生徒指導の新潮流 [第5回]「虐待=速やかに通告」の先にあるもの
トピック教育課題
2023.03.10
生徒指導の新潮流 [第5回]
「虐待=速やかに通告」の先にあるもの
東京学芸大学准教授
伊藤秀樹
学校・教師にできることはそれだけ?
12月6日についに『生徒指導提要』(改訂版)が公表されたが、改訂版では新たに、家庭の子育て上の困難に関連して、児童虐待に加え、貧困やヤングケアラー、社会的養護などのトピックが取り上げられている。そのことは望ましいことであり、特に貧困やヤングケアラーに関しては、短い紙幅に重要な内容がちりばめられていると感じた。しかし、児童虐待の章に関しては、読後のモヤモヤがどうしてもぬぐえなかった。
児童虐待の章の中では、学校・教師がとるべき対応として、虐待の積極的な発見と通告、「要保護児童対策地域協議会」(通称「要対協」)での情報提供などが記されている。なかでも繰り返し強調されているのが、「少しでも虐待と疑われるような点に気付いたときには、速やかに児童相談所又は市町村(虐待対応担当課)に通告」(p.171)というメッセージである。たしかに「児童虐待の防止等に関する法律」にのっとれば、虐待を受けたと思われる子どもについては、速やかに児童相談所や市町村に通告する必要がある。法律で定められている以上、「虐待=速やかに通告」は、学校・教師がとるべき必須の対応だといえる。
しかし、学校や教師には他にも果たすことのできる大事な役割があるのではないだろうか。虐待の徴候を発見し、速やかに児童相談所や市町村に通告したとしても、子どもの保護へと移行するケースはまれであり、多くの場合在宅での支援となる。学校や教師は、虐待を発見・通告し「要対協」に情報提供をするだけの存在ではなく、通告後も子どもや保護者と密な関わりを続けていく、子どもの育ちにとってのキーパーソンであるはずだ。
以下では、生徒指導提要には十分に書き込まれていない、「虐待=速やかに通告」の先にある子ども・保護者との関わり方について、2点にわけて述べていきたい。
受容をベースにした生徒指導
1点目は、虐待を受けている、あるいは虐待が疑われる子どもに対する生徒指導である。改訂生徒指導提要では、生徒指導上の課題としてしばしば見られる虐待の影響として、「小学校低学年からの窃盗や激しい暴力、家出、いじめの加害の繰り返し、薬物などへの依存、自傷行為や摂食障害、自殺企図」(p.178)などが示されている。また、「それらの症状は思春期に増悪しやすく、加えて何度指導や治療をしても改善が難しい」(p.178)のが特徴であるという。しかし、それらの課題をふまえて虐待を受けている子どもにどのように生徒指導を行っていけばよいのかについては、なぜか記されていない。
ただし他の章では、上記の課題を示す子どもへの関わり方が数多く示されている。それらに共通するのは、子どもの行動の裏にある苦しみや悩みを受け止める、受容的な態度である。たとえば、窃盗をはじめとした非行については「児童生徒の隣に立って接するという姿勢」(p.165)、いじめの加害については「いじめる児童生徒が内面に抱える不安や不満、ストレスなどを受け止めるように心がけること」(p.136)、自殺の危険の高まりについては「児童生徒の声をしっかりと『聴く』こと」(p.200)が大切であると記されている。
虐待を受けている子どもの中には、家庭の中で受容されているという感覚をもてない子どもが少なくないかもしれない。教師の生徒指導は、子どもの満たされていない被受容感を埋めていくような関わりをベースとして、すぐには変わることができない子どもの立場を理解しながら、粘り強く進めていく必要があるだろう。
保護者を支えて子どもを守る
2点目は、虐待通告後の保護者との関わりである。学校や教師は、子どもの成長を伝え合い、保護者の支えになることを通して、子どもを守ることもできるのではないだろうか。
海外に目を向けてみると、虐待問題に対応する方法は「虐待=速やかに通告」以外にもありうることがわかる。日本やアメリカのように虐待の通告や子どもの養育者からの保護を軸とする「児童保護システム」を採用する国もあるが、スウェーデンやオランダ、フランスなどでは、「家族サービスシステム」と呼ばれるような別の虐待対応が行われている。そこでは、「適切な援助があれば家族は機能する」という考え方に立ち、親子関係のためのサポートと子どもへのケアの提供を充実させることで、虐待を防ごうとしている(詳しくは、上野2022)。こうした「家族サービスシステム」のあり方からは、適切な心理的・福祉的サポートが受けられさえすれば虐待に至らずにすむ保護者が、かなりの数いる可能性がうかがえる。
しかし日本の実態としては、虐待の背景として保護者の孤立ということがたびたび取り上げられている。そして、虐待の通告は、保護者の不安やそれによる孤立をさらに深めていくことになるかもしれない。そうしたなかでも教師は、さまざまな場面で保護者とコミュニケーションをとる立場にある。その際に、子どもの成長や前向きな姿を積極的に伝えていくことで、少しずつ信頼関係を育んでいくことはできないだろうか。そして、前向きに子育てに臨むための心の支えを提供すると同時に、スクールソーシャルワーカーや福祉サービスなど、他の支援につながるきっかけも作ることはできないだろうか。
「困った子」は「困っている子」かもしれない。よく耳にするその言葉を応用するならば、「困った保護者」も「困っている保護者」かもしれない。適切な心理的・福祉的サポートさえあれば虐待の状態から抜け出せる保護者も、中にはいるのではないだろうか。そうした保護者が支援の輪に足を踏み入れるきっかけ作りの役割も、教師にできることの1つに数えてよいように思う。
[引用・参考文献]
・上野加代子著『虐待リスク―構築される子育て標準家族』生活書院、2022年
Profile
伊藤秀樹 いとう・ひでき
東京都小平市出身。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学、博士(教育学)。専門は教育社会学・生徒指導論。不登校・学業不振・非行などの背景があり学校生活・社会生活の中でさまざまな困難に直面する子どもへの、教育支援・自立支援のあり方について研究を行ってきた。勤務校では小学校教員を目指す学生向けに教職課程の生徒指導・進路指導の講義を行っている。著書に『高等専修学校における適応と進路』(東信堂)、共編著に『生徒指導・進路指導─理論と方法 第二版』
(学文社)など。