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教育実践史のクロスロード

吉村敏之

教育実践史のクロスロード[リレー連載・第1回] 斎藤喜博 「一つのこと」に集中して「ひとすじの道」を歩む実践―カリキュラム・マネジメントの指針

NEWトピック教育課題

2020.08.29

教育実践史のクロスロード[リレー連載・第1回]
斎藤喜博「一つのこと」に集中して「ひとすじの道」を歩む実践―カリキュラム・マネジメントの指針

宮城教育大学教職大学院教授・教員キャリア研究機構長
吉村敏之

『新教育ライブラリ Premier』Vol.1 2020年5月

「一つのこと・学習」に集中できる子ども

 カリキュラム・マネジメントすなわち「児童生徒や学校、地域の実態を適切に把握し、教育の目的や目標の実現に必要な教育の内容等を教科等横断的な視点で組み立てていくこと」が、新しい学習指導要領の要となる。学校経営の基本が改めて強調されるのは、多様で複雑な諸課題に対し、画一的な教育は通用しないからである。各学校で、それぞれ直面する個別の事態に応じて、すべての教職員が力を合わせ、独自の教育課程を編成する必要がある。

 学校独自の教育を創る際に、先人の実践が指針となる。その一つが、群馬県の島小学校で、1952年から11年間にわたって積み重ねられた「授業の創造」の事実である。校長の斎藤喜博のもとで組織された学校集団(子ども、教師、保護者)が、教材の追求によって自己変革をはかる「島小教育」と称される実践が展開された。卒業式(「島小教育」9年目の1961年3月以降)の終わりに、参加者全員が「一つのこと」(作詞:斎藤喜博、作曲:丸山亜季)を合唱した。「いま終わる一つのこと/いま越える一つの山/風わたる草原/ひびきあう心の歌/桑の海、光る雲/人は続き道は続く/遠い道はるかな道/明日のぼる山もみさだめ/いま終わる一つのこと」という歌詞に、島小の実践の特長が表れている。

 斎藤は、初任期から「現前の一事一物にわれを捧げつくす真剣な子ども」を育てる実践に力を尽くした。「真剣に専心に」子どもの「心」に着目し、「すぐれた人生観」「ゆたかな情操」「愛情」「情熱」「正しい判断力」「意志力」を、「力強く」子どもに培おうとした。子どもの「心」を育てれば、「末梢的な子どもの行動を口うるさく訓練しなくとも、子どもの行動は、子ども自身の意志で自然と訂正され、りっぱになっていく」と考えたのである。日々の学習指導の質を高める実践によって、子どもが自分の力で向上する「心」が育つようにした。

「一つのこと・問題」を追求する授業

 心が育つのは教科の学習であると考えた斎藤は、教師が厳しく組織した授業の中で、子どもの力を引き出した。生活指導や道徳教育が陥りがちな、教育界の悪弊である「形の訓練」を退けた。子どもを「軽薄にし雑駁にし、また無気力な怠けものにしてしまう」「うその教育」とみなしたのである。

 日々の授業の積み重ねで「いま学習している問題を明確にとらえ、それに向かって明確に追求」できる子どもが育ち、緊張感のある授業が生まれた。「一つの問題に、教室中が集中している。廊下にもにおいがくる。すばらしい緊張。そしてぐんぐんと上昇していく応答、きらきら輝く目、熱っぽい空気のかたまり、そして最後の爽快な満足感―それは新しいエネルギーだ。―よい学習をした充足感、それは、自分の心のなかにうっせきしたものを、とき放って、生命の更新された喜びであり、精神が古いかすを取り去って、新しく動き出した喜びである」。

 教師が「整理」「きりとり」をして、「子どもと学習が組織化された授業」が創られることにより、「一つの問題」の追求へと進む。「個人から出発し、ふたりもしくは数人の自然のグループになり、その間に個人と個人の交流、個人と教師の交流、グループとグループの交流、個人やグループや教師から全体へのよびかけなどが行われながら、だんだんと全員の学習が幅広くなり深くなっていく。このなかで、きりとられ、残されるべきものは残され、学習対象が狭く深くと進んでいく」。学習を組織する根本は、追求の核心をとらえる、教師の教材解釈である。子ども任せでは学習の深まりはない。

「一つのこと・教材」の追求で培われる力

 島小では、教材を「人類の文化遺産」ととらえ、子どもも教師も一緒に全力で追求する価値のある教材を選んだ。「この教材、この単元を徹底的にやっておけば、この教科の、もっとも本質的なものを子どもに打ちこむことができる」「この教材でこそ、いまのこの学級の子どもの学習活動を訓練することができる」ものに注力した。「教科教材に対する見識とか見通しとかが教師にあり、その教科での、いくつかの大事な教材だけをとり出して長い時間かけた」。長時間、子どもを「強くきびしく追いこんでいく」と、「子どもの学習組織」ができ、「学級全員の力で、学習の展開・発展・変革のできる子ども」になる。

 斎藤は、授業を「一つの創作」とした。「一日一時間だけは、教師も子どもも、生き生きと変革するような、創造的な授業をする」「その一時間は、自分のもっとも得意な教科、得意な教材をつかってやる」「その教材のなかでも、一つか二つだけ、自分がもっとも力を持ち、興味を持ち、新しい発見を持っているものを材料にする」。教師は教材解釈を深めた。

 島小の教師たちは、国語の授業に力を入れた。多くの補充教材(太宰治「走れメロス」、小林秀雄「美を求める心」など)を扱っても、2月中に全教科が終わる。3月は、1年間の学習のまとめをしたり、学級の行事をしたりする。「一つのことで本質的な力がつけば、他のことも当然できる」ので、算数や社会科の成績もよく、体操や合唱もすぐれた成果を出した。教師が自分の得意な教科教材で子どもたちを追いつめ、「考える力」「論理的に追求発見する態度」を「徹底的に」培った証である。

文学の読みで培われる論理

 1957年度から6年間持ち上がりで赤坂里子が担任した子どもを、斎藤は「島小の仕事の最後に生まれた一つの美しい典型」と評した。1年生を受け持った時の赤坂は、斎藤から「子どもの扱いはよいのだが、授業がへた」と言われた。12月の公開研究会で「子どもがいいから子どもをみてもらおう」ということになり、研究授業の準備をする。国語の指導がうまくいかず、「算数なら何とか子どもの出してくる考えがつかめるだろう」と思い、算数の授業案を書く。すると、「なに、算数でやるの、算数の授業なんか赤坂さんにできっこないよ。国語ができもしないのに。赤坂さんには論理性なんかないのに」と、斎藤からとがめられた。島小では、国語が、一つの教科の枠を越えて、すべての学習の基盤となる。論理性を培う教科とされていたのである。

 5年生になった子どもたちは、文章の構造、文脈に即した語句の意味の違いに注意し、互いに、自分の解釈を論理的に説明できた。文学教材「大造じいさんとがん」(椋鳩十)に38時間かけた。

 じいさんが、小屋がけした所から弾の届く距離の3倍も離れている地点で、ガンがえさを食べている様子を見て、「うまくいくぞ」と、青空を見上げながらにっこりした場面。ここで、「大造じいさんは、失敗を重ねているのに、なぜ〈うまくいくぞ〉といったのだろう」と、不思議でたまらない子が自分の疑問をつぶやいた。そのつぶやきを、他の子たちは聞き逃さなかった。「とれるか、とれないかわかんないからじゃないん」「だいたいのことだからさ」。一人ひとりの発言が、学級の中に響いていく。〈うまくいくぞ〉と〈しめた〉とを比較し、じいさんの心情を推察する。「あたしはそうじゃないと思う。だって、その前のページの後ろから2行目に、〈長年の経験で〉とあるもの」「〈うまくいくぞ〉と〈しめた〉では、〈しめた〉のほうがことばが弱いんじゃないん」「ここで〈しめた〉としないのはさ、はじめに大造じいさんが〈しめたぞ〉といったときは、はりにかかったんだろう。二度目に〈しめたぞ〉といったのは、がんの群れがぐんぐんこっちにやってくるのでとれると思ったんだろう。二つは準備がしてあって待っていた。だけど、〈うまくいくぞ〉といったときは準備がしていない」「準備はしてあるさ」「準備のちがいだ。前の〈しめたぞ〉の二つは、銃を手にして、いつでもうてる準備だし、〈うまくいくぞ〉のほうは、がんのえさがじゅうぶんにあるらしいところでえさを食べているようすだったので、じいさんは必ずとれるという心の準備があった」「ことばでは弱いけれど、じいさんの気持ちにはつよい確信があった」と、子どもたちだけの力で問題の追求が進められた。

「ひとすじの道」を歩み続けて体得する原理

 斎藤は、1930年度から初任期を過ごした玉村小学校で、自身の実践に拠りながら、自分の教育の原理をつかんだ。教職3年目に担任した4年生76名(当時の学級定員は80名)の教科書が「読めない」現実を前に、漢字の読み書きの力をつける方法を工夫した。一人ひとりの力を調べ、教具を作った。さらに、子どもどうしで学び合える集団を組織した。

 その努力は、教職10年目に取り組んだ、教科横断の「合科教育」(現在の総合的な学習の源流)の実践にもいきた。「中高学年における学級経営、学習指導の考え方や実践と、低学年合科教育の考え方と方法がだいたい同じである」「少しではあるが私が中高学年において実践し苦労した力が、低学年合科教育にもあてはまって、比較的やすやすと実践が進行した」と、自らの歩みに手ごたえを得る。「真面目に考え努力した教育の道は、それが裁縫であろうと体操であろうと農業であろうと、また低学年合科であろうと、その考え方、その方法、態度において、かならず一致するものでなければならない」という所信が証明された。「ただ低学年には低学年の特殊性があり、裁縫には裁縫、体操には体操の特殊性がある」ので、「それらに当面したとき、それらの特殊性をしっかりとつかみ、研究し、それに適応した方法を考えさえすればよい」。「特殊から一般へ」という教育の原理を、自分の実践をふまえて体得したのである。

 さらに、自らの経験をふまえて「ひとすじの道」を歩む意義も実感する。「私たちは常に小さくとも自己を持ち、自分の教育実践を持って、わきめもふらず教育者としての道を進んでいきたい」「それが正しい努力である限り、その道はかならず天下の大道となる」「事実、徹した教育のなかには、情操教育であろうと、健康教育であろうと、また理科教育であろうと、非常時の教育であろうと、問題なく包含されてくる」。「一つのこと」に徹すれば、道は拓ける。「教育の道」を「人生の道」「自己の魂を磨く道場」ととらえた斎藤は、「この地道なひとすじの道を信じて、この道をひたすらあゆみつづけ、ふみわけていきたい」「教育の道をひとすじにあゆみつづけることによって、自分の人間を少しでもりっぱにつくるべく心がけたい」とした。逆に「自分のない百科辞典式の教育者であってはならない」と戒める。「理科の研究授業があるからといって理科の勉強をし、体操の研究授業があるからといってにわかに体操の勉強をし、郷土教育が流行だからといって郷土教育に首をつっこみ、学習法や合科教育がどうもはやりらしいからというので、あわてて自己のかんばんをぬりかえるような態度であっては、いつまでたっても底力のある、自己のある、たのもしい教育者にはなれない」。漢字の指導から出発した斎藤は、授業を追求する「ひとすじの道」を歩み続けた。

「一つのこと・自分の事実」に基づく教育の真実

 戦時下の1943年に刊行した著作で、斎藤は「浮薄な実践」を批判する。「子どもの教育をよくするための努力」であるはずの学級経営を、「教案がよく書かれ、帳簿がよく整えられた」と形式面でとらえる傾向に対し、「根本的な教育理念の正しい把握の不足というより皆無からくる実践行動のあやまりであり浅薄さ」によると指摘する。「真の実践」は「真に学んで、真に行動して得た高い正しい見識によって行うもの」「二に二をたせば四になることが真にわからない子どもを相手にけんめいに努力し、盗癖児を矯正し、病弱児を健康に導き、健康児をさらに鍛え上げるとともに、教師自身求道者としてけんめいに学ぶもの」。「子どもへの実践と教師の求道と両立し」てはじめて、「真に実践している」し、「実践効果を上げ得る見こみがある」。斎藤は、「実践」を、理念をつかんで事実を創り、自己を高める道とした。

 敗戦後の「新教育」が行き詰まった1953年には、教師の弱点を示した。「他に動かされ、他の一般的・抽象的なことばかりを頭に入れ、それによってものを考え行動する」「一般的・抽象的なものをまず頭のなかに入れ、それを実践(具体的事実)にあてはめようとする」「いつも流行とか権威とかに飛びついてしまう」教師は「いつもあわれなほどに忙しい」。

 それに対し、教師の進むべき道は「自分の実践をだいじにし、自分の実践のなかからものをつかみとる」「ほんとうに自分の実践に苦しみ、特殊なもの具体的なものから真理を学びとる」ことである。「自分の目でみ、自分のあたまで考え、自分の実践をもとにして、それを確かめ積み上げていく」「自主的・実証的・創造的な態度」が養われて専門家となる。

「どこまでも一つ一つの事実を尊重して、それによってものを考えるという態度を持っていかなければならない」「特殊なものを深く掘り下げていき、そのなかに一般的な法則を見出していくという立場をとらなければならない」。「きわめて特殊なもののなかにだけ真理がある」という教育の真実を、斎藤は自分の事実から得た。「一つのこと」を究めた、斎藤の実践の歩みは、子ども、学校、地域の固有の実態に根ざす教育を創る基である、これからのカリキュラム・マネジメントの指針となる。

 

■参考文献
・斎藤喜博の著作:『教室愛』1941年、『教室記』1943年、『続童子抄』1950年、『授業入門』1960年、『未来誕生』(川島浩撮影)1960年、『授業以前』1961年、『授業』1963年(いずれも『斎藤喜博全集』国土社に所収)
・赤坂里子『島小での芽をふく子ども』1967年

 

Profile
吉村敏之(よしむら・としゆき)
 1964年生。東京大学大学院単位取得退学。宮城教育大学教職大学院教授・教員キャリア研究機構長。日本の教師の実践史を踏まえ、「深い学び」が成立する授業の原理と方法を研究。編著に『教師として生きるということ』など。

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吉村敏之

宮城教育大学教職大学院教授・教員キャリア研究機構長

1964年生。東京大学大学院単位取得退学。日本の教師の実践史を踏まえ、「深い学び」が成立する授業の原理と方法を研究。編著に『教師として生きるということ』など。

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