教師生活が楽しくラクになる魔法の作戦本部
[第５回]　裏切られても、裏切られても、見捨てない

明治大学教授　
諸富祥彦

（『教育実践ライブラリ』Vol.5　2023年1月）

　私は、もう23年も、スクールカウンセラーとして、中学校や高校に勤務してきました。その中で「忘れられない先生」「子どもたちとのかかわりのなかで、大切なことを教えてもらった先生」とも出会ってきました。

　ある中学校は、その当時、県下でも指折りの「荒れた」学校でした。今では聞かなくなりましたが、当時は、常時50人くらいの生徒が、教室の中に入らずに廊下を徘徊していました。

　教師が追いかけると、生徒が走って逃げる。その繰り返しで、いっこうに明るい兆しが見えず、先生方の疲労はピークに達していました。月曜日の教員の欠勤率が20%を超えるところまでいってしまったこともあります。まさに「集団燃え尽き状態」だったのです。

　学校が変わったきっかけは、異動してきた校長が新年度に方針を切り替えたことでした。次の二つの方針を徹底したのです。「大きな声で絶対に怒鳴らない」「絶対に生徒を追いつめない」。真っ赤なTシャツを着てきた生徒も家に帰さず、とりあえず校舎に入れました。「着替えてこい」と言われた生徒は、多くの場合そのままゲームセンターに行って悪い先輩たちとつるみ、さらに荒んでいくことが見えていたからです。

　中でも記憶に残っているのは、自分の「信念」を貫くその中学校の生徒指導担当の教師です。

　子どもには、成長の力が宿っている。それを信じて「信頼と期待の言葉がけ」をし続けることが教師の仕事。

　そんな信念を持ったこの先生は、どんなに手を焼く生徒にも、「信頼と期待のメッセージ」を送り続けました。

　たとえば、今の両親がいやだから、自分は早く結婚して子どもをつくって、「理想の家庭」をつくりたい、と言っていたある生徒に対しては、「お前さ、早く父ちゃんになりたいと言ってたよな。お前ならなれると思うんだよなあ。お前ならなれると思うんだよな」。こんな言葉を何度も繰り返して「君には期待している」というメッセージを届け続けたのです。

　この言葉がじわじわ届いたのか、生徒は次第に、穏やかに変化していきました。

　人間不信でいっぱいだった生徒に、人を信じてみよう、そんな姿勢が生まれてきたのです。

　読者の先生方も、生徒とのかかわりや学級づくりで、いくら頑張っても、うまくいかないこともあるでしょう。なかなか変わらずに、手ごたえを感じられない生徒もいることと思います。

　それでいいのです。すぐに結果が得られなくても、かまいません。

　大切なのは、そんな生徒を「決して切らない。見捨てない」こと。「いくらこちらの期待が裏切られても、見捨てない」─こんな姿勢さえ崩さずにかかわり続けていれば、いつか生徒に伝わるはずです。

Profile
諸富祥彦　もろとみ・よしひこ
　明治大学文学部教授。教育学博士。日本トランスパーソナル学会会長、日本教育カウンセラー協会理事、日本カウンセリング学会認定カウンセラー会理事、日本生徒指導学会理事。気づきと学びの心理学研究会アウエアネスにおいて年に７回、カウンセリングのワークショップ（体験的研修会）を行っている。教師を支える会代表、現場教師の作戦参謀。臨床心理士、公認心理師、上級教育カウンセラー、ガイダンスカウンセラー、カウンセリング心理士スーパーバイザー、学校心理士スーパーバイザーなどの資格を持つ。単著に『教師が使えるカウンセリングテクニック80』（図書文化社）、『いい教師の条件』（SB新書）、『教師の悩み』（ワニブックスPLUS新書）、『教師の資質』(朝日新書)ほか多数。テレビ・ラジオ出演多数。ホームページ：https://morotomi.net/を参照。『速解チャート付き 教師とSCのためのカウンセリング・テクニック』全５巻（ぎょうせい）好評販売中。