「こころ」を詠む [第5回] 卒業やカーテン淡き保健室
トピック教育課題
2023.05.01
目次
「こころ」を詠む[第5回]
卒業やカーテン淡き保健室
克弘
子どもの頃、国語のテストの「作者の言いたいことを答えなさい」という質問文に、「知るかよー!」と思った経験、ありませんか?私もその一人でした。それが今年、まさかの「作者の言いたいこと」を作者自身が答える、という体験をすることになるとは……。
二〇二一年に、児童文学『そらのことばが降ってくる 保健室の俳句会』(ポプラ社)を刊行しました。いじめのために教室に行けなくなった中学生の主人公・ソラが、保健室登校をする中で俳句好きのハセオに出会うことで、句会に誘われ、人を傷つけることも救うこともできる言葉について考えを深めていく、というストーリー。主人公とその友人の名前は、紀行文『おくのほそ道』の旅をした芭蕉と曾良の名前から取りました。
俳句を取り扱った児童文学は珍しかったのでしょう、幸い好評を得て、第七十一回小学館児童出版文化賞を受賞することになりました。また、二〇二二年度の桜蔭中学校、学習院女子中等科(帰国子女対象)の入試問題にも引用してもらいました。
子どもの作る俳句は、素直なところが魅力的です。もう二十年近く、読売新聞でKODOMO俳句というコーナーを担当していて、そこに寄せられてくる小学生の俳句は、とにかく自由、奔放。おそらく、本当に俳句が作りたくて作っている子どもは稀で、多くが学校の先生から言われて作らされているのだと思うのですが、「めんどくさいなー」と思いながら適当に作っているスタンスが、いい具合に肩の力が抜けているために、はからずも面白い句が生まれるのです。
そのように子どもの俳句に触れてきた経験が、執筆の契機でもあったので、担当の記者さんに受賞と入試問題採用のことを報告したところ、「ぜひ記事にしたいので、入試問題を作者自身で解いてもらって、国語の入試問題に備えている受験生へのコツを教えてもらえないだろうか」という依頼がありました。
作者自身が作者の気持ちを答える、というのは、はじめての体験です。少年時代に、「作者の言いたいことを答えなさい」に「知るかよー!」と思った一人ではありますが、もうそれではすまされない。久しぶりに学生時代に戻った気持ちで、それぞれの入試問題に、取り組んでみました。模範解答は、あえて知らないままにして。
けんめいに解答を仕上げて(試験時間よりはるかに長く掛けてしました)、記者さんに送り、やがて掲載記事が送られてきました。そこには、私の解答と、中学校の解答例が並んで載せられていました。
それを見て思ったのは、やはり作者の思い入れが、強く出てしまうな〜ということ。たとえば、「作者が『ヒマワリの種』を『大地のパワーのおおもと』と言い換えているのはなぜだと考えられるか」という問題。ソラは、自分の顔のほくろをヒマワリの種に譬えた俳句をハセオが詠んだことにショックを受けるのですが、対話するうちに、傷つけたかったわけではないとわかり、仲直りをします。そこで、誤解のもとになったヒマワリの種を捨ててしまわないで、「大地のパワーのおおもと」と呼んで、握りしめるという場面なのですが……。学習院女子中等科の模範解答では「話を聞くうちにハセオの気持ちがソラにも伝わり、ヒマワリの種が特別な力や元気の出るもとのように思えてきたソラの気持ちの変化を表しているから」と、まさに簡にして要を得た解答。一方、作者である私の解答は「二人の友情がいっそう深まり、俳句活動も熱を帯びていくことを暗示している」という、「書かれていないこと」にまで踏み込んだ内容になってしまっていました。
「作者が……言い換えているのはなぜだと考えられるか」という問題なので、作者がそう言っているんだからそれでいいのだ!と開き直ることもできるのでしょうが、あくまで文章というのはそれ自体で独立したもの。読者の解釈が作品をよりよく見せるのであれば、作者はむやみに主張せず、ただ引き下がるのみ。やるべきことをやったらあとは若者に任せてすっと音もなく去ってゆく、クリント・イーストウッド監督の映画の主人公のようにふるまうべきなのです。
先日、記事にしてくださった記者の方との忘年会がありました。そこで、記事の話になった際、微酔の勢いで「実際に先生方に採点してもらいたいですね〜」と気軽に振ってみたところ、実は某大手予備校の先生に採点をしてもらった、と言うではありませんか。
「えっ、何点でしたか?」と思わず前のめりになって聞くと、いかにもすまなさそうに、「書くべきところが書いていなかったということで、百点満点換算で五十点でした」。
全国の受験生の皆さん、「作者の言いたいことを答えなさい」、作者も答えられないんだから、どうか間違っててもがっかりしないで、気持ちを切り替えてね。
Profile
髙柳克弘 たかやなぎ・かつひろ
俳人・読売新聞朝刊「KODOMO俳句」選者
1980年静岡県浜松市生まれ。早稲田大学教育学研究科博士前期課程修了。専門は芭蕉の発句表現。2002年、俳句結社「鷹」に入会、藤田湘子に師事。2004年、第19回俳句研究賞受賞。2008年、『凛然たる青春』(富士見書房)により第22回俳人協会評論新人賞受賞。2009年、第一句集『未踏』(ふらんす堂)により第1回田中裕明賞受賞。現在、「鷹」編集長。早稲田大学講師。新刊に評論集『究極の俳句』(中公選書)、第三句集『涼しき無』(ふらんす堂)。2022年度Eテレ「NHK俳句」選者。中日俳壇選者。児童小説『そらのことばが降ってくる 保健室の俳句会』(ポプラ社)で第71回小学館児童出版文化賞を受賞。