「こころ」を詠む [第4回] 電脳の妖精の国冬籠

トピック教育課題

2023.03.06

目次

    「こころ」を詠む[第4回]

    電脳の妖精の国冬籠

    克弘

    『教育実践ライブラリ』Vol.4 2022年11

     チェスでも将棋でも、すでにAI(人工知能)がプロを破る時代です。文芸の世界にも、AIは進出し始めています。とはいっても、いきなりAIが長大な小説を書けるわけではありません。まずはじめに俳句を詠ませてみようとなるのも、自然なことといえるでしょう。

     この連載の第三回(『新教育ライブラリPremier』Vol.3)でも紹介したのですが、工学博士の川村秀憲氏が、勤務している北海道大学のスーパーコンピューターで創り出したのが「AI一茶くん」です。インプットされた小林一茶、正岡子規、高浜虚子という歴史上の俳人の句をもとに、言葉を組み合わせることによって、一秒間に四百句という数の俳句を、二十四時間休みなくアウトプットすることができるそうです。

     あるテレビ番組で、新型コロナ流行で無人になった銀座の和光前の写真から、「AI一茶くん」が句を詠むことになりました。膨大な句の中から、私が最終的に番組で紹介するものとして選んだのは、

      宙吊りの東京の空春の暮 AI一茶くん

    という句でした。感染症がどれほど拡大するのか、先が見えていない時代の不安感を「宙吊りの」がうまく言い当てていると感じたのです。テレビ放送があったあとで、「AIがあんなうまい句を作るとは!」とか「プロ俳人顔負けだね」などという感想を聞きました。でも、選んだのが自分自身だったせいか、正直なところ、「AI一茶くん」を讃える気にはなれませんでした。プライドもあったのでしょう。所詮は「数うちゃ当たる」のお遊びじゃないか。そう見限って、以来、「AI一茶くん」のことは、忘れていたのですが……。

     最近、再び「AI一茶くん」とあいまみえる機会がありました。また別のテレビ番組なのですが、今度はお題の写真に基づいて作った「AI一茶くん」の俳句と私の俳句とを、作者が誰であるかは伏せて並べて、スタジオの芸能人に判定してもらうという企画です。渡されたのは、六枚の写真。紅葉が湖に映っているところとか、丘の上の桜に向かってランドセルの小学生が駆けだしているところとか、「いかにも」な写真です。

     しかし、今度は私が選句に関わらなかったからか(選句したのは番組のスタッフでした)、素直に良いなと思える句が出てくるのです。

     たとえば、家族四人が鍋を囲みながら、団欒をしている写真。

      牛肉が鍋に煮えてる冬の海 AI一茶くん

     家の中の温かい鍋と、外の寒々しい冬の海を組み合わせて作るところ、なかなか「分かっている」作り方です。私は、

      寄鍋のみな大いなる海老狙ふ 克弘

    と、ひとつまみの「俳味」、つまり笑いの要素を入れてみました。AIには、笑いの機微はなかなか掴めないだろう、という作戦です。

     あるいは、雪の温泉に猿の親子が浸かっている写真からは、

      父よりも母との記憶霜柱 AI一茶くん

    という句を出してきました。これにも、内心、唸ってしまいました。たしかに、大概の子どもにとって、仕事で家にいない父よりも、ふだん接してくれる母の方が、記憶に色濃く根付くものです。雪の中で寄り添う猿の親子のことを詠んでいるようでありながら、人間の家族のことも背景に匂わせていて、なかなかの作です。私は、

      雪の湯に猿の親子のむつまじき 克弘

    と、ありのままに風景を詠んで、素朴さで対抗してみました。

     さて、スタジオの芸能人たちは、「AI一茶くん」と私の句、どちらを「プロ」と判断するでしょう。判定のシーンは別撮りなので結果はまだわからず、放送が楽しみなのですが、ちょっと危機感も覚えています。本当にいつか、AIが人間以上の秀句を作る時代が来るのかも。そうしたら、俳句を仕事にしている私はどうしたら……!?

     俳句対決の収録の最後は、放送で使う短いカットの撮影でした。私は、自作の俳句を書いた短冊を持たされ、顔のわきに掲げて、次のセリフをにこやかに言うように指示されました。

     「この俳句を作ったのは、私、俳人の髙柳克弘でした!」

     一枚の写真につき、三句作っていますから、全部で十八句。そのすべてについて、同じセリフでのカットを撮り続けます。実際の放送では、数パターンしか使わないそうですが、念のため、十八句すべてについて撮っておきたいとのこと。

     「この俳句を作ったのは、私、俳人の髙柳克弘でした!」→短冊を差し替え→笑顔を作る→「この俳句を作ったのは、私、俳人の髙柳克弘でした!」→また次の短冊に差し替え→笑顔を作る→「この俳句を作ったのは、私、俳人の髙柳克弘でした!」→また次の……

     これを延々と繰り返しているうちに、私は、なんだかこんなことをさせられている私の方が、ずっと機械っぽいように思えてきました。真冬の、ちょっとしたホラー体験でした。

     

     

    Profile
    髙柳克弘 たかやなぎ・かつひろ
     俳人・読売新聞朝刊「KODOMO俳句」選者
     1980年静岡県浜松市生まれ。早稲田大学教育学研究科博士前期課程修了。専門は芭蕉の発句表現。2002年、俳句結社「鷹」に入会、藤田湘子に師事。2004年、第19回俳句研究賞受賞。2008年、『凛然たる青春』(富士見書房)により第22回俳人協会評論新人賞受賞。2009年、第一句集『未踏』(ふらんす堂)により第1回田中裕明賞受賞。現在、「鷹」編集長。早稲田大学講師。新刊に評論集『究極の俳句』(中公選書)、第三句集『涼しき無』(ふらんす堂)。2022年度Eテレ「NHK俳句」選者。中日俳壇選者。児童小説『そらのことばが降ってくる 保健室の俳句会』(ポプラ社)で第71回小学館児童出版文化賞を受賞。

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