授業力を鍛える新十二条

齊藤一弥

授業力を鍛える新十二条[第6回]単元づくりの基本を確認する

トピック教育課題

2019.11.05

子供の経験にひらかれた学びのデザイン

 単元デザインに大きく影響するのは教師の実践経験である。それまでの教材解釈と実践履歴から教師がもつ展開イメージの大半は主たる教材としての教科書単元に基づくものであり、それに基づいて単元デザインを再生産していることが多い。教科書教材や課題場面を繰り返すうちに、それが単元デザインの土台となり、いつの間にか最適な展開というレッテルを自ら貼るようになってしまう。

 教師に求められる「勘どころ」とはこのようなプロセスで磨かれていくのでいいのだろうか。せっかく学習指導要領を丁寧に読み込んだとしても、目の前の子どもの実態を踏まえていかに単元を描くかという授業づくりの基本から離れてしまっては意味がない。その手続きでは不十分であることは明らかである。目の前の子どもに必要とされる学びを描くのにはいかなる視点が求められているのであろうか。

 次に紹介するのは、高知県安芸市立安芸第一小学校の今橋周平先生の「対称な形」の導入の実践である。2枚の三角形を組み合わせて六種類の四角形を作り、それを観察・評価して弁別した結果から、一方の三角形を裏返すことで重なる図形が「線対称」、一方を180°回して重なる図形が「点対称」であることを学んでいく。

 単元デザインでは子どもの経験を重視した。色板等の操作活動、図形の構成(合成や分解)、基本図形の性質の理解や作図など、これまでの図形学習で取り組んできたことを土台にして、そこから学習を始めることとした。それは、子どもは自らの経験のみによってのみ思考したり表現したりすることができるからである。2枚の三角形を組み合わせていく展開は子どもにとって馴染みのある活動だけに、子ども自らが数学的な見方・考え方を働かせた問題解決に取り組むことを可能にした。落下傘的に振り降りてきた課題では、子どもの戸惑いと違和感を生むだけである。不要な負荷を子どもに与えることなく、自信をもって学習に取り組んでいく単元デザインが欠かせない。

 授業では、同じ面(表と表または裏と裏)で構成される図形が平行四辺形であることを説明する活動場面があった。平行四辺形は対角線で互いに合同な三角形に分けられることを根拠に説明したわけだが、このことは点対称な形の性質でもある。これまで学習してきたことを活用することで課題解決が行われ、同時に既習事項をより確かに理解することができる経験にひらかれた学びでは、子どもが知っている、取り組んだことがあることから学びを創ることで、安心感が生まれるとともに課題に対する切実感や必要感が保障される。また、教える内容にも連続性をもたせることができて、子ども自らが数学的な見方・考え方を働かせた数学的活動を行うことを後押しする。さらに、その経験とのズレが新しい学びへの意欲を駆り立て、積極的に学びに参加することにもつながるのである。

教科書の教材単元との正しい付き合い方

 このような論が展開されると、教科書の教材単元では子どもの学びは保障されないのかという疑問が生まれる。子どもにとって切実感や必要感もなければ、学びの履歴との関連も少ないと言い切れるのだろうか。教科書の教材単元は一般性が高く、その意味では優等生である。これから判断すれば決して子どもにとって不適なものではないはずである。

 しかし、目の前の子どもの学習履歴や興味・関心などの全てにおいて一般性ある教材が対応できるかと言えば、それは難しいことは教師なら誰もが分かっている。例えば、小学校算数の多くの教科書での「対称な形」の単元では、形の特徴を調べようという課題でアルファベットや都道府県のマーク、地図記号が教材として用いられている。これは、それらの図形が身近な素材であること、線対称と点対称の性質をもつものが複数あることなどの理由から教材として採用されているのだろう。当然、子どもも興味深く学習に取り組むし、対称の性質等の理解も進むことは確かであろう。

 しかし、算数・数学を学ぶ価値はそれだけに終わらない。「対称の形」の学習で言えば、既習の図形概念との関連を図りながら、統合的に考えたり、基本図形のもつバランスのよさや美しさを感じたり、さらには中学校数学との関連を意識して発展的な見方で作図方法を考えたりなど、能力ベイスで学びを構成することが求められている。学習指導要領の読み込み、何をどのように教えたらよいのかを考えることで、教科書の洗練された教材単元を超えた最適な単元や授業をデザインする力が求められている。

[引用文献]
・齊藤一弥共編著『新しい学びの潮流4 しっかり教える授業・本気で任せる授業』ぎょうせい、2014年、pp.65-126

 

Profile
高知県教育委員会事務局学力向上総括専門官
齊藤一弥
さいとう・かずや 東京都出身。横浜国立大学大学院教育学研究科修了。横浜市教育委員会授業改善支援課首席指導主事、指導部指導主事室長として「横浜版学習指導要領」策定、横浜型小中一貫教育の企画・推進などに取り組む。平成24年度より横浜市立小学校長を経て平成29年度より現職。文部科学省中央教育審議会教育課程部会算数・数学ワーキンググループ委員、小学校におけるカリキュラム・マネジメントの在り方に関する検討会議協力者。主な編・著書に『「数学的に考える力」を育てる授業づくり』(東洋館出版社)、『算数 言語活動 実践アイディア集』(小学館)、『シリーズ学びの潮流4 しっかり教える授業・本気で任せる授業』(ぎょうせい)、『平成29年改訂 小学校教育課程実践講座 算数』(ぎょうせい)などがある。

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齊藤一弥

島根県立大学人間文化学部教授

横浜国立大学大学院修了。横浜市教育委員会首席指導主事、指導部指導主事室長、横浜市立小学校長を経て、29年度より高知県教育委員会事務局学力向上総括専門官、30年10月より現職。文部科学省中央教育審議会教育課程部会算数・数学ワーキンググループ委員。近著に『新教育課程を活かす能力ベイスの授業づくり』。

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