授業力を鍛える新十二条

齊藤一弥

授業力を鍛える新十二条[第9回]価値ある問いを描く 第九条:〈教材研究の知恵〉―「問い」〜学びの対象

トピック教育課題

2020.01.20

教科の価値に触れる「問い」

 問いづくりでは、授業ゴールを明確にして、それに対応した問いであることを生徒に自覚させることが大切である。これが不十分であると教師の指導に生徒が付き合うという学習展開になってしまう。生徒が主体的に思考・判断、そして表現することなく授業が終わってしまう。活動こそあれ、そこに学びがない授業である。

 また、生徒に教師が教えるべきことである指導内容を議論させたり、その意味付けをさせたりしてもいけない。指導内容は、先人の生活の中から生み出された文化遺産であり、それを生徒に理解させることは教師の仕事であるからである。授業においては、生徒に教科という文化が創られてきた過程に触れさせ、その働きや必要性、価値やよさなどを感じさせながら、生徒が文化としてそれを継承・創造していくことが大切になる。なぜ、先人は無色透明の水溶液の判別を可能にしたのであろうか。そこには理科の探究の視点に着目して、理科らしい探究の方法で実験・観察を繰り返す中での発見の蓄積があり、そのような文化を創り上げてきた先人の知恵によさを感じることが授業に期待されている。

 このような探究の価値を生徒が実感するために、いかに教材に出合い、それと関わる中で何を考えるのか、どのように納得したり感じたりするのかを、教師自身も実際に経験することで、生徒に何を考えさせるべきかが見えてくる。生徒の見方・考え方の成長を支える「問い」を見極めるためには、このような丁寧な教材分析の手続きをきちんと辿ることが重要になる。このプロセスを踏むことで、生徒が考えるべきことが明らかになり、何を問うべきなのかがはっきりしてくるわけである。

問い続ける姿勢を支える

 先ほどの授業に戻る。実験結果の発表の中で他のグループとは異なった内容が紹介された。判別方法として「臭い」を検討したグループAであった。無色透明の水溶液ではあるが「臭い」によって違いが判断できるのではないかという発想である。しかし、いずれの水溶液も無色透明に加えて無臭であり、「臭い」という探究の視点では判別ができないという結果で終えてしまい、計画の実行を断念し別計画に乗り換えてしまった。このグループの実験・観察の意味はどのようにとらえたらよいのであろうか。判断不能で実験・観察を終えてよかったのであろうか。そして、このような状況において教師は生徒にいかなる働きかけを行えばよかったのであろうか。

 授業とは、生徒の意見で次々と違った様相を呈すものであり、教師はそれらを受けて、的確な意思決定をしながら学びを描き続ける必要がある。教師が事前の授業デザインを大切にしながらも、それに固執することなく生徒の現状を見極めて新たな展開を用意するのは、教師の果敢な判断が求められる。しかし、上田薫も指摘するように、教師の指導とは目の前にいる生徒の状況を最優先に考えた見きりの不断のくり返しであり、教師はこの見きりによって新たなる目標や方向を意思決定し、目の前の生徒に主体的な学びを保証していかねばならない。授業デザインとは生徒のために行われているものであり、生徒の状況に合わせて授業を創ることを大切にしながら、授業を適切にコントロールしていかなければならない。それは授業に生徒が不在となり、授業そのものが形式化、形骸化してしまうからである。

 グループAは計画どおりに実験を行い、観察結果から、「臭い」という視点からは判別ができないという結論を導き出したが、そこで終えるのではなく、その結果から新たな「問い」を設定することの大切さを教師は指導する必要があった。前出の3つの方法は、全てが2つの方法を組み合わせることが判別を可能にしたわけだが、それは既習経験に基づいて判別方法の見通しがもてている水溶液だからこそできたのである。身の回りの水溶液の全てがそのようにうまく結論付けられるものばかりではない。試行錯誤の連続の中で課題解決が行われるものの方がはるかに多いことは言うまでもない。2つの水溶液を「臭い」という視点から比較して、それらが無臭という特徴であることを再確認したことは、科学を探究する方法として認めていく必要がある。

 生徒が実験結果を踏まえてさらなる探究を推し進めていくために、新たな文脈を継ぎ足していく、つまり新たな「問い」を設定し、問い続けることに大きな価値があり、生徒の学びに即して「問い」の質の上げ下げを自在に行いながら問い続ける姿勢を支えていくために、教師にはこれまで以上に深く教材を理解する力と学習展開を臨機応変に描き直す力が必要とされていると言える。

[参考文献]

・ジョン・デューイ著『思考の方法』春秋社、1945年
・重松鷹泰・上田薫・八田昭平編著『授業分析の理論と実際』黎明書房、1968年

 

Profile
高知県教育委員会事務局学力向上総括専門官
齊藤一弥
さいとう・かずや
島根県立大学人間文化学部教授。東京都出身。横浜国立大学大学院教育学研究科修了。横浜市教育委員会授業改善支援課首席指導主事、指導部指導主事室長として「横浜版学習指導要領」策定、横浜型小中一貫教育の企画・推進などに取組む。平成24年度より横浜市立小学校長を経て、平成29年度より高知県教育委員会事務局学力向上総括専門官。30年10月より現職。文部科学省中央教育審議会教育課程部会算数・数学ワーキンググループ委員、小学校におけるカリキュラムマネジメントの在り方に関する検討会議協力者。主な著書に『「数学的に考える力」を育てる授業づくり』(東洋館出版社)、『算数 言語活動 実践アイディア集』(小学館)、『シリーズ学びの潮流4 しっかり教える授業・本気で任せる授業』(ぎょうせい)、『小学校教育課程実践講座・算数』(ぎょうせい)などがある。

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齊藤一弥

島根県立大学人間文化学部教授

横浜国立大学大学院修了。横浜市教育委員会首席指導主事、指導部指導主事室長、横浜市立小学校長を経て、29年度より高知県教育委員会事務局学力向上総括専門官、30年10月より現職。文部科学省中央教育審議会教育課程部会算数・数学ワーキンググループ委員。近著に『新教育課程を活かす能力ベイスの授業づくり』。

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