授業力を鍛える新十二条

齊藤一弥

授業力を鍛える新十二条[第3回]学ぶ子どもの立場で教材を見つめる 第三条:〈教材研究の知恵〉――「教材分析」

トピック教育課題

2019.09.20

授業力を鍛える新十二条
[第3回]学ぶ子どもの立場で教材を見つめる
第三条:〈教材研究の知恵〉――「教材分析」

高知県教育委員会事務局学力向上総括専門官
齊藤一弥

『リーダーズ・ライブラリ』 Vol.3 2018年7月

教材分析は目指す授業づくりへの問題の所在の確認、解決策の設定、解決策の実践での実現の可能性の検証など、その守備範囲は広い。学びの主体者である子どもと教材との関係を丁寧に見極めるという基本に立ち返って進めていくことが肝心である。

教材分析の現場から

高知県四万十市立中村中学校の取組

 中村中学校では「主体的に学び課題解決できる生徒の育成―教科の見方・考え方を働かせた学習活動の在り方―」という研究主題のもと全教科で授業改善研究に取り組んでいる。教科枠を越えて授業づくりの行動統一を図りつつ、その一方で教科ならではの学びの在り方を打ち出すための方法を模索している。学習指導案の形式も全教科で統一して、「主体的な学びを引き出す手立て」「教科の見方・考え方を働かせて課題解決する手立て」といった研究主題の実現へ向けた教材分析の視点を明確にして、それを模擬授業を通して検討する事前研究に力を入れている。

 この春から音楽科教師となった初任者の山下旭教諭が、6月中旬に行われる研究授業に向けた教材分析会で提案した学習指導案(中学校3年「曲想を生かして表情豊かに歌おう」一部抜粋・図1)である。本時目標に加えて、音楽的な見方・考え方のとらえやそれを働かせた課題解決の在り方を明確にすることで、生徒が学習の目的を明確にもって主体的に学ぶとともに、音楽の価値を追究していく深い学びの実現を図ろうとした。

 また、同じ教材分析会で提案した経験2年目の数学科の岡田紘典教諭の学習指導案(中学校1年「文字と式」一部抜粋・図2)にも、音楽科同様に全教科共通のフォーマットに数学科からのアプローチが示されている。数学的な見方・考え方を働かせた数学的活動の充実が深い学びの実現に欠かせないという授業づくりの基本の上に、その実現への方策を分析している。

 このように授業づくりの行動統一を図って教材分析している背景には、一人で全教科を学んでいる子どもに対して、全ての教師が同じスタンスで授業を創ることで子どもらの期待に応えていくという考えがある。つまり、学習の主体者である子どもからすれば、全ての教科の授業は一貫性、連続性かつ関連性があると受け止めているのであって、研究主題の実現に向けて各教科が横をそろえた授業づくりが欠かせないわけである。新学習指導要領の主旨を踏まえて、教科の見方・考え方を働かせた学習活動の在り方の追究という目的に向けて全教科が同じスタンスで教材分析に取り組む理由がそこにある。

「生徒は音楽を形づくっている要素を意識しながら学ぶことができるのか」

「曲想を活かして表情豊かに歌うという主題において本時で生徒が身に付ける知識とは何を指すのか」

「自らの原体験で授業展開を進めているだけでは、生徒が主体的に学び進む学習の実現は難しいのではないか」

 教材分析会で模擬授業を終えた山下教諭には、先輩教師からの多くの問いが投げかけられたが、そこまでの教材分析ではそれらに的確に答えることが難しかった。採用前には非常勤講師の経験もあり、自分が描く音楽の授業イメージもあった。「曲想を生かして表情豊かに歌おう」という主題のもとで調や速度、強弱の変化を関わらせた表現の工夫に関心をもたせて歌うことを目指して、教材分析も丁寧に行って臨んだ学習指導案の提案と模擬授業ではあったが、改めてその分析の難しさを痛感することになった。また、教材分析会に参加した教師たちも、教材分析が授業の質的改善に結び付かなった理由を問い直すことが必要であることを確認することになった。


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教材分析は問題の所在を問うことから

期待される学びづくりへ〈WhatとWhy〉

 教材分析の目的の確認が抜けてしまうと教材分析は形式化し、そして形骸化していく。つまり教材分析のための教材分析になることだけは避けなければいけない。

 中村中学校の授業改善研究における教材分析で言えば、教科の見方・考え方を働かせた学習活動を創るという目的を常に意識することが大切である。そのためには、まず期待される学びづくりに当たっての問題の所在を明らかにすることから始める必要がある。何が問題となっているのか(What)はもとより、なぜそれが問題になっているのか(Why)の両面を問うことが必要である。問題の原因を明らかにすることによって、その改善に必要な教材分析の内容が明らかになるからである。

 山下教諭の場合、生徒にとって曲想を生かした豊かな歌唱が難しい(What)という実態はわかっていたものの、その原因(Why)の把握が十分でなく、音楽を形づくっている要素の理解やそれらの働きの知覚の低さにあることなどに関心が及んでいなかった(図3)。また、岡田教諭の場合も、数量の関係を文字を用いて表すよさや文字式の意味を読むことが難しい(What)という実態はわかっていたものの、その原因(Why)が文字を用いることの必要性や意味を理解してきたこれまでの小学校での学習経験との整合性にあることに気付くには至っていなかった(図4)。教科指導の指導内容の系統を把握するとともに、その過程でいかなる見方・考え方を成長させていくのかを明確にしておくことが重要であることがわかる。

 このように、問題の所在の確認においてWhatとWhyを明確にすることで、教材分析の焦点が絞られるだけでなく、実際の授業における指導の重点も明確になる。

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齊藤一弥

島根県立大学人間文化学部教授

横浜国立大学大学院修了。横浜市教育委員会首席指導主事、指導部指導主事室長、横浜市立小学校長を経て、29年度より高知県教育委員会事務局学力向上総括専門官、30年10月より現職。文部科学省中央教育審議会教育課程部会算数・数学ワーキンググループ委員。近著に『新教育課程を活かす能力ベイスの授業づくり』。

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