「こころ」を詠む [第2回] さくらんぼ冷えてをりけり詩集伏す

トピック教育課題

2022.11.29

「こころ」を詠む[第2回]

さくらんぼ冷えてをりけり詩集伏す

克弘

『教育実践ライブラリ』Vol.2 2022年7

芭蕉の足跡

 先日、山形県を旅してきました。講演の仕事があったのですが、せっかくなので芭蕉の足跡をたどりたくて、尾花沢に立ち寄りました。ここで芭蕉は、地元の紅花大尽の家に三泊、その後は近くのお寺に七泊と、かなり長く滞在しています。心づくしの歓待が、うれしかったのでしょうね。『おくのほそ道』では、「日比とどめて、長途のいたはり、さまざまにもてなし侍る」と前置きをして、

涼しさを我宿にしてねまる也   芭蕉

の句が載っています。置いてもらった家は涼しくて、まるで我が家のように思ってくつろいでいるよ、という意味です。「ねまる」は、寝るという意味ではなく、くつろぐという意味で、この地方の方言です。なまりを俳句の中に取り入れて、土地の人への挨拶としたわけです。

 私も芭蕉に倣って、七泊のお寺「養泉寺」を訪れました。思ったよりも小さなお寺で、本堂しかありません。芭蕉と同伴者の曾良、二人とはいえ、これでは寝泊まりするところもないのでは。疑問に思い、御朱印を買う列に並んで、寺務所の方に聞いてみました。

 みちのくの方はなまりが強く、聞き取れないところもありながら、別当さんの丁寧な説明で、あらましがわかりました。昔はもっと大きな寺だったのが、火災で焼けて、今のお堂は明治に再建したとのこと。
「昔のお堂の茅葺が見られますよ」(私にはなまりを再現できないのでリライトしています)と、真っ黒に日焼けして溌溂とした別当さんは、お堂の中に招いてくれました。彼女の指さした先の天井板は、一部が外されていて、そこからうっすらとかつての茅葺が見えます。

 「ちょうどいま、御開帳ですから、運がいいですよ。十二年に一度ですからね」

 お堂に上がったついでに、本尊を間近に見られて、私は大興奮。なにしろ、芭蕉も拝したであろう仏像です。当時の別当さんが、せめてこれだけはと、炎の中から決死の思いで助け出したそうです。

 寺の縁起を懇切に説明してくださったその親切心に、私はかつて芭蕉を歓待した尾花沢の人々も、このような心を持っていたのだろうと想像しました。これならば、何泊もしたくなったでしょう。

 途中からは、別当の息子さんも会話に加わり、しばし楽しい時間を過ごしました。芭蕉が句に詠みこんだ「ねまる」の方言について聞いてみると、今でも地元の人は「ちょっと、ねまっていげ」などと使うそうです。息子さんから「ねまる」のネイティブの発音を聞けて、またもや興奮。もっと話していたかったのですが、御開帳で参拝客も多い時期、あまり長居しても悪いと、惜しみつつ寺を後にしました。次は尾花沢の道の駅に向かい、名物のもつ煮込み定食をいただく予定でした。ただスマホで調べてみると、道の駅はここから徒歩では難しい距離にあるようです。気ままなもので、事前に調べることをしないのが仇となりました。さっきの親切な別当の母子に、近くに頃合いのタクシー会社がないかどうか、尋ねてみようと、踵を返します。すると、

「それなら、俺が送っていきますよ」

 なんと、息子さんが、車を出してくれることになったのです。

 道の駅についてからは、「次はどこにいくのですか」と聞かれ、「駅に戻って新幹線で東京に帰ります」と答えると、

 「じゃあ、駅まで送りますから、食べてきてください。おれ、駐車場で待っていますから」
 
 と、屈託のない笑顔を向けるではありませんか。

 さすがにそれは申し訳ないと、何度も辞退したのですが、結局はご厚意に甘えることにしました。尾花沢の方はみんな人情に篤いのか、またはこの青年が特別なのか……私なら、一か月くらいは滞在してしまうかも。おいしい食べ物や、珍しい風景にまさる旅の楽しみとは、人との触れ合いにほかなりません。

「涼しさを我宿にしてねまる也」

 ふだん、人の間に生きていると、うんざりすることも多いですね。兼好法師は『徒然草』の中で、人間をうごめく蟻にたとえました。「生をむさぼり利をもとめて、やむ時なし」(第七十四段)……確かにこれも一面の真理です。芭蕉も、人間の欲望にうんざりして、自然の美に生きようとした人でした。でも、どこかで人間の素晴らしさや美しさも信じていたのではないでしょうか。なぜ、芭蕉が旅に生きたのかは、さまざまな理由がいわれていますが、土地の人々とのつながりも大きな理由だったことを、養泉寺の青年は教えてくれました。いつも同じ人と顔を突き合わせていると、醜さや汚さも見えてきて、人間が嫌になります。でも、旅の中で交わされる淡い付き合いは、人間の良質な部分を見せてくれます。「涼しさを我宿にしてねまる也」……青年が送ってくれた駅から新幹線に乗って、シートに身を横たえた私は、この句の「ねまる」の心地よさを、真にわかった気がしました。

 

 

Profile
髙柳克弘 たかやなぎ・かつひろ
 俳人・読売新聞朝刊「KODOMO俳句」選者
 1980年静岡県浜松市生まれ。早稲田大学教育学研究科博士前期課程修了。専門は芭蕉の発句表現。2002年、俳句結社「鷹」に入会、藤田湘子に師事。2004年、第19回俳句研究賞受賞。2008年、『凛然たる青春』(富士見書房)により第22回俳人協会評論新人賞受賞。2009年、第一句集『未踏(ふらんす堂)により第1回田中裕明賞受賞。2016年、第二句集『寒林』(ふらんす堂)刊行。現在、「鷹」編集長。早稲田大学講師。新刊に評論集『究極の俳句』(中公選書)、児童小説『そらのことばが降ってくる 保健室の俳句会』(ポプラ社)、第三句集『涼しき無』(ふらんす堂)。2022年度Eテレ「NHK俳句」選者。中日俳壇選者。

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