続・校長室のカリキュラムマネジメント

末松裕基

続・校長室のカリキュラムマネジメント[第5回]専門性を読んで学ぶ

学校マネジメント

2021.01.06

続・校長室のカリキュラムマネジメント[第5回]専門性を読んで学ぶ

『学校教育・実践ライブラリ』Vol.5 2019年9月

東京学芸大学准教授
末松裕基

経営を「学習する」ということ

 昨年度の連載・第4回目でも紹介しましたが、イギリスの大学で、何を専門に学んでいるかを尋ねるときに“何を勉強していますか(What are you studying?)”とは言わずに、“何を読んでいますか(What are you reading?)”と聞くことがあるそうです。

 学ぶことの中心には読むことがあり、努力無しには達成できないその過程と継続性が重視されています。日本の場合、「管理職」になるための勉強として、“小論文の模範解答や法律を読んでいます”との答え以外に、どれほど自信をもって“経営者として○○を読んでいます”との会話を続けられるでしょうか。

 前回は学校におけるコミュニケーションをどのように考えるかということを検討しましたが、そもそも、そのようなコミュニケーションをどのようなプロセスを経て学ぶのでしょうか。結論的に言うと、先に挙げた「読む」ということが手間と時間がかかるようですが、そのための近道になると個人的には考えています。

 こんなことを言うと、“本なんて読む暇はない”とよく言われますが、私はそのたびに“本を読まないから時間がないのでは?”といつも答えるようにしています。

 筋トレや楽器の練習と同じで、読書は毎日続けないと意味がないですし、停滞期のようなものがしばらく続いたのち、あるとき突然、ぱっと目の前が明るくなるような快感があり、しかしまた、自分の知らないことがこんなにも多くあるのかということにも気づき始め、また初心に戻る、というような繰り返しの日々を送っている方も多いのではないかと思います。

 私も疲れると本屋に行くことが多いのですが、これまでの価値観がいとも簡単に崩れるとともに、爽快感のような感情と知的にワクワクするような気持ちを得て、また明日から頑張ろうと思うことも多いです。

世界は一冊の本?

 そして、詩人の長田弘さんが言うように、本を読むというのは、ページの端から端まで、活字つ目で追うことだけを意味しません(長田さんは「積ん読(つんどく)」も立派な読書だと以前おっしゃっていました。本屋に行く。本を選ぶ。買うということも本を読む行為の一部です)。

 「本を読もう。もっと本を読もう。もっともっと本を読もう」で始まる長田さんの「世界は一冊の本」という有名な詩は次のように続きます。

書かれた文字だけが本ではない。
日の光、星の瞬き、鳥の声、
川の音だって、本なのだ。

ブナの林の静けさも
ハナミズキの白い花々も、
おおきな孤独なケヤキの木も、本だ。

本でないものはない。
世界というのは開かれた本で、
その本は見えない言葉で書かれている。

人間を内面から理解する

 読むことはこのように広がりをもって理解できるわけです。この雑誌を読まれている方も、なにかを学ぶ際の読むことの価値を感じられているからこそ、定期購読などをなさっている方が多いと思います。

 では、テレビやインターネット、または、対面で行うコミュニケーションともどのように違うのかを考えていきましょう。

 小説家の中村文則さんは、なぜ本を読むのかということについて、「テレビなどでは人間を『外側』から見るけど、小説の多くは『内面』から見ることになる。人間の内面描写に最も適しているメディアは、小説であると僕は思っている」と述べています(『自由思考』河出書房新社、2019年、233-234頁)。

 中村さんは小説を読むことは、個人の内面を見るだけでなくそれに寄り添うことにもなり、そういう習慣をもっている人は、人間を外側から一方的に見るのではなく、個人の内面に思いを馳せ、寄り添う想像力が養われ、排外主義者や差別主義者にはなり得ないと論じています。

 小説は、一見、仕事や職務に直接的には関係がないようですが、教育というのは他者の内面を把握しようとして行っていくものですし、教育で重要になる対話もさほど簡単ではありませんので、コミュニケーション上の工夫が様々に求められます。

 読むことを通して専門性を身につけることが重要になるのは以上のような理由からです。

自由のために読書がある

 今年度は大学の学科主任のようなことをしている関係もあって、学生の前で教員を代表して私も挨拶をすることが多いのですが、新入生への祝辞では次のように語りました。

 「おそらくこの4年間は、人生で最も時間的余裕のある生活になります。私から申し上げたいのは、この4年間で『自分の世界を広げるために経験を積んでほしい』ということです。では経験を積むためにどのような方法が必要か。その方法を決める自由、すなわち責任が皆さんにはあります。

 授業をしっかり受けることか? 充実したサークル生活、バイト生活を送ることか? それもありえるかもしれませんが、これらは高校生でも可能ですし、大学に来なくてもできます。
ではどうするか。私はシンプルに考えます。とにかく本を読んでください。そして、大学生活において『真剣に向き合い考えるべき問いは何か』それを4年間追究してください」

 長田弘さんは、先の詩で「自由な雑踏が、本だ」「人生という本を、人は胸に抱いている。一個の人間は一冊の本なのだ」「どんなことでもない。生きるとは、考えることができると言うことだ」と述べました。

ここ最近、とくに大切だと感じていますので、「本を読もう。もっと本を読もう。もっともっと本を読もう」という長田さんのメッセージを繰り返し自分にもいつも言い聞かせています。

 

 

Profile
末松裕基(すえまつ・ひろき)
専門は学校経営学。日本の学校経営改革、スクールリーダー育成をイギリスとの比較から研究している。編著書に『現代の学校を読み解く―学校の現在地と教育の未来』(春風社、2016)、『教育経営論』(学文社、2017)、共編著書に『未来をつかむ学級経営―学級のリアル・ロマン・キボウ』(学文社、2016)等。

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学芸大学准教授

専門は学校経営学。日本の学校経営改革、スクールリーダー育成をイギリスとの比較から研究している。編著書に『現代の学校を読み解く―学校の現在地と教育の未来』(春風社、2016)、『教育経営論』(学文社、2017)、共編著書に『未来をつかむ学級経営―学級のリアル・ロマン・キボウ』(学文社、2016)等。

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