生徒指導の新潮流 [第4回]非行少年の隣に立って接するために
トピック教育課題
2023.02.17
生徒指導の新潮流 [第4回]
非行少年の隣に立って接するために
東京学芸大学准教授
伊藤秀樹
「生徒指導提要」の改訂版は、8月の協力者会議で提示された「案」が座長一任となり、近日中にデジタルテキストとして公開される予定である。今回の連載では、その案の中から「少年非行」の章を取り上げる。
この文章を読んでくださっている先生方の中には、近年非行少年を見かけなくなったと感じていらっしゃる方も多いかもしれない。実際に、刑法犯として検挙された少年の人数は、2003年の16万5973人を境に減少を続け、2020年では2万2552人と、17年前の7分の1以下に減少している(法務省法務総合研究所編2021)。
にもかかわらず、今回あえて少年非行の章を取り上げるのは、他の課題に対する生徒指導にも応用できる重要な内容が含まれているからである。以下では2点に絞って紹介したい。
正確な事実を聴き取る技法
1点目は、子どもから事実を聴き取る方法についてである。学校では、非行に限らず、いじめや暴力行為、子ども同士のトラブルなど、事実を正確に把握したうえで対応を進めなければならない事案がたびたび起きる。そうした事案では、事実確認が不十分なまま教員の思い込みで指導を行うと、子どもや保護者からの信頼を失いかねない。しかし、子どもから事実を聴き取る際には、話の内容が二転三転したり、他の子どもの話と矛盾していたり、回答が教員の質問に引っ張られてしまったりと、困難がたびたび起こる。そのため案では、警察や児童相談所等で行われている代表者聴取(協同面接とも言う)の技法が紹介されている。
ポイントは以下の4点である。第1に、多人数で何回も聴取するのではなく、担当者を1人に限定し、極力少ない回数で周到な準備のもとで行う。これは、聴取の繰り返しによる子ども(特に被害者や事件の目撃者)の精神的負担をできるだけ避けるために行われる。
第2に、聴取の対象となる子どもが複数である場合、全員を同席させて聴取することは望ましくない。自分が記憶していない内容を他の子どもが話しているのを聞いて、自分の記憶であるかのように記憶を書き換えてしまう危険性があるためである。また、子どもたちの間に上下関係が生まれている場合、同席する他の子どもを気にして正確な事実を話しにくくなることも念頭に置いている。
第3に、聴取の際には、「何があったのか、憶えていることを最初から最後まで全部話してください」「さっき○○と言っていたけど、そのことをもっと教えてください」のような、オープン質問(自由再生質問)を用いる。これは、子ども本人の自発的な語りを導き、より正確な記憶を引き出すために行われる。
一方で第4に、「はい」「いいえ」で回答を求めたり選択肢を提示したりするクローズド質問や、「○○だったよね」といった質問は、聴取する側がもつ情報や考えが反映された誘導質問になりがちなので避ける。誘導質問になることで正確な事実の聴き取りが妨げられたり、勝手な決めつけとなって子どもが反発心を抱いたりする危険性があるためである。
こうした代表者聴取の技法は、子どもとの面接の際に、傾聴・受容などのカウンセリング技法と併せて用いることもできる1。どちらも児童の最善の利益や意見を表明する権利を保障するための技法であり、状況に応じて組み合わせていくことが望ましいだろう。
[注]
1 子どもとの面接の際に用いることができるカウンセリング技法については、現行の生徒指導提要のp.103に詳しく記載されている。
被害が加害を生む
2点目は、非行少年は加害者であると同時に被害者でもあり、そのことが非行からの離脱を難しくしているということである。こうした状況は、いじめや暴力行為として捉えられる加害行為全般にも一定程度あてはまるのではないかと考えられる。
まず例として挙げられるのが、虐待の被害と非行との結びつきである2。案では、乳児期・幼児期における保護者からの被虐待や不適切な養育は、人と信頼関係を築くことの困難や愛情の欲求不満へとつながり、小学生のときから盗みをするなどの初発年齢の早い非行に結びつきうることが記されている。そして、そうした非行は容易には改善せず、常習化したり本格的な非行へと発展したりすることがあるという。
[注]
2 少年院入所者のうち男子の約4割、女子の約7割は、保護者等からの虐待を経験している(法務省法務総合研究所編2021)。
また、非行を続ける中で他者から暴力の被害や性的被害に遭うこともある。案では、子どもがそうした生命や身体の危険に遭い、傷つき、怒り、絶望といった感情を体験することで、他者への不信や回避、反抗的・攻撃的態度という反応パターンになりうることが示されている。また、そのことによって対人関係がうまくいかず、自尊感情が低下していってしまうという悪循環も指摘されている。
教員の非行少年への関わり方について、案ではそうした子どもの背景をふまえて、「何よりも大切なのは、関心を持って児童生徒としっかりつながること」(p.163)だと記している。そして、「児童生徒との関係性やつながりをつくるためには、教職員は児童生徒と境界線をはさんで対峙するのではなく、その境界線をまたいで児童生徒の隣に立って接するという姿勢も大切です」(p.163)と述べている。
子どもの加害行為や反抗的・攻撃的態度だけに目を向けていると、心情的に「隣に立って接する」という態度をとるのは難しいかもしれない。しかし、そうした加害行為や反抗的・攻撃的態度は、過去の被害経験によって相手の言葉や表現、視線などの細かい手がかりに気づけなくなり、一方的に相手が敵意をもって向かってきたと判断するようになった結果の「反応的攻撃」であるかもしれない。行動の背景を考え、「これまでの被害がそうさせているのかもしれない」という視点で子どもを捉えると、関わり方も自ずと変わってくるのではないだろうか。
引用・参考文献
・法務省法務総合研究所編,2021,『令和3年版犯罪白書─詐欺事犯者の実態と処遇』.
Profile
伊藤秀樹 いとう・ひでき
東京都小平市出身。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学、博士(教育学)。専門は教育社会学・生徒指導論。学業不振・非行などの背景があり学校生活・社会生活の中でさまざまな困難に直面する子どもへの、教育支援・自立支援のあり方について研究を行ってきた。勤務校では小学校教員を目指す学生向けに教職課程の生徒指導・進路指導の講義を行っている。著書に『高等専修学校における適応と進路』(東信堂)、共編著に『生徒指導・進路指導──理論と方法第二版』(学文社)など。