職員室の人間関係づくり

有村久春

職員室の人間関係づくり[最終回]エンゲージメントの大切さ

トピック教育課題

2021.06.21

職員室の人間関係づくり[最終回]
エンゲージメントの大切さ

東京聖栄大学教授 
有村久春

『新教育ライブラリ Premier』Vol.6 2021年3月

 本連載は、今回で最終です。日々のコロナ事態にあっても、子供たちの学びは遅滞なく動いています。〈学び〉そのものにある向上的な営みがそれを可能にしているのでしょう。そこには職員室の空気をつくる先生たちの人間力、すなわちエンゲージメント(engagement)がうまく機能していると考えます。これをテーマにして連載を終えたく思います。

意味

 エンゲージメントは、組織に対する愛着心、仕事への積極的な関与などと表現できます。辞書的には約束、契約、婚約、雇用期間などの訳語です。エンゲージリング(婚約指輪)と関連付けると理解しやすいでしょうか。余談です。〈実存主義はヒューマニズムである〉としたサルトル(1905-1980:仏)の言い方ではアンガジュマンです1。社会参加の訳でしょう。彼は、人・自分をしばる、人を参加させる、巻き込むなど能動的な意味を重視します。

 どのような職場でもこれらの発想と実践なくして働き甲斐・生き甲斐は湧きません。その充実度が先生力と子供の学びを豊かにしていきます。先の見えないコロナ事態の今日、これまで以上にエンゲージメントにある人間力をベースにした職員室経営が求められています。この営みが逆に作用すると、日々必要な協働性やコミュニケーション力がよりよく発揮できません。そして、他の先生方とのかかわりの間での共感や自尊感情を味わえないことになるでしょう。余計に落ち込んでしまうこともあるでしょう。

 昨今の教師論に照らして、エンゲージメントを定義的に言うと「①子供たちに積極的な関心を寄せ、②自発的に行動し、③教育活動に熱心に取り組み、④同僚教員と信頼し合い、⑤子供と学校の成長を願い一体感をもち、⑥質的に高い業績を残そうとする意識と行動の実際」(私論)と言えるでしょう。管理職にある先生はもちろんすべての先生が理想とする〈教師の有り様〉であろうと思います。いわゆるジョブ型とメンバーシップ型の仕事を止揚するに値する基本的なエネルギーであると考えます。

 ただ、すべての教員がこれら1〜6を一定のレベルで獲得しなければならないとするものではないでしょう。例えば、校長の「いま積極的に行っている子供とのかかわりは……?」の問いに、その先生なりに〈子供との学び合いの事実〉を語れれば、それでよい(good enough;ほどほどのよさ)と思われます。それらをベスト(very good;大変よい)に求めすぎると、かえってその先生の個性や専門性を歪めたり日々の職務専念に困難が生じたりする場合があります。必ずしも固定的な正解やあるべきカタチを管理職等が求めることではないでしょう。

 ちなみに、OECDが推進するEducation 2030事業の実施計画に示されたプレゼン資料2が示唆的です。ここでは、その事業推進について知識・スキル・人間性を一体的に捉え、次代に求められるコンピテンシーについてシェーマ化しています。この考え方が今回の学習指導要領の基盤を成しています。

 とくに21世紀を生きる子供たちに求められるCharacter(人間性)に触れ、次代の国際社会においてどのようにエンゲージしていくのかを問いかけています。そこに6つの基本要素を挙げています。Mindfulness(思いやり)、Curiosity(好奇心)、Courage(勇気)、Resilience(立ち直る力)、Ethics(倫理観)、Leadership(統率力)です。職員室のみならず多くの組織に必要なエンゲージメントの中身であろうと思います。私論として挙げた1〜6とも連関させて、読者の皆様がそれぞれにエンゲージメントを定義していただき、その処方を実践していただければ幸いです。雇用契約と同様、自らに納得できないエンゲージリングの交換はおよそ先行きの悲しい物語になることが予測されるでしょう。

[注]
1 J-P・サルトル著、伊吹武彦訳『実存主義とは何か』人文書院、2015年、pp.33−81
2 文部科学省教育課程企画特別部会「2030年に向けた教育の在り方に関する第2回日本・OECD政策対話(報告)」平成27年7月22日、政府対話資料抜粋

 

具現化のために─理解と処方

(1)パーキンソンの法則
 パーキンソン、聞き覚えのある言葉でしょう。あの病名のことではありません。イギリスの政治思想家パーキンソンが主張する法則(1957年『ロンドン・エコノミスト』誌に発表)のことです3。組織における人の動きやそこでの人間関係の在り方などを鋭い視点(痛烈な批判)で描き出しています。とりわけ公務員には手厳しい見方をしています。

 いわゆる賢者や知者(含:学校の教師)による会議などの営みは、世の荒波にもまれた人間には嘲笑の限りであると書きます(〈常識のない人〉は組織的な仕事には向かないと言いたいのでしょう)。そのことが当事者を含めて多くの人々の精神衛生を陰に陽にも左右することを指摘します。物事を裏側・斜めからみて真相を解明しようとする発想には、いくばくかの痛快さを味わうことができます(例;初任東京聖栄大学教授教員が先輩同僚と激論を交わした挙句、周りの先生たちから笑顔と拍手を得るような場合。そこにはある種の爽快感が漂い、相互の関係性も変換する)。

 とくに面白いのは、仕事を「ひまつぶしはいちばん忙しい仕事である」と論じている記述です。老婦人の一日の生活をみながら、仕事の重要性とそれにかかる時間との関係を考察するのです。そして公務員増加の問題点を指摘し、端的な公理的法則を二つ提唱します。「①役人は部下を増やすことを望む。しかし、ライヴァルは望まない」、「②役人は互いのために仕事をつくり合う」の2点です。役人の〈無謬性慣れ〉をみごとに言い表しています。彼の緻密なデータ収集と分析から、役人は年に5.6%ずつ増加することを指摘するのです。彼の研究から半世紀以上の現代社会でも同様なことが言えそうです。

 ここ近年、世の中が管理的になった、どこか息苦しいなどと感じることが少なくありません。コロナ事態ゆえの実感なのでしょうか。私だけの感じ方ではないでしょう。役人が増え続けばそのための仕事(法令など)や税金も増え、ぎすぎすした社会になることは子供たちにも理解できます。加えて日々の対人関係もすんなりといかなくなります。

 また、本書の最後で「恩給点の解析」の論に触れ、就職してから退職までの〈成功の過程〉を分かりやいスケールで示しています。現代に照らして、例えば資格取得・就職の年齢(Q)を22歳とした場合、次表のような人生設計を描くことができます。

 いかがでしょうか。自分の場合も含めて、自校の職員室のメンバー個々のキャリアを検討してみたいところです。これによる分析とエンゲージメントとの連関を思索することも校長の経営力でしょう。加えると、本書の副題にある「部下には読ませられぬ本」の意図をいまの自分(読者)の在り方・生き方に重ねるとさらに面白く読めるように思います。

[注]
3 C.N.パーキンソン著、森永晴彦訳『パーキンソンの法則』至誠堂、1981年

 

(2)PM理論
 集団におけるリーダーシップ論を研究した三隅二不二の理論4です。この発想に学ぶと、職員室での立ち振る舞いもうまくいくように思います。確かなエンゲージメントが獲得できるでしょう。

 に示すように、その集団において、P:〈よりよい活動をつくりあげよう〉とする「生産性」(課題達成)と、M:〈みんなで楽しく充実した活動をしよう〉とする「凝集性」(集団維持)とをマトリックスにした論です5。筆者は三隅の論に、E「感情」(Emotion)が加わると考えています。PM+Eの論です。PとMがうまく作用すると、その集団の成員(先生や子供)は自分の仕事や学習活動に、「やってみたい」「楽しい」「うれしい」「おもしろい」「また活動したい」などの内的豊かさを味わいます。

 PM理論はいまや古典的ともされる考えですが、この体験が先生や子供個々の豊かな人間性や社会性をはぐくみ、その集団の準拠集団化(拠り所となる集団や組織)を促進することになります。

 この2つのベクトルには、それぞれ3つずつの要素が不可欠です。Pには、①集団目標の理解、②役割の分担、③目標達成の活動です。Mには、④コミュニケーションの活性化、⑤活動の事実の認め合い、⑥民主的なリーダーの存在です。

 すなわち、そこにある成員個々が自分たちはどのような目標に向かって、個々の希望や得意を生かしてどのように役割を分担し合うのか、その活動をどのように展開していくのか、ということを大切にして動きます。また、このPでの生産的な動きに機能するように、Mが呼応します。そのメンバーが自由な話し合いをし、互いの活動のよさを認め励まし合うことを大切にします。ここにEが機能します。そして成員の考えや意見を十分に受け止め、その調和を図るようにリードする者(リーダー)の存在が求められます。

 I〜IVのマトリックスで考えると、IはPとMのバランスがよく安定しています。IIではP中心の集団であり、IIIではPもMもレベルが低く組織機能がうまく立ち行かない状態です。IVはM中心の集団であり、そこでの動きが遠慮や気遣いになる面があります。その集団がII・III・IVに位置することがあれば、その成員たちは何らかのストレスをかかえ不安や危機を覚えることになります。Eの状況の悪化です。

[注]
4 三隅二不二著『新しいリーダーシップ―集団指導の行動科学』ダイヤモンド社、1966年
5 有村久春著『改訂三版キーワードで学ぶ特別活動 生徒指導・教育相談』金子書房、2017年、pp.83−84

 

(3)トップの気配り

 エンゲージメントがその組織に根付いていくには、なによりも校長などトップによる〈ここちよい居場所づくり〉が欠かせません。やや一般論的ですが、次の2つのポイントがあると思います。

①自己評価力を援助する
 校長が教員個々のよさを見出し評価することと併せて、教員自らが子供との学びを自己評価する機会とその開示に学ぶことです。このとき、それぞれの教員には「専門性が生きている」「子供との成長が実感できる」「もっと授業展開を見直してみたい」など、職務への達成感と自尊心が湧きあがります。ここに自らの教育実践に問う力量と研究心がみられます。それゆえ、例えばプレゼン型の研修会を取り入れ、授業実践場面による先生と子供たちの語り合いに学ぶことです。学びの事実に学ぶ臨床的な研究実態そのものを先生自らが体得することです。

 これらの成就には、各教員が自ら研究課題を策定し、自己の研究計画に基づいた主体的な研究活動の場面を保障することです。このような研修参加の援助や学び合いの語らいが、専門職としての実績と自信の醸成を促します。この営みが子供との新たな学びを創出し、子供論に依拠する組織変革を成します。ここに先生の成長と教育の創出がみられます。

 一方、それらの営みが保障されない場合、先生力の劣化とともに学びの客観性や汎用性が不透明になってしまうでしょう。例えば、あまりにも学びの事実そのものを優先するがゆえに、子供の本質的〈よさ〉(善+良)が見えにくくなることです。授業展開がテクニカルになり過ぎて子供の柔軟な発想が生かされない、研究テーマが教員個々の興味や専門性に偏り組織的課題追究がおろそかになるなどです。これらの副作用の発生を管理職が温かく見守り、その実際をポジティブに理解することが大切です。

②〈こころの健康〉を気づかう
 先生たちが快活に勤務し、子供たちが生き生きと勉強する日常はごく当たり前の学校教育の風景です。そのために、教員個々が教育活動に前向きの姿勢で取り組み、自らも精神的・身体的にさらに社会的にも適応する学校づくりに配慮することです。

 管理職として組織集団の健康管理では、教職員の「精神・身体・適応」の3つのバランスの維持向上が大切でしょう。ここにみられる自校の指標がエンゲージメントそのものであろうと思います。とりわけ副校長・教頭の手腕と立ち振る舞いが鍵になります。この鍵の〈開閉のぐあい〉が教員個々の豊かな教育実践を可能にし、「先生」の自覚と使命感をはぐくむ基礎エネルギーに資することになります。

 〈健康な心身あっての職務遂行〉を管理職自らがモデルとして示すことが大切です。「きょうも、ありがとうございます」と、一声添えて……。

 

 

Profile
有村久春(ありむら・ひさはる)
東京都公立学校教員、東京都教育委員会勤務を経て、平成10年昭和女子大学教授。その後岐阜大学教授、帝京科学大学教授を経て平成26年より現職。専門は教育学、カウンセリング研究、生徒指導論。日本特別活動学会常任理事。著書に『改訂三版キーワードで学ぶ特別活動生徒指導・教育相談』『カウンセリング感覚のある学級経営ハンドブック』など。

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東京都公立学校教員、東京都教育委員会勤務を経て、平成10年昭和女子大学教授。その後岐阜大学教授、帝京科学大学教授を経て平成26年より現職。専門は教育学、カウンセリング研究、生徒指導論。日本特別活動学会常任理事。著書に『改訂三版キーワードで学ぶ特別活動生徒指導・教育相談』『カウンセリング感覚のある学級経営ハンドブック』など。

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