授業力を鍛える新十二条
授業力を鍛える新十二条[第2回]学びのゴールを変える 第二条:単元づくりを支える〈勘どころ〉―「三つの柱の資質・能力」
トピック教育課題
2019.09.13
授業力を鍛える新十二条
[第2回]学びのゴールを変える
第二条:単元づくりを支える〈勘どころ〉――「三つの柱の資質・能力」
高知県教育委員会事務局学力向上総括専門官
齊藤一弥
資質・能力ベイスの授業づくりは、三つの柱の資質・能力をはぐくむことであると簡潔に説明はできるものの、その具体は決してパターン化されるような簡単なものではない。教科の特性や役割、単元・主題の目的等に基づいた「ゴール」を明確にして特色ある文脈を描くことが期待されている。
資質・能力ベイスへ舵を切る
教科・領域を越えて機能する汎用性のある資質・能力を軸に据えて、資質・能力(コンピテンシー)ベイスで教育課程を編成し、それに基づいた授業づくりを進めようとする動きがみられてきた。OECDを舞台に展開したDeSeCoプロジェクトがキー・コンピテンシーを提起してPISA等の国際学力調査に導入されたり、北米で「21世紀型スキル」という枠組みで評価の研究を進め、それがPISAにも反映されたりして、この間、日本をはじめ多くの国々のカリキュラム整備に影響を与えてきた。
そして、これらの流れを受けて、当時の中央教育審議会教育課程部会から示された次期学習指導要領改訂に関する「審議のまとめ」(2016)では「資質・能力の育成」という方向性が打ち出され、新学習指導要領においては、次の三つの柱で整理された資質・能力で構成されることになった。
①「何を理解しているか、何ができるか(生きて働く「知識・技能」の習得)」
②「理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成)」
③「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」の涵養)」
今回の改訂の考え方は、これまでの内容ベイスの教育の在り方を大きく問い直すことになる。子どもを「何を知っているか」という内容ベイスの視点から「どのようなことが成し遂げられるか」「いかなる問題解決ができるか」という資質・能力ベイスの視点で見つめ直していくことになるからである。当然のことながら、このような転換を推し進めるには、子どもが身に付ける資質・能力を教科固有の知識・技能の習得に留めることなく、教科ならではの「見方・考え方」の成長や未知の特定の文脈に出合ったときに活用できる思考力・判断力・表現力などの育成を期待するとともに、粘り強く課題解決に向かう意欲や他者との協働性などまでを含めた汎用性の高いスキルを高めることを目指していくことが必要になってくる。
これまでの内容ベイスでの教育においては、教科が自己限定的な守備範囲を設定して教科固有の知識の習得を目指し、その一方で教科の枠を越えた汎用性のある資質・能力の育成には十分な関心をもつことが難しかった。しかし、これからの資質・能力ベイスでの教育においては、教科の本質としての「見方・考え方」が教科固有の知識の統合的かつ構造的な理解を深め、知識の活性化を強く促すとともに、汎用的スキルを教科指導と強く関連付けながら育成し、それを積極的に応用・活用していくことになる。これまで以上に、教科等の枠を越えて持ち運ぶことができて、学年や校種を越えていく持続可能な資質・能力の育成を目指していくことになる。
今、教室で学んでいる子どもたちが、やがて社会で活躍する時代にはどんな資質・能力が必要になるのかという視点から学校教育に期待されることを問い直すとともに教科指導の在り方を見つめ直していくことが求められているのである。
三つの柱の資質・能力をゴールにした授業へ
具体的事例で資質・能力ベイスの授業について考えてみたい。今回の改訂でその充実が強調された算数科・数学科の「データの活用」を取り上げる。
(1)「データの活用」が目指していること
急速な情報化が進むこれからの社会を生きていくためには、与えられた情報をそのまま受け止めるのではなく、批判的な見方を取り入れてみること、統計を使って問題を解決したり意思決定したりすること、さらには目的に応じて自ら情報を発信したりすることなど、統計的に物事を考察することが大切になる。
このような状況を受けて、新学習指導要領では、小学校算数・中学校数学に「データの活用」、高等学校数学Ⅰに「データ分析」領域を設け、統計的な内容を充実させて、身の回りの事象をデータから捉え問題解決に生かす力、データを多面的に把握し事象を批判的に考察する力等の育成を一貫して目指そうとしている。次表に示すとおり、いずれの校種においても、統計的探究プロセスとして、「問題(Problem)-計画(Plan)-データ(Data)-分析(Analysis)-結論(Conclusion)」の五つの段階(PPDAC)を重視し、このプロセスを意識しながら問題を設定し、調査計画を立てることや分析して得た知見を考察すること、さらには別の観点から妥当性を検討することなどを扱うとしている。
つまり、これまでのデータの分析の視点や方法等を知識として理解し、それを形式的に使って試してみるという内容ベイスでの学びから、子供が問題意識や目的意識をもち、統計を用いて解決していく計画を立てて、それを実行する過程での思考・判断・表現を重視するとともに、分析から得られた結論についても常に多面的かつ多角的に振り返ってみるといった三つの柱の資質・能力をゴールに据えた資質・能力ベイスでの学びへの転換が求められていることがわかる。
統計教育の目標(学習指導要領より一部抜粋)
データの活用 イ(思考力・判断力・表現力等)
小学校 算数6年
目的に応じてデータを集めて分類整理し、データの特徴や傾向に着目し、代表値などを用いて問題の結論について判断するとともに、その妥当性について批判的に考察すること。
中学校 数学1年
目的に応じてデータを収集して分析し、そのデータの分布の傾向を読み取り、批判的に考察し判断すること。
データの分析 イ(思考力・判断力・表現力等)
高等学校 数学1
目的に応じて複数の種類のデータを収集し、適切な統計量やグラフ、手法などを選択して分析を行い、データの傾向を把握して事象の特徴を表現すること。
(2)これまでの授業のゴールに「α」を加える
PPDACサイクルの分析(A)および結論(C)においては、自らの判断の指標や他者への説得の根拠として「代表値」が有効な手段となる。グラフ等の特徴・形状などを基にデータの傾向を捉えるとともに、代表値を用いて的確に説明したり合理的かつ公平に判断したりすることが重要である。例えば、平均値だけでは判断できない場面であっても、最頻値、中央値、および最大値や最小値といった代表値を用いることによって多面的・多角的に分析したり批判的に考察したりすることが可能になる。それぞれの代表値の意味や有用性を子どもが捉えて適切に用いて問題解決することが期待されている。
下図は、中学校数学1年の「データの活用」の授業(「単元構成と本時の位置付け参照」参照)の最終板書である。
単元構成と本時の位置付け
学校の大繩跳び大会で「いい成績を残したい」という目標に向けて並び順をどうするかという問題(Problem)に対して、2通りの並び方(得意・不得意が交互に組み合わせる方式、得意・不得意をそれぞれ固める方式)が提案された。それぞれの跳び方での練習でのデータを取り、並び順を決めることになった(Plan)。
2通りの並び方について目的に応じてデータを収集(Data)、整理し、多面的かつ批判的に資料の傾向を読み取り(Analysis)、大会当日に選択する方法について子ども同士で議論、判断して問題を解決する(Conclusion)という単元を用意した。
本時は、学級としての結論に向けて、データを基に判断した自分の主張を他者に納得してもらえるように、根拠(グラフの形状や代表値の比較)を明らかにしながら示しながら説明する。目的に応じて、合理的、客観的に判断するために、扱ったデータの特性を生かした解釈を吟味するとともに、データを多面的かつ批判的に振り返ることで目的に応じた合理的な判断をし続けていくことを目指した。
練習結果のデータが提示され(Ⅰ)、ヒストグラムで比較することが提案された。授業の冒頭では、グラフの形状や代表値(Ⅱ)から交互方式を選択することのメリットが次々と出された。グラフからの印象をより客観的なものにしていくために中央値や最小値が大きかったりデータの範囲が狭かったり代表値の特徴を根拠にするなど、これまでの学習経験からデータの分析の視点を明確にした説明が加えられた。
しかし、データを時系列の視点を入れて批判的に分析した「大会直前の5回のデータを優先すべきではないか」という生徒の意見によって、再度、データを時系列で分析する(Ⅲ)ことになった。量的データと時系列データを合わせて考えること(Ⅳ)で、これまでとは違ったデータの特性(「直前の5回では固まり方式の跳び方のデータの方が安定して優れている」)を見出すことになったわけである。多面的・多角的に分析することによって、問題解決に際して最善な解釈を可能にしていこうとする生徒の学びに対する意欲が強く打ち出された瞬間であった。
これまでの内容ベイスの授業においては、学びのゴールに「何を理解しているか、何ができるか」を据えて、それが生きて働くように実際に別の文脈に乗せて使ってみる、つまり活用できるようにするための指導が組み立てられた。ヒストグラムの分析方法を理解して、教師側から提示された具体事例の分析にその方法を使ってみるという文脈であった。
しかし、三つの柱の資質・能力で重視されている「理解していること・できることをどう使えるようになったのか」を学びのゴールに据えると、それまで身に付けた知識・技能をいかに使って未知の文脈の問題解決を進めていけばよいかという視点から思考・判断・表現することが期待される。ヒストグラムの形状や代表値の特徴から誰もが納得する問題解決が可能になったのか、多面的・多角的な判断によって合理的かつ公正な分析を追究することできるようになったのか、問題解決の過程を振り返り批判的に判断し続けることができたのかといった経験を丁寧に積み上げていくことが求められており、このような教科等の枠を越えた汎用性のある資質・能力の育成を目指す授業の「+α」のゴールとして大切にしていきたい。
また、その営みによって積極的に日常生活や教科等の学びに関わっていこうとする態度を涵養していくことが求められていることも忘れてはいけない。教科等で学習した経験が自らの生活を切り抜き、より豊かなものにしていくということを実感できる子どもを育てていくことが大切になる。
今回の改訂による内容ベイスから資質・能力ベイスへの転換によって、授業づくりはその根本から見直すことが期待されている。「資質・能力ベイスの授業づくりとは三つの柱の資質・能力をはぐくむこと」と簡潔に説明はできるものの、その具体は決してパターン化されるような簡単なものではない。教科等の特性や役割、単元・主題の目的等によって、それぞれに特色ある文脈で描き、それに適した指導方法を開発することが求められるのであって、次代の学びを創る教師にはそれを推し進めることが授業力として求められている。
単元構成と本時の位置付け
学校の大繩跳び大会で「いい成績を残したい」という目標に向けて並び順をどうするかという問題(Problem)に対して、2通りの並び方(得意・不得意が交互に組み合わせる方式、得意・不得意をそれぞれ固める方式)が提案された。それぞれの跳び方での練習でのデータを取り、並び順を決めることになった(Plan)。2通りの並び方について目的に応じてデータを収集(Data)、整理し、多面的かつ批判的に資料の傾向を読み取り(Analysis)、大会当日に選択する方法について子ども同士で議論、判断して問題を解決する(Conclusion)という単元を用意した。
本時は、学級としての結論に向けて、データを基に判断した自分の主張を他者に納得してもらえるように、根拠(グラフの形状や代表値の比較)を明らかにしながら示しながら説明する。目的に応じて、合理的、客観的に判断するために、扱ったデータの特性を生かした解釈を吟味するとともに、データを多面的かつ批判的に振り返ることで目的に応じた合理的な判断をし続けていくことを目指した。
[引用・参考文献]
・文部科学省「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめについて(報告)」2016年
・齊藤一弥「コンテクストをどうつくるか 算数・数学の学びを支えるコンテクスト」『指導と評価』(No.743)図書文化、2016年、pp.54-56
・齊藤一弥「コンピテンシー・ベイスの授業づくり」『授業の研究Fnet+』(No.198)新潟大学教育学部附属新潟小学校、2016年、pp.4-5
・文部科学省「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」(中教審第197号)2016年
・八田安史「データの活用領域における教材と授業づくり」『新しい算数研究』(3月号)新算数教育研究会(No.566)東洋館出版社、2018年、pp.28-31
Profile
高知県教育委員会事務局学力向上総括専門官
齊藤一弥
さいとう・かずや 東京都出身。横浜国立大学大学院教育学研究科修了。横浜市教育委員会授業改善支援課首席指導主事、指導部指導主事室長として「横浜版学習指導要領」策定、横浜型小中一貫教育の企画・推進などに取り組む。平成24年度より横浜市立小学校長を経て平成29年度より現職。文部科学省中央教育審議会教育課程部会算数・数学ワーキンググループ委員、小学校におけるカリキュラム・マネジメントの在り方に関する検討会議協力者。主な編・著書に『「数学的に考える力」を育てる授業づくり』(東洋館出版社)、『算数言語活動実践アイディア集』(小学館)、『シリーズ学びの潮流4 しっかり教える授業・本気で任せる授業』(ぎょうせい)、『平成29年改訂 小学校教育課程実践講座 算数』(ぎょうせい)などがある。