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続・校長室のカリキュラムマネジメント

末松裕基

続・校長室のカリキュラムマネジメント[第3回]常に考えながら、言葉を新たにしていく

NEW学校マネジメント

2020.12.23

続・校長室のカリキュラムマネジメント[第3回]常に考えながら、言葉を新たにしていく

『学校教育・実践ライブラリ』Vol.3 2019年7月

東京学芸大学准教授
末松裕基

 前回は学校経営における言葉の重要性を一緒に考えました。今回ももう少しこの問題を考えるところから始めたいと思います。

 そもそもなぜ、このようにわたしが言葉という、一見学校経営とは直接には関係のないことを題材にしているかということから説明をしてみたいと思います。

 学校という組織は教職員に限らず、保護者や地域住民、教育行政関係者、そして、近年であれば多様な専門家や職種が関わっていくものと捉えられています。

 ただ、ここで注意が必要なのは、そのような多種多様な立場や価値観をもつ人々が、教育や子育てという抽象的で曖昧な目標に向かって、必ずしも無条件に予定調和的に意見の一致を得る必要はないということです。

 もちろん、様々な利害の対立や意見の相違が、学校経営を進めるに当たって生じてきますし、本来、人間は一人一人異なった価値観をもっていますので、考えがぶつかるのは当然のことです。

 ただ、それでは、このような状況を成り行きに任せておくだけでよいかというと、そういうわけにもいきません。そして、保護者や行政の要求にのみ応じているだけでも、学校や教職員は受け身になるだけですので、それなりに方針や考え方をもって、様々な人々の意見や考えに向き合っていくことが求められます。

人間は言葉を使って集団を維持する

 人間が動物と違うのは、異なる価値観や考えをもつ相手を前にしても、議論や交渉によって、どうしたら相手にわかってもらえるかを考えようとする点です。つまり、人間は言葉を使って話し合いをして集団を維持します。

 かつてアリストテレスは“神様と動物には政治はいらない”と言ったそうです。そして“政治をするのは人間だけだ”とも言いました。人間が生きる社会にはどうしても、対立や矛盾が生じます。しかし、人間はそれを政治の力で乗り越えていかなければなりません。そして、その政治を大きく左右し、根幹に位置付くのが、言葉です(宇野重規『未来をはじめる―「人と一緒にいること」の政治学』東京大学出版会、2018年、55-56頁)。

 このように考えると、学校関係者の間でどのような言葉が頻繁に使われているか。また、教員が保護者と会話をする際に、どのような言葉を使おうとしているか。さらに、校長が教職員に語りかける際に、どのような言葉を大切にしているか。このようなことを意識するだけでも、わたしたちの日々の生活の在り方や、結果的には、その学校の様子が大きく変わってくると思います。

 こういったことを最近よく考えながら、学校の先生方とお話をするようにしています。教育政策や学習指導要領で突然登場してきた言葉を用いることは避けてほしいなどとは言いませんが、無意識に特定の言葉を難なく用いて、気付かないうちにそれらの大括りの意味や使用方法に慣れ、自らの言葉に対する意識や価値観に無自覚になっていないか。そういうことをここでは問うているのです。これはマスメディアやわれわれが日常的に使っているSNS等のメディアでの言葉使いについても当てはまると言えます。

 最近、学生の授業レポートを見ていても、非常に感情的な言葉を短文で表現するのには慣れてはいるものの(英単語で「つぶやく」を意味するtweetを使ったツイッターというSNSはこの辺りをうまくシステム化しています)、じっくり思考しながら、相手の発言を自ら受け止めたのち、さらに、自分が考えていることを抽象化して表現するのは苦手なようです(LINEのスタンプもそのような面倒な思考過程をアウトソーシングできます)。

言葉を常に考える=常に新たにしていく

 詩人の谷川俊太郎さんが、対談で自らが言葉とどう向き合っているかを述べています。対談相手はエッセイストの内田也哉子さんです。

谷川:(略)最初から言葉も詩も信用してないんですよ。

内田:それはどういうことですか。

谷川:こんなもの何の役に立つのかしらとか、言葉なんて現実の1パーセントも捉えてないじゃないかとか、詩を書くなんて男子一生の仕事ではないとか……。

内田:そんなことを思っていたりするんですか!?

谷川:いまでも一貫してそうですね。むしろ、だからこそ、ずっと書きつづけることができたという感じなんですよ。信用できなくて、こんなものを書いたってしょうがないじゃないか、もっとほかの書き方があるはずだ……そういうことを繰り返してきて、わりとたくさん書いちゃったところがある。だから、疑いを失わなかったのが自分にとってプラスだったんでしょう。

(『KAWADE道の手帖 長新太』河出書房新社、2007年、15頁)

 言葉を専門にし、職業にしている方の強い覚悟のようなものと同時に、言葉を丁寧に扱って向き合っているからこそ、そこに過信はなく、また絶対的なものとして信じ込むのではなく、常に自分の言葉を厳しく問う姿勢が読み取れます。

 これは普通に考えると、相当に難しいことだと思います。だからこそ、谷川さんは常に柔軟な言葉を新たに紡ぎ出せ、そして、多くの人にその言葉が届いているのだと思います。

 同じ対談のなかで、先に引用した少し前に「ぼくは言葉に関しては、子どもの感覚を自分のなかから取り出そうとしているんだけど、やっぱり生きていく中で、いったんは子どもではなくなったんですね。そして子どもの大事さに気づいた」とも述べています。

 学校に目を向けると、最近だと「カリキュラム・マネジメント」などは非常に特殊な言葉だと思いますし、そして、少し考えると「学校」という言葉も絶対的なものではないことがわかります。“わたしが使っている「学校」という言葉はどのようなイメージを指して使っているのか”このように問うことも可能です。そして、「本校では」など、特定の文脈で使われるような言葉でも、“どのような学校をイメージしてわたしは「本校」と使っているのか” “これを聞いている先生方はどのようなものとして受け止めているのか”このようなことを立ち止まって考えていくだけでも、もともと様々な考えをもつ人間が互いにうまく生きていくヒントが見出されると思います。

 

 

Profile
末松裕基(すえまつ・ひろき)
専門は学校経営学。日本の学校経営改革、スクールリーダー育成をイギリスとの比較から研究している。編著書に『現代の学校を読み解く―学校の現在地と教育の未来』(春風社、2016)、『教育経営論』(学文社、2017)、共編著書に『未来をつかむ学級経営―学級のリアル・ロマン・キボウ』(学文社、2016)等。

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学芸大学准教授

専門は学校経営学。日本の学校経営改革、スクールリーダー育成をイギリスとの比較から研究している。編著書に『現代の学校を読み解く―学校の現在地と教育の未来』(春風社、2016)、『教育経営論』(学文社、2017)、共編著書に『未来をつかむ学級経営―学級のリアル・ロマン・キボウ』(学文社、2016)等。

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