田村 学の新課程往来
田村 学の新課程往来[第10回]思考スキルと思考ツール
授業づくりと評価
2020.04.15
田村 学の新課程往来
[第10回]思考スキルと思考ツール
國學院大學教授
田村 学
(『学校教育・実践ライブラリ』Vol.10 2020年2月)
求められる思考力の育成
実社会で活用できる能力が求められる時代では、思考力の育成がどの国においても大きな課題となっている。朝日新聞とベネッセ教育総合研究所が共同で実施した「学校教育に対する保護者の意識調査」の結果にも、同様の結果が示されている。
「論理的に考える力」…………84.1%
「物事を多面的に考える力」…87.9%
「課題を発見する力」…………86.2%
「主体的に行動する力」………88.8%
これは、各項目に対して「とても」「まあ期待するの数値である。保護者が求める学力は、実社会で活用できる能力であることを物語っている。中でも、思考力の育成が期待されていることは明らかと言えよう。
この思考力を育成していくためには、考える力や思考力といったビッグワードをそのまま使っていては実現は難しい。まずは「比較して考える」「関連付けて考える」などの思考スキルとして具体化することが欠かせない。さらに、思考力を育成する学習活動が求められる。ここに思考ツールの必要性が生まれる。
思考力を育成する思考ツール
比べたり分類したりして考えるためのベン図、統合して考えるためのピラミッドチャート、関連付けて考えるためのウエッビングマップなどの思考ツールを用いることが思考力を育成するためには有効である。これらの思考ツールは、学習者としての子供の情報処理が期待する方向に向かうようなフレーム、枠組みとなっている。したがって、自ずと期待する思考力が発揮され、結果として思考力は育成されていく。
また、この思考ツールを用いた学習活動では、自ら学び、共に学ぶ子供の姿が生まれやすい。その理由の一つは、情報の可視化にある。つまり、思考ツールを使うと、処理する情報「つぶ」と情報処理の方向「組立方」、その結果として成果物「かたまり」がよく見える。この「つぶ」「組立方」「かたまり」がよく見えること、つまり可視化されていることが子供の学習活動や思考の活性化を生成する。
総合的な学習の時間と思考ツール
思考力を育成するには、総合的な学習の時間の探究プロセス(①課題の設定、②情報の収集、③整理・分析、④まとめ・表現)の中の整理・分析場面がふさわしい。整理・分析とは、「収集した情報を、整理したり分析したりして思考する」であり、まさに思考力を発揮し、思考力を育成する格好の場面と考えられる。しかも、総合的な学習の時間では、身の回りの混沌とした暮らしの中における様々な情報を処理し、そこに新しい関係や傾向を見出すことをしていく。極めてノイズの多い情報を処理しなければならない場面に出くわす。したがって、思考ツールのような情報を適切に処理する手立てが必要になってくる。結果的には、思考ツールの活用により、整理・分析場面が確かになり、探究のプロセスが質の高いものとして実現していくこととなる。
このように考えてくると、思考力を育成するためには、総合的な学習の時間の探究のプロセスが充実することと深く関わっていることが分かってくる。思考力のようなより高次な能力の育成をするためには、知識の習得のように「ここだけは覚えておきなさい」などと叱咤しても難しいことは容易に理解できる。知識の習得のための暗記・再生型の授業ではとうていその実現は難しい。したがって、思考力などの能力を育成するためには、自らの問題の解決に向けて思考力を存分に働かせる学習活動が用意されることが必要となる。問題の解決や探究活動の過程において論理的に考えて原因を明らかにしたり、拡散的に考えて新しいアイディアを生み出したりしていく。こうして自らの課題を解決するための確かな探究活動を繰り返していくことこそが大切なのである。
思考ツールを活用する子供の成長ステップ
思考ツールを活用する際の留意点としては、「必然性(思考ツールを使う状況であるか)」「妥当性(求められる情報処理に相応しい思考ツールであるか)」「簡便性(手順ややり方が分かりやすくシンプルな思考ツールであるか)」「充足性(思考ツールを使った経験があるか)」などがある。しかし、思考ツールを活用した学習活動は、子供にとってさほど大きなハードルではない。むしろ自在に使いこなし、活用の仕方が進化していく子供の姿を目にすることが多い。
その進化の段階としては、およそ次の5つのステップが考えられる。
①ステップ1【単独】:教師が用意した思考ツールを活用して考える
②ステップ2【選択】:子供が自ら思考ツールを選んで考える
③ステップ3【複合】:子供が複数の思考ツールを組合せて考える
④ステップ4【創造】:子供がオリジナルな思考ツールを開発して考える
⑤ステップ5【離脱】:子供が思考ツールを使わずに考える
①〜⑤のステップを見ていくと、単に学習活動で思考ツールを使えばよいだけではないことが明らかになってくる。まずは、思考ツールとそこで行われている思考スキルを自覚していることが必要になる。どのような情報処理をする際に、どのような思考ツールを使っているかを学習者自身が理解していることが大切になる。次に、多様な思考ツールを経験することが必要になる。様々な思考のタイプとフレームイメージをシンクロさせることも大切になる。そして、考えていく過程をメタ認知的に捉えることが必要になる。そのためにも、思考ツールを使った学習活動に話合いなどのインタラクションと振り返りなどのリフレクションを位置付けることが有効となろう。最後は、思考ツールを活用することの良さを実感することが必要になる。自分にとっての価値ある学習こそが新たな工夫や創造を生み出すからである。
思考力を育成し、探究プロセスを質的に高め、話合いや意見交換などの協働的な学習の実現に向かう思考ツールは、「主体的・対話的で深い学び」を具現する重要な学習活動の一つと考えることができる。
Profile
國學院大學教授
田村 学
たむら・まなぶ 1962年新潟県生まれ。新潟大学卒業。上越市立大手町小学校、上越教育大学附属小学校で生活科・総合的な学習の時間を実践、カリキュラム研究に取り組む。2005年4月より文部科学省へ転じ生活科・総合的な学習の時間担当の教科調査官、15年より視学官、17年より現職。主著書に『思考ツールの授業』(小学館)、『授業を磨く』(東洋館)、『平成29年改訂小学校教育課程実践講座総合的な学習の時間』(ぎょうせい)など。