学び手を育てる対話力

石井順治

学び手を育てる対話力[第10回]対話的学びが教師と子どもにもたらすもの

トピック教育課題

2020.04.17

学び手を育てる対話力

[第10回]対話的学びが教師と子どもにもたらすもの

東海国語教育を学ぶ会顧問
石井順治

『学校教育・実践ライブラリ』Vol.10 2020年2月

授業を対話型に転換する

 授業を対話的学びにするということは、一斉指導型授業からの転換を意味します。学びが、先生から教えてもらうというより、対象と対話し、仲間と対話し、自分自身と対話して自ら見つけ出す行為になるからです。それには教師の授業観の転換が必要不可欠なものになります。

 かつて講義式(本人談)の授業をしていて、今、子どもが対話的に学び合う授業に取り組むようになったベテラン教師のUさんがその転換について綴った文章を読ませてもらいました。文章の中で、以前の自らの授業について、Uさんは次のように述懐しています。

 「講師として採用された当初は中学校で数学を教えていました。当時の中学校では教師が淡々と教え、わからないことを質問させ、また、教師が説明するといった講義式の、生徒をシーンとさせる授業をすることが普通だと思っていました。中学3年生を担当しました。『受験があるのに、どうしよう。初めて教えるのに、ちゃんとできるのかなぁ』と不安に思っていました。制服の詰襟のフックまでしっかり止めている一人の生徒がいました。生徒指導上の問題は全くありません。授業中も一切しゃべらず静かに授業を聞いていました。しかし、中間テストでは一桁の得点でした。その時に思ったのは『この子、1週間に5回の数学の授業、それも50分間ずつ。それをどんな気持ち過ごしていたのか』と思いました。しかし、当時はどうすることもできず、1月末までに教科書を終わらせなければいけなかったので授業を進めること、できるだけたくさんの生徒に授業内容を理解させることで精一杯でした。彼まで手が届きませんでした。」

 このようにUさんは一斉指導型授業の限界を感じつつそこから抜け出せないでいたのです。そのUさんが、今、子どもたちが生き生きと学び合う授業をするようになったのです。Uさんの文章を読むと、そうした変化が生まれたのは発想の転換だったことがわかります。

 「一人でクラスの子どもに教科書の内容を理解させるのは正直、ぼくにはできません。でも、できる限り理解させたいと思います。一人でダメなら二人、二人でも足りなかったら三人で教えればいいと思いますが、教員は簡単に増えません。それなら、子どもの力を借りればいいと思いました。」

 「高い課題を与えたときには『みんなが理解しないといけない』といった思いはあまりありません。むしろどうしたら問題が解けるのかと悩んでいる子どもの姿を見ることが目標になりました。そのほうが子どもと一緒にどのように課題を解決するかをその場で楽しめるからです。ただ、課題づくりにはいっぱい悩みます。いい課題さえできれば子どもたちと楽しみながらできるからです。もちろんいい課題かどうかはやってみないとわかりませんが、それも楽しみです。」

 これを読むと、Uさんの転換のきっかけは、すべての子どもの学びの保障のために子どもたちの力とつながりを信頼し、子どもとともに実現を目指そうとしたことだったことがわかります。そして、それ以上にUさんにとって大きかったのは、学習課題を質の高いものにしたことだったようです。よい課題を探し出すことで、子どもと一緒にその課題に取り組むことに楽しみを見出しておられるからです。それはやがて、子どもが悩むような課題で授業をすることが楽しみだという境地にまで達しています。このことは、これからの時代の教育のあり方にかかわるとても大切なことなのではないでしょうか。

対話的学びが子どもにもたらしたもの

 教えられる勉強ではなく、自ら取り組む学び、そのとき対話的に学び合う学びは、教師に授業をする充実感をもたらしただけではなく、子どもにも学ぶ喜びをもたらしました。

 「思い出せた」「ひらめいた」「なるほどな〜と思った」「初めて知った」「よ〜くわかった」「納得できました」「スッキリした!」

 これらは、数学の授業において、かなりの難題に対話的に取り組んだ子どもたちが、その時間のふり返りの末尾に記した言葉のいろいろです。これを読むと、対話的学びがどれほど彼らにとって意味のあるものであったかわかります。

 ずいぶん前になりますが、私の学級のある子どもが、物語を読む授業の最後に記した感想文において次のように述べています。

 「はじめの感想のときには、今とはぜんぜんちがった。今、そのことを思えば、へんなことを書いたなと思ってなさけない。でも、いまでは、みんなで話し合ったしっかりした考えがある。

 どうしてかと言うと、みんなの意見でぼくがいいと思うのが出たら、自分のと合体させるのです。たぶんみんなもそうしていると思います。

 ぼくは、いつもいつも、みんなでやればいいのになと思いました。」

 仲間と学び合う学びは、Uさんが「子どもの力を借りる」と言ったように子どもと一体になって理解を深めることができます。しかしそれだけではありません。学びの深まりをめざすためにも、子ども一人ひとりの能力を引き出すためにも、人と人とのつながりの重要さを実感するためにも、大きな大きなことなのです。

 そして、なお重要なことは、自ら学びの対象と向き合い取り組む学びを子どもたちにもたらし、そのことによって、子どもたちの創造力をはぐくむとともに、学ぶ喜びを味わえるようにしていくのです。

 学ぶ喜びは、勉強がわかる、できるようになるということだけではありません。それは喜びの序の口です。子どもが心から「面白かった」「楽しかった」と言うとき、子どもたちは、学び始めたときには考えもしなかったようなものに気づいたり、何かをつくりだしたりします。それは、教師すらも驚くような事実になることがあります。

 子どもに学ぶ喜びをもたらし、子どもの可能性をひらくためになんとしても必要なのは、子どもが対話的に学ぶ授業に転換することです。それは子どもたちを学び手にすることを意味します。そのことを子どもたちは熱望しているのです。

 

Profile
東海国語教育を学ぶ会顧問
石井順治

いしい・じゅんじ
1943年生まれ。三重県内の小学校で主に国語教育の実践に取り組み、「国語教育を学ぶ会」の事務局長、会長を歴任。四日市市内の小中学校の校長を務め2003年退職。その後は各地の学校を訪問し授業の共同研究を行うとともに、「東海国語教育を学ぶ会」顧問を務め、「授業づくり・学校づくりセミナー」の開催に尽力。著書に、『学びの素顔』(世織書房)、『教師の話し方・聴き方』(ぎょうせい)など。新刊『「対話的学び」をつくる 聴き合い学び合う授業』が刊行(2019年7月)。

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東海国語教育を学ぶ会顧問

1943年生まれ。三重県内の小学校で主に国語教育の実践に取り組み、「国語教育を学ぶ会」の事務局長、会長を歴任。四日市市内の小中学校の校長を務め2003年退職。その後は各地の学校を訪問し授業の共同研究を行うとともに、「東海国語教育を学ぶ会」顧問を務め、「授業づくり・学校づくりセミナー」の開催に尽力。著書に、『学びの素顔』(世織書房)、『教師の話し方・聴き方』(ぎょうせい)など。

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