学制150年の歴史を振り返る

中澤 貴生

学制150年の歴史を振り返る 第4回 ― 構造改革の進行、教育基本法の改正 ―

新刊書のご案内

2022.12.01

『学制百五十年史』市販版の刊行を前に、学校制度を巡る150年の歴史を7回に分けて簡単に概観する連載をしています。
今回は、内閣総理大臣の下で開催された教育改革国民会議から始まり、21世紀初頭の国と地方の三位一体改革に伴う義務教育費国庫負担制度改革、認証評価と国立大学の法人化、教育基本法の改正までです。
規制緩和や地方分権などの流れと教育基本法改正などの流れが、並走して急速に進んでいきます。

 

教育改革国民会議の報告

 平成12年(2000年)年3月、教育の基本に遡った幅広い国民的議論が必要であるとして、内閣総理大臣の下で「教育改革国民会議」が開催されることとなりました。この会議は、法律に基づく審議会ではないという点で先の臨時教育審議会とは異なっており、その後の官邸主導による教育改革でも同様の手法がとられるようになりました。
 約9か月後の同年12月には、「教育改革国民会議報告 ― 教育を変える17の提案 ― 」が森内閣の下で取りまとめられ、新しい時代にふさわしい「教育基本法」の見直しと教育振興基本計画の策定が提言されました。
 また、この報告では、
 ①「人間性豊かな日本人を育成する」
教育の原点は家庭である/学校は道徳を教える/奉仕活動を全員が行う/問題を起こす子どもへの教育をあいまいにしない/有害情報等から子どもを守る など
 ②「一人ひとりの才能を伸ばし、創造性に富む人間を育成する」
一律主義を改める教育システムを導入する/知識偏重を改め大学入試を多様化する/リーダー養成のため大学・大学院の機能を強化する/職業観・勤労観を育む教育を推進する など
 ③「新しい時代に新しい学校づくりを」
教師の意欲や努力が報われ評価される体制をつくる/学校や教育委員会に組織マネジメントの発想を取り入れる/新しいタイプの学校(コミュニティ・スクール)を設置する など
が提言されています。

 

「ゆとり教育」論争、新しい歴史教科書

 平成13年(2001年)、新しい「21世紀」の時代が到来しました。
 政治主導の実現と縦割り行政の是正を目指し、中央省庁が1府12省庁に抜本的に再編されたことにより、「文部科学省」が発足し、所管の施設等機関も多くが独立行政法人へと移行しました。
 平成14年(2002年)には完全学校週五日制に移行し、新しい学習指導要領も小中学校で全面実施されましたが、この学習指導要領改訂に基づく教育は、世間では「ゆとり教育」と呼ばれるようになり、学力低下を危惧する議論が次第に大きくなってきました。
 文部科学省では、国際的な学習到達度調査PISA(=OECD(経済協力開発機構)による生徒の学力到達度調査)での国際的順位等に対する世論も踏まえながら、教科書に発展的学習の記述を容認する、確かな学力の向上に向けた改革プランやアピールを公表するなど、懸念を払拭するための様々な対応がなされていくようになります。
 一方、「新しい歴史教科書をつくる会」が編集に関わった中学校教科書が新たに教科書検定で合格したこと等に対し、韓国から修正要求がなされるとともに、各地の教育委員会などでも議論が起こったことから、文部科学省から各教育委員会に対し、静謐な教科書採択の環境確保を求める指導も行われました。

義務教育の見直し、大学の認証評価と国立大学法人化

 一方、政府全体では財政状況の悪化等を背景に、平成14年(2002年)以降、小泉内閣の下で「三位一体改革」と呼ばれる構造改革が官邸主導で進み、それに対応するため、教育の到達目標の明確化や教員評価、学級編制基準の弾力化など義務教育の見直しが行われました。その後、義務教育費国庫負担金に係る国の負担が2分の1から3分の1へ引き下げられ、公立学校等施設整備費補助金等も大幅に削減される方向となりました。なお、国の規制緩和の一環として構造改革特別区域制度が設けられ、株式会社立の学校なども設立できるようになっています。
 一方、大学・学部の新設認可については、事前規制から事後評価の充実へ重点を移す観点から、従来の抑制方針が緩和へと見直されていきました。平成16年(2004年)には、国公私立大学が外部評価機関からの評価を受ける「認証評価」制度の導入、国立大学や国立高等専門学校の法人化等の制度改革を通じ、競争的環境の中で一層の自己統制とガバナンス改革が求められるようになるなど、政府全体で様々な行財政改革の流れが続いていきました。
 なお、平成18年(2006年)には、幼稚園と保育園の機能を併せ持つ「認定こども園」の創設や、盲学校・聾学校・養護学校から「特別支援学校」への移行のための法改正も行われています。

教育基本法の全部改正

 その後の教育に係る出来事としては、「教育基本法の改正」と「教育再生会議・教育再生実行会議」の動向を見逃すことができないでしょう。

 教育基本法については、戦後、半世紀の間、一度も改正がなされませんでしたが、様々な議論を経て、平成18年(2006年)に全面改正が行われました。この改正は、「人間性豊かな日本人を育成する」等を目指した教育改革国民会議報告などを踏まえ、これまで教育基本法が掲げてきた普遍的な理念を継承しつつ、公共の精神の尊重や伝統の継承などの視点を明確にしたものとされています。
 具体的には、
 ① 教育の目的・目標として、人格の完成をめざし国家及び社会の形成者としての国民の育成を期して、公共の精神や伝統と文化の尊重などを明記する  ② 教育の理念として、教育の機会均等に加え、生涯学習や今日重要と考えられる事柄を新たに追加する  ③ 教育の実施に関する定めを、家庭教育や幼児教育を含めた形で見直す  ④ 国と地方公共団体の役割を明確にするとともに、教育振興基本計画を策定する などです。
 なお、新しい教育基本法には、従前の教育基本法にあった「男女共学」「全体の奉仕者」「国民全体に対し直接に責任」などの文言は用いられていません。

 

教育三法、教育振興基本計画

 さらに翌年、閣議決定に基づき内閣総理大臣の下で開催された「教育再生会議」からその後の諸改革の萌芽となる幅広い提言が行われました。それも踏まえつつ、教育基本法の改正を受けて緊急に必要とされる教育制度の改正として、①副校長、主幹教諭、指導教諭等の新しい職の設置、学校評価の実施、②「教員免許更新制」の導入、指導が不適切な教員に対する人事管理の厳格化、③教育委員会への文部科学大臣からの指示や是正要求の制度化等を内容とする関連法(いわゆる「教育三法」)が国会で成立しました。
 また、基礎学力の確保を図るため、平成20年・21年(2008年・2009年)の学習指導要領改訂で、主要教科の授業時数の増大、言語活動、理数教育の充実等が示されたことにより、教育内容の精選から増加への方向性の変化が明確になりました。
 一方、平成20年(2008年)には、大阪教育大学附属池田小学校での児童等殺傷事件(平成13年(2001年))以来懸案となっていた学校安全の強化等に係る改正法が成立しています。
 また、教育再生に道筋をつけるための「教育振興基本計画」も同年7月に初めて策定され、10年間を通じた目標と、その実現に向けて5年間で取り組むべき4つの基本的方向、77項目の具体的施策が掲げられました。ただ、諸外国の教育投資水準を参考にするとの方針はあるものの、教育への公財政投資の目標数値自体は計画には明示されていません。

 

●Profile

中澤貴生(なかざわ・たかお)
京都大学法学部卒業。昭和62年文部省入省。大分県教育委員会総務課長、初等中等教育局小学校課課長補佐、内閣官房中央省庁等改革推進本部参事官補佐、岐阜大学教授、内閣官房行政改革推進室参事官、日本学術会議参事官などを歴任。令和2年より『学制百五十年史』の編纂事務に携わる。令和4年、定年退職。

 

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京都大学法学部卒業。昭和62年文部省入省。大分県教育委員会総務課長、初等中等教育局小学校課課長補佐、内閣官房中央省庁等改革推進本部参事官補佐、岐阜大学教授、内閣官房行政改革推進室参事官、日本学術会議参事官などを歴任。令和2年より『学制百五十年史』の編纂事務に携わる。令和4年、定年退職。

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