「教えて考えさせる授業」でめざす深い習得学習

トピック教育課題

2019.09.20

よくある誤解や批判に対して

 「教えて考えさせる授業」という言葉を聞いたときの教育関係者の反応はさまざまである。一方では、「今さら何をあたりまえのことを言っているのか」という反応がある。高校教員や社会人には比較的多い。しかし、上述したような4段階を踏まえた高校の授業がどれくらいあるかと言えば、私自身の受けた授業はもとより、今いろいろな授業を参観しても、まず見たことがない。とりわけ、教師の説明のあとの理解確認や、授業のあとの自己評価などは行われていないようだ。「今教えたばかりのことなのだから、わかって当然」という方が多いが、実際に生徒に説明させてみると、なかなか正しい説明ができない。

 他方では、「とんでもない。未習事項を先に教えてしまったら、子どもに考える力がつかないではないか」という大反論が来ることがある。ただし、この反論は、大きな誤解に基づいていることが多い。それは、「教えて考えさせる授業」のことを、結論や解法を先に教え、ドリルなどで反復習熟を図るだけの授業だととらえている点である。だから、自力解決を重視する「問題解決学習」とは相いれないものと考えてしまうのであろう。

 ただし、こうした反論はあるものの、講演や研修での多くの先生方の反応は、非常に好意的なものだったことも付け加えておかなくてはならない。しかも、この10年ほどの間に、具体的な指導案や授業ビデオを見せることが増えてきたため、その傾向はいっそう強くなっている。「自分も同感で、教師が基本的なことを教えない風潮はおかしいと思っていた」「問題解決と称して、いきなり考えさせたり、討論させたりしても、ごく一部の子しか参加していない」「発言が多く活発な授業に見えて、テストしてみるとほとんど理解できていないことがよくある」という意見をよく聞く。しかし、教育界ではそれをなかなか口に出せない雰囲気があったというのである。

 「知識があってこそ人間はものを考えることができること」「学習の過程とは与えられた情報を理解して取り入れることと、それをもとに自ら推論したり発見したりしていくことの両方からなること」は、認知心理学の基本的な考え方であるが、社会における有能な学習者の分析からも支持されている自然な学習論である。「教えて考えさせる授業」は、意味や概念の理解という教科学習の中核的なテーマを、受容学習と問題解決学習の長所を組み合わせて効果的に達成しようとしたもので、けっして奇抜な授業設計論ではない。

中教審答申に見るバランスの重要性

 「教えて考えさせる」というフレーズは、現行の学習指導要領の改訂方針をまとめた2008年1月の中教審答申でも使われている。当時は、教師が教えることに躊躇する傾向が学校現場に根強く残っており、それが学力低下の一因ともなったという認識から、「……教えて考えさせる指導を徹底し、基礎的・基本的な知識・技能の習得を図ることが重要なことは言うまでもない」(p.18)という非常に厳しい表現となった。

 そのこともあって、教えることと考えさせることを組み合わせつつ習得を図るという授業方針は、学校や自治体によっては着実に広まり、全国学力・学習状況調査などにもその成果が明瞭に表れている。また、単元の初期・中期はこのような授業スタイルで、意味理解や問題解決を伴った深い習得を促し、後期には児童生徒の興味関心を生かしたテーマの探究学習に取り組むという単元構成をとっている教員もいる。

 しかし、一方では、授業スタイルは従来通りのまま、放課後学習やドリルを集中的に行って基礎学力不足を補っているというところもあるようだ。これでは、深い理解を伴う習得にはならないし、ましてや、高い探究にも届かない。しかも、2014年11月の文部科学大臣の諮問から始まる「アクティブ・ラーニング」ブームの中で、児童生徒の活動のみに着目し、それをますます広げるものとする受け止め方がされがちであった。

 実は、そうした偏ったとらえ方にならないよう、今回の中教審答申では、教師の教授行動と学習者の活動とのバランスが随所で指摘されている。しかし、それらを見過ごしてしまうとつい一面的な解釈に流れてしまう。アクティブ・ラーニングという用語がしだいに抑制され、「主体的・対話的で深い学び」という表現になってきたのも、まさに、「ただアクティブにすればよい」のではないことを、より強調するためと考えてよいだろう。

 

[参考文献]
・市川伸一著『学ぶ意欲とスキルを育てる』小学館、2004年
・市川伸一著『「教えて考えさせる授業」を創る』図書文化社、2008年
・市川伸一著『教えて考えさせる算数・数学』図書文化社、2015年
・市川伸一・植阪友理編著『最新 教えて考えさせる授業 小学校』図書文化社、2016年_

 

Profile
東京大学大学院教授
市川伸一
いちかわ・しんいち 1953年生まれ。東京大学文学部卒業。文学博士。埼玉大学、東京工業大学を経て現職。中央教育審議会教育課程部会副部会長等を歴任。認知心理学を基盤にした教育の在り方を研究。内閣府「人間力戦略研究会」座長、日本教育心理学会理事長、日本心理学諸学会連合理事長等を歴任。著書に『学ぶ意欲の心理学』『「教えて考えさせる授業」を創る』『勉強法の科学―心理学から学習を探る』など多数

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