじめは2〜4名での小グループで自分の解法を説明したり質問したりする対話を体験した。その後、共有された解法を投影させながら、小グループで議論し導いた解法を参加者全員に紹介する学習活動を体験した。
「まとめ」の場面では、個人の学習活動に戻って、「この授業で学んだこと(実技系の授業の場合は、できるようになったこと)」の振り返りを記述させることと、この振り返りの記述内容が、本授業の目標が達成したか否かの評価指標に繫がること、振り返りの記述も他者と端末を介して共有することで、児童生徒の学びが深まることを教員研修の参加者に説明した。そして、実際に行われた授業の画像や動画を投影し、改めて、本単元(本時)のめあて(目標)を確認しつつ、図1の流れと児童生徒1人1台端末の活用方法の意義について確認した。協働学習の場面における1人1台端末の活用方法のみならず、導入→展開→まとめの過程を理解することが、従来の授業力とICT活用指導力の融合に繫がると考える。
ICT活用指導力を高めることを目的とした校内研修について
校内研修の目的として、学校全体のICT活用指導力を高めることと、教員によるICT活用指導力の格差を少なくすることが挙げられる。学校全体のICT活用指導力を最も高める校内研修は研究授業である。同僚と一緒に児童生徒1人1台端末を活用した授業をデザイン、実践し、研究協議会でコメントを受ける授業者は、最も学ぶであろう。全員の教員が必ず1回、児童生徒1人1台端末を活用した研究授業を行うと決めた学校は、教員のICT活用指導力が確実に向上する。全員が研究授業を行うことが難しい場合は、管理職が授業参観する機会を設けたり、学年間や教科間で授業参観を行ったりする機会を設ける方法が考えられる。
なお、研究授業で最も重要なのは授業をデザインする時間である。児童生徒1人1台端末を活用した授業の学年、教科、単元、本時が決まったら、授業者は本時の目標を達成するためのICT活用方法を、自身で練るだけでなく、同僚(管理職)や専門家と何度も相談しながら授業を検討することが望ましい。同僚(管理職)や専門家は、授業後に厳しいコメントをするよりも、授業前に当該教科の見方・考え方や教材についての知識を提供したり、授業者が準備した学習指導案に対する厳しいコメントをしたりする方が、授業者の指導力がより向上し、動機づけにも良い影響を与えるだろう。そして、研究授業後の研究協議会では、例えば「どの学習場面が、本時のめあて(目標)の達成に影響をあたえていましたか」の問いを出すことによって、教員が身に付けるべき知識であるTPACK(図2)にある、「①教育(子ども理解・教育方法・評価等)」に関する知識、「②教科内容」に関する知識、「③技術」に関する知識のそれぞれに焦点化した議論が期待できる。
教員によるICT活用指導力の格差を少なくする教員研修の一つとして、全職員がICT担当になる方法がある。洗足学園小学校では、「ICT機器&MDM管理担当」「情報モラル指導・ガイドブック担当」「オンライン授業担当」など様々な組織があり、自分のICTスキルに合わせて、貢献できる仕事を自分で選択する体制を構築している。そして、「Everyone can be a specialist」制度を導入し、教員一人一人が、何らかのソフトウェアのスペシャリストになることを目指している。当該ソフトウェアに関する質問や解決は、担当のスペシャリストが行うことで、教員相互の能力の向上が期待できる。ICT活用を苦手とする教員も、ICTに関係する業務を請け負う体制を整えることが、教員格差を少なくする一手法と考える。
教員研修で管理職・ミドルリーダーが留意すべきこと
管理職やミドルリーダーは、教員のICT活用指導力を最も高める方法は研究授業を行う校内研修であることを理解し、実践する必要がある。校内の全教員が、児童生徒1人1台端末を活用した授業をデザイン、実践し、他の教員から評価される校内研修や授業参観の機会を設けることが重要である。教育課程の検討の際に、児童生徒1人1台端末の利活用に関する文言を加えることはもちろんのこと、研究推進の担当教員や情報担当教員などを中心に、全教員がこの授業を実施し、参観する体制を整えることが求められるだろう。
また、管理職は、定期的に児童生徒1人1台端末を活用した授業が行われているかどうかを確認したり、評価したりすることが重要である。例えば、東京都中央区立銀座中学校では、令和3年度学校経営計画に授業改善の一つとして「(生徒)1人1台の(タブレット)端末の有効活用」が重点目標として掲げられた。これにより、管理職の授業観察シートに、生徒1人1台端末の活用がなされているかどうかの評価項目が含まれることが教員に周知された。さらに、生徒に対する授業評価アンケートを実施し、「この教科を担当する先生はICT機器を活用している(5件法)」の項目を設けた。生徒の回答結果は、学年、教科ごとに分析され、全教職員に共有されている。これを受けて教員は、生徒1人1台端末を活用していると生徒が認識する教科の実践事例を確認し、自分の教科でもICT活用の方法を検討するようになるなど、授業改善に役立てている。
児童生徒1人1台端末が普及した現在、ICT活用の学校間格差が課題となっている。上記の事例を参考に、管理職やミドルリーダーが強いリーダーシップを発揮して、全教員のICT活用指導力の向上を目指した校内研修が実施されることを切に願う。
[参考文献]
・三井一希、戸田真志、松葉龍一、鈴木克明(2020)「小学校におけるタブレット端末を活用した授業実践のSAMRモデルを用いた分析」『教育システム情報学会誌』37(4)、pp.348-353
・文部科学省(2021)「令和2年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)」https://www.mext.go.jp/content/20211122-mxt_shuukyo01-000017176_1.pdf(参照日2022/07/03)
・小柳和喜雄(2016)「教員養成及び現職研修における『技術と関わる教育的内容知識(TPACK)』の育成プログラムに関する予備的研究」『教育メディア研究』23(1)、pp.15-31
・Puentedura,R.R.(2006)“Transformation,technology,and education”, http://hippasus.com/resources/tte/(参照日2022/07/04)
・洗足学園小学校ICT “Team”, https://sites.google.com/senzoku.ac.jp/ict/team(参照日2022/07/04)
Profile
北澤 武 きたざわ・たけし
東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻博士後期課程修了。博士(工学)。私立小学校教員、首都大学東京大学教育センター准教授、東京未来大学モチベーション行動科学部准教授、2013年10月より東京学芸大学自然科学系技術・情報科学講座情報科学分野准教授、2019年4月より、同大学大学院教育学研究科教育実践創生講座准教授を経て、2022年4月より同大学大学院教育学研究科教育実践創生講座教授。教育工学、科学教育、情報教育、学習科学を研究分野とする。東京都中央区教育委員会「ICT教育推進検討委員会委員」、足立区立辰沼小学校開かれた学校づくり協議会委員、公益財団法人パナソニック教育財団専門委員。日本教育工学会理事、日本科学教育学会理事、AI時代の教育学会理事、日本教育工学協会理事。主な著書として『ICT活用の理論と実践:DX時代の教師をめざして』(北大路書房、2021年)『主体的・対話的で深い学びに導く学習科学ガイドブック』(北大路書房、2019年)『小学校におけるプログラミング教育の理論と実践』(学文社、2019年)などがある。